「兄弟の4番目で、員数外という意味でしょう」。平岩外四さんは聞かれるとそうはぐらかしていたが、めずらしい名前は中国の「書経」に由来するという
“在兄弟中排行第四、额数以外——大概是这个意思吧”。当有人问起他的名字时,平岩外四就这样把话题岔开了,但据说他这个罕见的名字出自中国的《书经》。
「外に四目(しもく)を明らかにし、四聴(しちょう)を達せしむ」。目を見ひらき、人の声に耳を傾けるように…という命名らしい。名前の通り、いかにもよく聞こえそうな福耳をお持ちだった
“对外要‘明四目,达四聪’”。要睁大眼睛,耳听四方……好象是取此意而命名的。人如其名,他长着一副耳垂很大、似乎非常善于倾听的耳朵。
出典の一文には目と耳があり、口はない。功なり名を遂げた経済人の多くは自伝を書く。東京電力の社長・会長、さらには経団連会長という飛び切りの名を遂げながら、平岩さんほど固く回想談に口を閉ざしつづけた人を知らない
出自《书经》的这句话里头,提到“眼睛”和“耳朵”,却没有提到“嘴巴”。很多经济家成就功名后都要写自传。平岩获得了东京电力公司社长和会长、乃至日本经济团体联合会会长的至高荣誉,但我不知道是否还有象他那样对自己的过去绝口不谈的人。
「聞いて面白い部分には差し障りもありましょうから」と、理由を語ったことがある。“差し障り”とは、みずからが関与した政治の舞台裏など、いわゆる生ぐさい事柄を含めての裏話を指すのだろう
“因为,听后觉得有趣的那一部分同时也是不方便说的内容吧”,他曾说过这样的理由。所谓“不方便说的内容”,是指包含自己所参与的政界的内幕等丑事在内的秘闻吧。
昭和から平成の財界に重きをなし、政界への影響力でも戦後屈指といわれた平岩さんが92歳で亡くなった。目に見える事績よりも、おそらくは見えざる足跡のほうが大きい、最後の財界人であったろう
从昭和至平成,在金融界占据重要地位、对政界的影响力亦可谓战后屈指可数的平岩外四去世了,享年92岁。比起他看得见的业绩,恐怕他看不见的事迹更为伟大,是日本最后的金融家吧。
「耳の人」が巨人軍の話題になると、「口の人」に変わる。投手の配球から折々の采配(さいはい)まで、ときに身振りを交えて語った。差し障りの話題にもひと言を…。内心で歯ぎしりした取材の時間を、いまは懐かしく思い出す。
这位“耳听四方的人”一旦谈起“巨人军”的话题,就变成“伶牙俐齿的人”。从投手的掷球能力到各个时期的指挥棒,他侃侃而谈,偶尔还夹杂着肢体语言。怎不来个“不方便说的话题”……以前采访他时我曾在心中恨得咬牙切齿,现在回想起来真是令人怀念啊。