沪江

中岛美嘉出道20周年:她的歌声让人无法忘怀,希望能一直唱下去

西西芋子 译 2021-12-01 06:15

「できるだけ長く聴いていたいなあ。ずっと歌っていてほしい」と願ってやまない人がいる。

“真想尽可能长久地听啊。希望能一直唱下去。”有人如此祈愿。

「きっと神様から与えられた意味があるんだろう」と感じる、特別な声の持ち主がいる。私にとって、この2つをコンプリートする存在、それが中島美嘉さんだ。

拥有特别的声音、让人觉得“一定有上帝赋予的意义吧”的人。对我来说,满足这两样条件的人,就是中岛美嘉。

特にこれから寒い冬。「雪の華」「ORION」、彼女の名曲と滅法相性のいい季節である。

特别是即将到来的寒冬。与她的名曲《雪之华》、《ORION》完美相合。

そして新曲「SYMPHONIA」! つい最近、つけっぱなしのテレビから、この曲を歌う中島美嘉の声が聴こえてきた。「美しい音楽」という歌詞と、彼女の沸騰したような美しいファルセットがリンクし、音符が舞っているようだった。

还有新曲《SYMPHONIA》!最近,经常打开电视,会听到中岛美嘉演唱这首歌的声音。“优美的音乐”这句歌词和她那令人沸腾的美丽假声相结合,似乎有音符在飞舞。

ああ、やっぱり彼女の声はいいなあ!

啊,还是她的声音好啊!

20年前のデビュー当時は……

20年前出道的时候……

中島美嘉は今年20周年。「もうそんなに経ったのか」と思うと同時に「まだ20年なのか」とも思う彼女の不思議。「信じてもらえないと思って隠していましたが、実は今年20周年でなく、200周年になります」と公式発表されても私は「なるほど」と納得してしまうだろう。

中岛美嘉今年出道20周年。“已经过去这么久了吗”,同时又觉得“才20年啊”,她感到不可思议。“因为怕你们不相信所以隐瞒了,其实今年不是20周年,而是200周年”,即使她这样正式发表,我也会认同她:“原来如此”。

が、もちろんそんなことはなく、中島美嘉がデビューしたのは2001年。当時すでに多くの女性アーティストが大活躍していた。MISIA、矢井田瞳、椎名林檎、aiko、宇多田ヒカル、倉木麻衣、島谷ひとみ……。歌の神様が「さあガールズたち、JPOPに革命起こして来なさい!」と天才少女たちをガシガシとステージに送り込んできた、そんな時代だった。

不过当然不是这样的,中岛美嘉出道是在2001年。当时已经有很多女性艺术家非常活跃: MISIA、矢井田瞳、椎名林檎、aiko、宇多田光、仓木麻衣、岛谷瞳……。 就像是歌神在说:“来吧,女孩们,掀起JPOP的革命吧!”将天才少女们毫无保留地送上舞台的时代。

いろんなタイプの歌姫がいたけれど、中島美嘉は飛び抜けて華奢に見えた。その細く儚さを感じる姿で、「STARS」というベテランアーティストの勝負曲としてもじゅうぶん通用するような壮大なバラードを歌うギャップ! これを10代の女の子のデビュー曲にするのか、と仰天した。

虽然有各种类型的歌姬,但是中岛美嘉看起来格外华丽。以其纤细迷离的身姿,唱《STARS》这种作为资深艺术家的胜负曲也足够的宏大的叙事曲,这样的反差让人惊叹:这是十几岁女孩子的出道曲吗?

そもそも「STARS」は彼女が芸能界デビューしたドラマ「傷だらけのラブソング」の主題歌。スター誕生に掛けていたのだろう。だから歌番組で初めて見たときは「いきなり感」がすごかった。凄まじく美しい少女がすごいバラード歌ってるけど、ええと誰!? 状態であった。

原本《STARS》是她在演艺圈出道的电视剧《新宿伤痕恋歌》的主题曲。大概是为了明星的诞生吧。第一次歌番节目上看到的时候,这种“突然感”让我觉得很厉害。美丽得惊人的少女唱着很厉害的叙事曲,不禁想:“啊,这是谁?”

かぐや姫のような“居場所のなさ”

像辉夜姬那样“无处容身”

「居場所がなさそう」な風情は浜崎あゆみと似ていたが、中島美嘉は、それを探すのでなく遠く遠くの星を懐かしく見ている感じ。

“好像没有容身之处”的情况与滨崎步相似,但中岛美嘉并不是在寻找,而是像在怀念远方的星星。

かぐや姫が月に戻る機会を逃し、芸能界デビューしたらこんな感じなのかも。カネボウ化粧品KATEのCMソングで使われた7thシングル「Love Addict」のMVで、彼女が月面で歌っているシーンがあるが、まさに、私が感じた当時の彼女のイメージはそれだった。

感觉就像辉夜姬错过了重返月球的机会,然后在演艺圈出道。在作为嘉娜宝化妆品KATE的广告曲使用的第七张单曲《Love Addict》的MV中,有她在月球表面唱歌的场景,这正是当时我对她的印象。

なぜか「懐かしさ」を感じる歌声

不知为何会感到“怀念”的歌声

世代どころか時空の違いすら感じた中島美嘉。昭和のオバサンには到底手の届かない新種のはずなのに、なぜか拭いきれない懐かしさ。

在中岛美嘉身上,不仅感受到了世代的差异,还感受到了时空的差异。这明明是昭和时代的阿姨遥不可及的新风格,却不知为何有着抹不去的怀念。

彼女の歌を聴くと、日本語を丁寧に置くように歌うからなのか、唱歌を聴いているような感覚になる瞬間が突然くるのだ。「小さな木の実」や「遠き山に日は落ちて」を生まれて初めて聴き、子どもながらに「良い歌やあ」と感動したときと似た心地よさがドッと押し寄せる。

听她的歌的时候,可能是因为唱日语的时候很认真,突然有一种现场在听歌的感觉。就像第一次听到《小树的果实》和《太阳落在远山上》、小时候感动着“是好歌呀”那种心情舒畅的感觉。

だから2004年に「月の沙漠」と「朧月夜~祈り」を収めたミニアルバム「朧月夜~祈り」が発表されたときは、ビックリした。「あなたの中島美嘉に感じるデジャヴ、知ってた!」と中島美嘉から直接言われたような気がしたのだ。

因此,2004年发行包含《月的沙漠》和《胧月夜~祈祷》的迷你专辑《胧月夜~祈祷》时,我大吃一惊。就好像中岛美嘉直接对我说:“我知道你对我似曾相识的感觉!”

葉加瀬太郎とのコラボレーションだったので「中島美嘉にこの曲を歌う機会を作った葉加瀬太郎もナイスーッ!」と歌の情緒とはあまりにも遠いハイテンションで聴いたことを覚えている。

因为是和叶加濑太郎的合作,所以我记得当时在想:“给中岛美嘉创造唱这首歌的机会的叶加濑太郎也很厉害!”当时听歌的情绪和歌本身的情绪差很多。

上質の絹が風に揺れるイメージで、音がふわーっと耳から脳に広がっていく。葉加瀬の伸びやかなバイオリンと絡む中島美嘉の声は静かに呼吸をしているようだ。夜聞くとたまらない! 今もアップルミュージックで聴けるので、ぜひ、月の美しい日に聴いてほしい。

就像优质的丝绸在风中摇曳,声音从耳朵飘向大脑。叶加濑舒展的小提琴与中岛美嘉的声音交织在一起,仿佛在静静地呼吸。在夜晚听简直绝了!现在也可以用apple music来听,希望大家一定要在月色美丽的日子来听。
 

ふわふわとしばらく浮遊してから、ゆっくり音が耳に落ちてくる。そして静かに溶けていく声。こびりつかないからこそ「桜色舞うころ」や「雪の華」「ノクターン」など、静かに消えていくシチュエーションの歌にものすごくハマるのだろう。

轻飘飘地漂浮了一会儿,声音慢慢地落在耳边。然后是悄然融化的声音。正因为舒缓,才会让人对《樱花飞舞时节》、《雪之华》、《夜曲》这种静静消失意境的歌曲着迷。

「GLAMOROUS SKY」「一色」などのロックを歌っても同じ。虹や稲妻、花びら、約束……。四季や心の移り変わりを感じられて、漢字で「綺麗」と書きたくなる。

唱《GLAMOROUS SKY》、《一色》等摇滚歌曲也一样。彩虹、闪电、花瓣、约定……让人感受到四季和心情的变化,想用汉字的“美丽”来表达。

ユーモアとエネルギーを感じる女優業

让人感到幽默和能量的女演员事业

歌ではかぐや姫妄想をしてしまうほど、儚くミステリアスなイメージが強い中島美嘉。ところが女優業では一転生々しくパワフルなエネルギーを感じさせる。

中岛美嘉的歌中有辉夜姬妄想,给人虚幻而神秘的印象。但在女演员的事业中,却让人感受到生动而强大能量。


映画「NANA」のナナは、マンガだから成り立つと思っていたナナ役を「実際にいそう」と思わせ、ドラマ版「私立探偵濱マイク」でも、生意気だけどしっかり者の妹、茜を好演。彼女の存在が不思議なリアル感を醸し出していた。

她在电影《NANA》中饰演的娜娜,让人觉得在漫画中才存在的娜娜一角“似乎真实存在”,在电视剧版《私家侦探滨MIKE》中,她也出色地演绎了虽然自大却很可靠的妹妹茜。她的存在营造出一种不可思议的现实感。

ゲスト出演ではあったが、「表参道高校合唱部!」のアーティスト・カナ役もとても良かった。音楽を愛する理解者感がなんとも自然で、えみり先生を演じた神田沙也加と、画的にも好対照。続編があるならもう一度出てほしいと思っていたが、待てど暮らせど続編のお知らせは来ず、叶わぬ願いとなってしまった。

虽然是客串演出,但她在《表参道高中合唱部!》中艺术家加奈的角色演得非常好。热爱音乐的理解者感非常自然,与饰演惠美里老师的神田沙也加形成了鲜明的对比。如果有续篇的话希望她再出一次,可是等了很久也没有续篇的消息,这成为了无法实现的愿望。

シリアスだけでなく、「うぬぼれ刑事」の里恵ようにユーモラスな演技も上手。歌手のときには見られない陽の彼女が、ドラマで見られるのは本当に楽しい。そもそもトーク番組を見ると、中島美嘉さん、とても面白い方だ。これからもいろんな役柄を演じてほしい。

不仅仅是严肃的题材,像《自恋刑警》中的里惠,她幽默的演技也很棒。歌手时期看不到的阳光的她,能在电视剧里看到真的很开心。从谈话节目来看,中岛美嘉是一个非常有趣的人。希望你今后也能出演各种各样的角色。

耳管開放症の症状も快方へ

耳咽管开放症也趋于好转

20周年ももちろんおめでたいが、一番嬉しいニュースは、2010年10月に発表した耳管開放症の症状が、徐々に快方に向かっているということだ。しかも今ハマッていることは「腸活」なのだとか。これまた心がホッコリする朗報である。健康に気づかい、これからも長く歌ってくれそうではないか。

20周年当然值得庆祝,但最令人高兴的消息是,2010年10月宣布的耳咽管开放症的症状正在逐渐好转。而且现在在注意“肠活”。这也是一个令人开心的好消息。注意健康,今后还会唱很久的吧!

ターニングポイントはまさに今。でも歌のスタンスは昔から変わらない。

转折点就在现在。但是唱歌的立场从来没有变过。

10月23日にアップされた「Numero TOKYO」の、編集長田中杏子さんとの対談記事で、「やっぱり痛み担当っていうことですかね。ハッピーに行こうぜっていうことを発信する人はいっぱいいるけど、『泣けばいいんじゃない?』ってことを言う人ってあまりいないと思ってて」と語っているのを読んだ。

在10月23日发行的《Numero TOKYO》与主编田中杏子的采访中,她说:“果然还是要承担疼痛吧。虽然有很多人传达让我们开心的话,但我认为很少会有人说:‘哭过不就好了吗?’”

「いいんじゃない?」という言い回しに距離感が見え、彼女の歌がクドくないのはこのあたりなのかな、となんとも納得してしまった。

“不是挺好的吗?”这句话的措辞让人感觉很有距离感,我终于明白她的歌之所以清新脱俗大概就是在这一点上吧。

「傷ついたあなたへ 傷ついた命へ わかる人にしかわからない それでいい愛詞」(「愛詞」作詞・作曲:中島みゆき)

“致受过伤的你,致受过伤的宿命,只有懂的人才了解,那是真正的爱语。”(《爱语》作词、作曲:中岛美雪)

「死ぬことばかり考えてしまうのは きっと生きる事に真面目すぎるから」(「僕が死のうと思ったのは」作詞・作曲:秋田ひろむ)

“一味想着死的事,一定是因为太过认真地活。”(《我也曾想过一了百了》作词、作曲:秋田弘)

こんなヘビーな歌詞も、彼女が歌うと耳の「後味」は不思議とやわらかい。

即使是这样沉重的歌词,她唱起来,耳朵里的“余味”也不可思议地柔和了。

共感を求めるわけでもなく、鼓舞してくるわけでもなく。ただただ声と言葉が降ってきて、気がついたら風景と一緒に横にいてくれる。そして、心の荒ぶりが収まったら、いつの間にか記憶の彼方にスーッと溶けていく。

既不是寻求认同感,也不是鼓舞人心。只是声音和歌词缓缓落下,等意识到的时候,已经融入于我们身边的风景。然后,当内心里的激荡平息下来后,不知不觉就慢慢地融化在记忆的远方。

これから訪れる冬の夜長。考え過ぎて眠れなくなる、という人、ぜひ。

冬夜漫漫。想得太多睡不着的人,请务必听一听。

彼女の歌があれば、ふんわり楽だ。

有了她的歌,就会变得柔和轻松。

翻译为沪江日语原创,未经授权禁止转载。

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