一
近江の国、草津の宿の矢倉の辻の前に、一ツの「晒 し者 」がある。
そこに一個の弾丸黒子 が置かれている。往来の人は、その晒し者の奇怪なグロテスクを一目見ると共に、その直ぐ上に立てられた捨札を一読しないわけにはゆかぬ。その捨札には次の如く認 められてあります。
彼が、この数日前、長浜の夜を歩いた時に、思いもかけぬ捕手と、だんまりの一場を演じたことは、前冊(恐山の巻)の終りのところに見えている。その米友が、今は脆 くもこの運命に立至って、不憫 や、この東海道の要衝の晒し者として見参せしめられている。
彼は今や、彼相当の観念と度胸とを以て、一語をも語らないで、我をなぶり見る人の面 を見返しているから、その後の委細の事情はわからないながら、右の簡単な立札だけを以て、一応要領を得て往 く人も、帰る人もある。ところが、この捨札の意味が簡にして要を得ているようで、実は漠として掴 まえどころがないのです。
そもそも、「この者、農奴の分際」とある農奴の二字が、わかったようで、よくわからないのであります。事実、日本には農民はあるが、農奴というものはない。内容に於て、史実なり現実なりをただしてみれば、それは有り過ぎるほどあるかも知れないが、族籍の上に農奴として計上されたものは、西洋にはいざ知らず、日本には無いはずであります。だが、往来の人は、別段この農奴の文字には咎 め立てをしないで、
「ははあ、ちょうさん者だな」
「なるほど、ちょうさんでげすな」
「ちょうさんおますさかい」
「ふ、ふ、ふ、ちょうさん者めが……」
などと言い捨てて通るものが多い。それによって見ても、農奴の文字よりは、ちょうさんの文字が四民の認識になじみが深いらしい。
ちょうさんといえば、すでに、ははあ、と何人も即座に納得が行くようになっている。その一面には、農奴は農奴でそれでもよろしい、ちょうさんに至っては、赦 すべからざるもの、赦さるべからざるもの、ちょうさんの罪なることは、まさにこの刑罰を受くるに価すべくして、免るべからざる適法の運命でもあるかの如く、先入的に通行人の頭を不承せしめて、是非なし、是非なしと、あきらめしむるに充分なる理由があるものと解せられているらしい。
然 らばちょうさんとは何ぞ。
二
ちょうさんは即ち「逃散」であります。現代的に読めば「とうさん」と読むことが普通である。「逃」をちょうと読むことと、とう」と読むことだけの相違なのです。これを訓読すれば、「逃げ散る」というのほかはない。
そこで、農奴なる分際のこの晒 し者 は、「逃散」の罪によって、ここにこの刑に処せられているという観念は明瞭になりましたが、それはただ、捨札に表われている文字だけの意味のことであって、これを本人の方より言えば、宇治山田の米友が、ここで、どうして「農奴」という身分証明の下 に、更に「逃散」という罪名を以て、今日この憂目 を見なければならない事態に立至ったのか、その観念に至っては、明瞭なるが如くして、未 だ甚 だ明瞭を欠くのであります。
米友が、賤民階級に生れ出でたということは、本人自身も隠すことはしない。しかしながら農奴という身分を自称したこともなければ、未だ嘗 て他称せられたこともありません。やはり米友とても、農業のことを働かせれば働きます。伊勢の拝田村では、宇治橋の河原へ稼 ぎに出る間は、自宅で相当の百姓仕事をやっていたのです。現に胆吹山の王国では、お銀様の支配の下に、ついこの間まで、極めて僅少の時間ではありましたけれども、鍬 をとって、あらく切りなどを試みていたくらいですから、やってやれないことはないのですけれども、特に農奴という戸籍に数えられていたわけではない。
それからまた、「逃散」の罪は、盗みの罪ではない。殺しの罪でもない。大抵の場合に於ては、逃げるとか、走るとかいうことは、本罪ではなくて、いわば副罪ということになっている。すなわち、殺しをし、盗みをしたことなどのために、現地に安住が為 し難くなって、それから他領他国へ――或いは天涯地角へ逃げ走る――ということが順序になっている。他領他国へ逃げ走らんがために、殺しをし、盗みをするということはないのです。はたまた、殺しでもなく、盗みでもなく、人の大切の妻女と合意の上で逃げるという事態に於てすらが、その目的は逃げることが本意ではなく、現住地では越ゆるに越えられぬ人為のいばらがあればこそ、彼等は手に手を取って逃げるのである。
もし罰するとすれば、やはり殺しに於ける、盗みに於けると同じように、私通であり、姦通であり、そのことに罰せらるべくして、逃散そのことに罪があるべきはずがないのです。
然 るに、この場の晒し者は、これらのいずれもの罪科に適合せずして、ひとり「逃散」が罪になっている。「逃げ走る」こと、或いは逃げ走ったことだけが罪となっている。観念が甚 だ明瞭なるが如くして、不明瞭なるものではないか。
にも拘らず、通るほどの人は、いずれもそれに黙会を与えて過ぎ去る。
「ちょうさんか――」
「ちょうさんではやむを得ない」
「ちょうさんでは、どないにもならんさかい」
畢竟 ずるに農奴なるが故に「逃散」が罪になるということは、当時の常識に於て、ほぼ納得せられているらしい。
然らば、農奴なる者に限っては、殺しもせず、盗みもせず、私通も姦通も行わずして、いわば、なんらの罪というべきものがなくして、ただ単に「逃げ走る」ということだけが罪になるのか。
事実は、まさにその通りなのである。罪があってもなくても、逃げるということがいけない、逃げるということが罪になる。
三
胆吹 の上平館 の新館の庭の木立で、二人の浪人者が、木蔭に立迷いながら、語音は極めて平常に会話を交わしている――
「ありゃ、身内のものなのです、土地っ子ではありません、ですからこの土地へ来て農奴呼ばわりをされる籍もなければ、ちょうさんの罪を着せられる因縁が全くないのです」
と言っているのは、ほかならぬ元の不破 の関の関守氏、今やお銀様の胆吹王国の総理です。それを相手に受けこたえて言う一人の浪人者、
「そうでしょう、数日前、拙者の寓居を訪れてから間もない出来事なのです、あの者がこの土地の者でないことは、拙者もよく存じておりました、然 るにこの土地の農者として、あの男一人がちょうさんの罪をきたという所以 に至っては……」
と言ったのは、過ぐる日、琵琶の湖畔で、釣を試みていた青嵐居士 その人であります。この二人の浪人者は至って穏かな問答ぶりでありましたけれども、その問題は、やはり農奴とちょうさんとの上にかかっている。すなわち草津の宿の晒 し者 のことに就いて、一問一答を試みているのであります。
「ちょっと想像がつきません、洗ってみれば直ちにわかる身の上を、ことさらに誣 いて、彼をこの土地の農民扱いにして、そうして、ちょうさんの罪を着せて晒し者にしたということの処分が、どうも呑込めないのです」
と不破の関守氏が、青嵐居士への受け答えと共に新たなる疑問の主題を提供する。
「それは、ある程度まで想像すればできる、またそれを真正面から見ないで、反間苦肉として見れば、政策的に、時にとっての魂胆がわからない限りでもございませんがね……」
と青嵐居士、透 かさず相受ける。すなわち不破の関守氏は、宇治山田の米友が、突然ああしてちょうさんの罪を着せられて晒されたことの由に相当面食って、その理由内状のほどがさっぱりわからないと言うと、青嵐居士は、その点は多少想像を逞 しうして、魂胆のほどをも見抜いているところがあるに似ている。
「左様でござるかな」
「左様――あの男とは、先日偶然の縁で、長浜の湖畔で対面しましてな、それから拙者の寓居まで立寄らしめたという因縁がござるが、その節、彼は夜分にもかかわらず、振切って町へ出て、それからついにあの始末です、その間の事情を、人伝 に聞いてみますと、なるほどと思われない事情を含んでいないという限りもございませぬな、あれは一種の人身御供 なのですな、当人から言えば、ばかばかしい人違いの罪科で、代官の方から言えば怪我の功名 、ではない、功名の怪我を、そのまま囮 に使ったという次第であろうと想像するのです」
「なるほど」
青嵐居士が粘液的に話しぶりを引出すと、不破の関守氏は、他意なく傾聴ぶりを示すのであります。
「後で土地の人に聞きますと、あの晩、思いもかけぬ物凄い一場の場面が、深夜の長浜の街上で行われたそうです。伝うるところによりますと、あの小男はあれで、勇敢無比なる手利きであるそうですな、捕方に向った一方も、その方では名うての腕利きであったが、すでに危なかったそうです。すなわち、さしも腕利きの捕方も、すでにあの小男の一撃の下 に危ない運命にまで立至らせられたものらしいが、半ば以下、形勢が急転して、難なく縛 についたものらしい。つまりあの小男は、最初のうちは、自分に疚 しいところがないから、理不尽の取押え方に極力反抗したけれども、相手が、わかっても、わからなくても、とにかく正当の職権を以て来ているのを認めたから、ぜひなく縛についたという落着 らしいのです。ところで縛りは縛ってみたが、連れて来て糺問 してみると、なんらの罪がない――」
四
「ははあ、わかりました」
不破の関守氏は、青嵐居士からの一くさりを聞いて、相当の頓悟があったらしく、二度ばかり頷 く。
「罪のないものに刑は行えない、刑を行わんとすれば、相当な罪をきせてかからなければならん、そこであの先生、その政策にひっかかったのだな」
「そうです、時節がら、農民おどしの案山子 に決められたという魂胆なのでしょう、案山子として使用するには、不幸にしてあの男は恰好 の条件を備えていたものと認められる」
「ありそうなことです」
二人はここで、合点して多少の思案にうつりました。
二人の結論では、宇治山田の米友が、草津の辻で、ああいった運命に落されているのは、要するに時節柄、農民おどしのための案山子として使用せられているのだということの推想と断案とに、あえて異議がないもののようです。
かりにそうだとしてみても、こういうことをして、あの一人の若者を案山子に使用せねばならない時節柄の、農民の問題の急務ということについては、相当の予備知識がなければならない。
すなわち、こういうような時節柄であって、もしあやまって土地っ子の一人二人をでも捕えて刑に当て行う段になると、反動を増すばかりである。それをきっかけに暴動を誘発するようなものである。そういう場合に於ては、氏 も素姓 もわからない風来者を捕えて、人身御供にして置けば、人気をそらして、群集を煙に捲くこともできるというものである。その意味の案山子としての使用物件には、米友公あたりは恰好の代物 と目をつけられたものらしい。そうなると、案山子に使用せられた彼が運命こそ、不幸にも気の毒至極のものと言わなければならぬ。
青嵐居士は、かねて長浜にいてお銀様一党の行動を噂 に聞いていた。ぜひ一度会ってみたいと、米友にまで、それを言葉にあらわしたことがある。その機縁がもう熟して、ここで二人が対面している。この二人の智者が対面して、談、米友の身の上のことに及んで、その立場がほぼ明瞭になってみると、あれをあのままで見過ごして置くわけにはいくまい。すでに、あれをあのままで見過ごさないとすれば、二人の話題は進行して、いかにしてあの男を救済せんかにある。
あの男を救済せんとするには、代官を相手にしてかからなければならぬことが、当然わかり過ぎるほどわからなければならぬ。そのお代官も、公儀お代官なのである。徳川幕府直轄の天領お代官ということになる。
してみれば、二人が打揃って、おとなしく「貰い下げ」運動でも試みようとするようなそんな甘い手では行くまい――だが、多数を率いて示威運動などはこの際、なお悪い――と観念してみたり、或いはまた他に別の手段方法を試むることにでもなるか、いずれにしても、この二人の知恵者が底を割った以上は、あの冤罪 の晒 し者 を、あのままで置くわけにはゆくまい。
五
徳川時代の法によると、「晒し」というものは、おおよそ三日間を定例とする。三日間を生きたままで晒して置いて、それから生命 を取るという段取りになっている。その生命を取る方法には、首斬りもあれば鋸挽 きもある。そのうち、坊主だけは、ただ単に「晒し」だけで生命は取らない。苟 も出家の身として「晒し」にかかることは、生命を取る以上の刑罰に価すると認められたのかも知れない。いつのどの頃の大臣の如く、七年も八年も晒し同様の憂目を見せられた上に、更に二年も三年も実刑を課せられるというような深刻な例は、徳川時代にはなかったらしい。
してみると、あだしごとはさて置き、宇治山田の米友も、出家でない限り、俗人である限り、三日間こうして晒された上で、生命を取られることに運命がきまっている。とすればかわいそうではないか。当人は、この運命を自覚しているや否や、ものすごく沈黙したなりで、決して口をきかない。役人番卒が何と言っても口を利 かない。見物が何と言って罵 っても口を利かない。
こうして、いよいよ二日間完全に晒されてしまった。明日は三日目の「晒し」である。明日が終れば、「晒し」の方はこれでおゆるしになるが、その代り生命の方を召されてしまう。
さて、こうして二日間、誰ひとり助けに来ようという者はない。貰い下げを歎願に来ようという者もない。また、多数の威力でデモを以て奪還を試みようとする勇気もない。
それもまたそのはずです。この晒し者に限って、所番地というものが更にわからない。単に「農奴」としてあるだけで、何の郡の、何村の農奴に属するのだか、その人別が書いてない。書いてないだけではない、事実、いずれの村の農奴だか、この騒ぎの中で誰ひとり見知ったものがないのだから、徒 らに面食うのみで、同情を表したくも表するきっかけがない。
そこがまた、役向の見つけどころかも知れません。
さて、その日の夕方になると、縛られている米友の前へ、二人のひにんがやって来て、無遠慮に穴を掘り出しました。三尺立方の真四角な穴を掘りにかかりました。
「おい、兄い、よく見て置きな、明日になると、お前のその笠の台と、胴体とが、上と下への生き別れだよ――首が落っこっても痛くねえように、土をやわらかに掘りふくらめといてやるぜ」
と、ひにんが小声で戯れに晒し者に言いかけました。
それを聞いていい心持がするはずはない。新聞紙上には、議会が自らの墓穴を掘る、というようなことがよく出ているけれど、文字として無雑作 に扱う分には何でもないが、墓穴というものを目の前で掘られる心持は決していい心持のするものではあるまい。
米友は、それを黙って聞き流しました。あえて一言のタンカを切るでもなく、むじつを訴えるでもない。明日は、この穴の中へ、自分の素首 が斬り落されて、文字通り身首ところを異にする運命をまざまざと見せつけられながら、米友は何も言わない。
非人が二人で、三尺立方の穴を、ほとんど掘り上げてしまった時分に、通りに林立している見物の群集の中に、
「あっ!」
と思わず口へ手を当てて、面 の色を変えてこの「晒し」を見直したものがありました。
六
この男はキリリとした旅慣れたいでたちで、三度笠をいただいていたが、人混みにまぎれて物好き半分、この「晒し者」を一見すると卒倒するばかりに気色ばんだが、やや落着いて、
「どうしたというんです、ありゃあ」
そっと、ささやくように、傍らの人に問いかけたものです。
「ちょうさん者ですよ」
「ちょうさんてのは……」
「つまり、百姓一揆 でござんすな」
「あれがですか、あの男が百姓一揆なんですかね」
「へえ、あれ一人が百姓一揆というわけじゃあございませんな――やっぱり一味ととうの一人なんでしてな」
「あれが……」
「左様でござんす、一味ととうのうちでも、ちょうさんを企てた最も罪の重い奴ですから、それであの通り、『晒し』にかかりました、明日あたりは打首という段取りでござんしょう」
「冗談じゃあない――あれが、あの男が、この土地の百姓なんですか」
「そうですなア、さればこそ、ああして『晒し』にかけられるんでげさあ」
「嘘をお言いなさんな」
あわただしい旅の男が、問答者を相手に気色 ばんで、
「嘘をおっしゃるな、ありゃあ、この土地の者じゃありませんぜ、あの男は、この国の百姓じゃござんせんぜ」
「でも農奴 と書いてござんすぜ、捨札をごろうじろ」
「何を書いてあるか知らねえが、あの男はこの土地の百姓じゃあねえ、大違 えだ」
「お前さんの御親類かね」
「ばかにしちゃあいけねえ、お前さんこそ、あの男が百姓だと頑張りなさるんなら、人別 を言ってごらんなさい、どこの何というお百姓さんだか、それを言ってごらんなさい」
「そりゃ知りませんなア、わしゃ、やっぱり通りがかりの者でござんして、人別改め役じゃござんせんから」
「じゃ、何と書いてあるか、読んでごらんなさい、所番地が何と書いてあるか、読んで聞かせておくんなさい」
「それが、ただ農奴だけで、所も、番地も、名前も、記しちゃあござんせん」
「そうらごらんなせえ、あんな百姓があるものか」
「あれが百姓でないとおっしゃるお前さん、ではありゃ何者なんです、御承知なら聞かして下さい」
今度は、たずねられた方から逆に反問と出かけられると、たずねた方が、やっぱり相当に昂奮して、
「あの男は、ありゃあ、やっぱり旅の者なんだ、ついこの間まで江戸にいた男なんだ、それがお前さん、どうしてこの土地へ来て百姓一揆に加わる暇 があるもんか、人違いだあね、人違いだよ」
「へえ――」
「人違いで『晒 し』にかかっちゃあたまらねえ、あいつもまた、そんならそのように何とか言えばいいじゃねえか」
「江戸の方なんですか」
「そうだとも、生れはどこか、よく知らねえが、ついこのじゅうまで永らく江戸に住んでいて、こちとらとも附合いがあるんだ、あいつが、どう間違って、江州 くんだりまで来て、百姓一揆に加担するなんて、物好きにも、人違いにも、方図があらあ。人違いだよ、間違いだよ――晒される奴も晒される奴だが、晒す奴も晒す奴じゃあねえか」
ここまで来ると、右の江戸者らしい旅の男はいよいよ昂奮して、舌なめずりをしてみたが、急に、自分の昂奮ぶりと、物の言いぶりが、つい知らず度外 れになっていたと気がつくと、あわてて自分で自分の口を押えながら、忙がわしく左と右を見廻しました。
七
なるほど、そう気がついたのも道理で、この旅の者の物言いぶりがあまり際立ったので、誰も彼もが、晒しを見る眼をうつして、この、ひとり昂奮した旅の者の方へ集中させられるのですから、はっと気がついたのですが、それにしてもこの旅の者が、一方 ならずテレたり、怖れたりする様子が変です。
あんまり自分の物言いぶりが過ぎたと感じ、彼はテレて、こっそりと口を押えたまま人混みに紛れようと試むるらしい時に、その後ろにいた千草 の股引 をはいて、菅笠 をかぶり、腹掛をかけたのが、ちょっと後ろからすがるようにして、
「モシ」
と問いただしたものです。
「エ」
呼びかけられてみると、挨拶をしないわけにはゆかなかったが――挨拶というより寧 ろ捨ぜりふで逃げ足と見えたのを、千草股引が、また食留めにでもかかるもののように押迫って、
「あんたはん、あの晒しの男は、この土地の百姓じゃあないとおっしゃいましたか」
「え、その、何ですよ――そうです、そうです、たしかに人違いなんですよ」
と言って、やっぱり振り切るように急ぎ足になるのを千草股引は、透かさず追いかけるようなこなしで、
「お手間は取らせませんが、そこでひとつ、お聞き申したいんですが、あんた様ぁ、あの者の身性 をよく御存じなんですか」
「そりゃ、知ってるといえば知ってるがね、そう言ってわっしにおたずねなさる、お前様はどなただね」
「わしは――あの男の身性を知りたいんでして」
「あの男の身性を知りたければ、係り役人にお聞きなせえな、そうでなければ、直接、御当人に聞いてみなせえ」
「お役人は恐 いでしてね。あの御当人は、根っから口を割らねえんだそうでござんしてな。ところで、あんたはんは、どうやらあの『晒し』の身性を御存じらしい、ぜひ、教えていただきてえ」
全く、その千草股引は、この旅の男を逃がすまいと畳みかけて問いかけるのを、こちらは非常に迷惑がり、
「お上役人も当人も知らねえものを、こっちが知るかなあ。ただ、ちょっと、見たようなことがあるような気がしただけなんだ、何も知りゃあしねえよ、先を急ぐから、まあ、このくらいで御免なせえ」
旅の男は、もう全く逃げ足で走り出そうとする。つまり、一時の昂奮から、心にもないことを口走ったことを悔い、こんなことから、変なかかわり合いになってはつまらない――と、素早くこの場を外してしまおうとするものごしでした。それと見て取った千草股引が、急に権高くなって、やにわに飛びかかって参りました。
「待ちろ――逃げちゃあいけねえぞ」
「何を……」
むんずと飛びついて来た千草の股引は、これは只 の股引ではありませんでした。充分に腕に覚えのある捕手の一人でした。腕に覚えのあるべきのみならず、前のいきさつを知っている者は、たしかに面 にも見覚えがあるべきはずです。これぞ長浜の夜中の捕物に、現にここに見る宇治山田の米友ほどのものを取って押えて、ここへみごと晒 しにかけるまでの手柄を現わした、あの夜の名捕方――轟 の源松という勘定奉行差廻しの手利 きでありました。
それに飛びかかられた旅の男――もう四の五もない、ぱっちにかかった雀のように、おっかぶされたかと思うと、
「何を、田舎岡っ引め、しゃらくせえ真似をしやがんな」
武者ぶりつかれてかえって、度胸が据ったらしい旅の男――窮鼠 猫を噛 むというよりも、最初に猫をかぶっていた狐が、ここで本性を現わしたというような逆姿勢となって、
「まだこんなところで手前たちに年貢を納めるにゃ早えやい」
そこで、またしても大格闘がはじまったかと思う間もなく、旅の男の風合羽がスルリと解けて千草股引の頭の上からかぶさり、その間に股の間をスリ抜けて、一散に逃げました。
「失策 った!」
さすがの名捕方に空を掴 ませて、身を翻したそのすばしっこさ。同時に摺 り抜けて走るその足の迅 いこと――ここに至って、只のむじなでないことの面目が、群集をあっ! と言わせる。
八
とりにがした、名捕方の轟の源松は歯噛みをしました。事実、こんなはずではなかった。有無 を言わさず引括 り上げるつもりであったが、相手を甘く見すぎたのか。そうではない、相手が全く意表に出でたからである。意表に出でたといっても、およそ悪いことをするような奴は、いつでも人の意表に出でなければ立行かない商売なのだから、人の思うような壺にばかりはまっていた日には、悪党商売は成り立たないのだから、そういうやからを相手に一枚上を行かなければならない捕方連が、不用意とは言いながら、そう甘い手を用いたはずはないのに、ことに先頃は、ここに見る宇治山田の米友をすら、あのめざましい活劇の下に、最後の鉤縄 を相手の裾に打込んで首尾よくからめ取ったほどの腕利きが、ここでこんなに無雑作にカスを食わされるとは、気が利かな過ぎるというものであるが――それにはそれでまた理由もあって、実は最初、「待ちろ――逃げちゃあいけねえぞ」と居直った時に、この捕方は早速に相手の利腕をむんずと掴んだつもりでした。ところが掴んだつもりの相手の利腕を掴みそこねてしまったのが意外です。自分ながら腕の狂い方の激しいのに一時、あっとしたが、その掴んだ手ごたえがさっぱりなかったので、はっと狼狽したのも実は無理がない、合羽の下に当然ひそんでいなければならない右の腕が、その相手の旅の男の肩の下に有合わさなかったのです。
それは、あえて懐ろ手をしていたわけでもなければ、その激しい掴みかかりを引っぱずしたという次第でもない、本来、この旅の男には右の腕がなかったのです。いかな名探偵といえどもないものは掴めない。
有るべく予期して無かったというのは見込違いではない。誰でも、普通の人間である限り、この合羽の下に二本の腕がある、一方が右腕であれば、一方は当然左腕であることは常識になっている――ところが、この旅の男には、取らるべき利腕の右が存在していなかった。そこでまず殺してかかるべき利腕を殺すことができないのみならず、その掴みそこねたこっちの破綻 を透かさず泳がせて置いて、間一髪 に摺り抜けてしまったという早業になるのです――摺り抜けた途端が、すでに走り出したことになる。摺り抜けるのも鮮やかなものだったが、その逃げっぷりがまた一層あざやかなもので――敵も、味方も、あっ! と言って、思わず胸を透かさせたと言いつべき切れっぷりでありました。
ここまで言ってしまえば、当然このすばしっこい摺抜け者が、がんりきの百蔵という名代 のやくざ野郎にほかならないことは、定連 はみな感づいていないはずはないのであります。
果して、がんりきの百の野郎は、かくの如くしてこの場を走り出しました。
一方、名探偵の轟は、ひとまずは不意を食って泳がせられたものの、これをこのまま口をあいて見送っている男ではない。
かくて、白昼、意外な捕物沙汰が街道を驚かして、この事のセンセーションのために、「晒し」そのものの場は閑却されたのみならず、「晒し」見張りの役人非人までが、轟親分の捕方の方へ気を取られて、バラバラと走り出したという乱脈になりました。
九
悠々と八景めぐりをして、大津の旅籠 へ戻って来た女軽業の親方お角は、戻って見ると、思いがけなくも甲州有野村の伊太夫からたよりのあったのを発見して驚きました。
伊太夫はすなわちお銀様の父である。自分はこの人からお銀様の附添ならび監督を仰せつかって来たものである。
その大旦那様が、どうしてまた急に、こっちへお出むきになったのか知ら、なんにしてもこれは、取るものも取り敢 えずに本陣へお伺いをしなければならないと、ともの者共に、そのまま折返して外出を言いつけてから、鏡に向って身なりを直し、髪を掻 き上げたのも女の身だしなみです。
そもそもお角が、かくもゆるゆると八景めぐりをして道草を食っているのは、一つには胆吹へ道を枉 げた道庵先生を待合せのためであったのですが、その先生は、どうやらまた脱線したらしく、まだなんらのたよりもないところへ、有野村の大尽のお越しという便りを聞いたのは、たしかに意外でした。さても自分は、大尽からあれほどに信任されてお銀様の身を托されながら、お銀様の胆吹へ留まることになったのを留める由もなく、実は、自分の力ではとうてい思いとどまらせることができないと観念して、しばらくお銀様の御意 のままに任せて置き、またせん様もあるべしと腹をきめていたのを、今ここへこうして突然に、その頼まれ主の大旦那様に見えられてみると、お角として、いささか面目ない次第のものがある。つまり、頭のおさえてのないやんちゃ娘、へたに逆に出るよりは、するようにさせて置いて、飽きの来た時分を待つに越したことはないと考えたればこそ、お角も、米友と道庵とを振替えて、しばし京大阪で気を抜いてから、またここへ出直してのこと――とだいたいそんなふうに考えて、一時お銀様の監督を敬遠することが最上の緩和と考えた次第なのですが、そのなかばへ大旦那に来られてみると、さて、どう復命をしたらよいか、さすがのお角さんも、その辺に大へん気苦労を生ぜざるを得ないで、大旦那様に会ったらば、この点、どう申しわけをしたらよかろうかと、それをとつおいつ考えてみる。
「お角さん、お前という人も、存外頼み甲斐のないお人だね、お前さんに限って、娘を引廻せると信じてお任せしたのに、娘を胆吹山なんぞへおっぽり出して置いて、自分ひとり八景めぐりなんぞは、あんまり暢気 過ぎるじゃないか」――もしかして、こんな皮肉を大旦那様から聞かされでもした日には、わたしはやりきれない、困ったねえ……
まさか伊太夫が、こんなに急に上方 のぼりをして来ようとは夢にも思っていなかったお角、差当っての当惑はかまわないとしても、いささか自分の責任感に及ぶとすると、お角さんの気象としてやりきれないのも無理はない。
しかしまあ、悪いことをしたわけじゃなし、やむにやまれぬ事情はお話し申せばわかって下さること――観念もして、そこはかと身なりをキリリとしたが、さて出かける前に、お手水場 へ入って落着いてという気分になりました。
お角さんがお手水場を志して、なにげなく縁側をめぐって、秋蘭の植えてあるお手水場のところへやって来て、開き戸を手軽くあけて、厠草履 をつっかけて、内扉へ手をかけて、それを何気なく引いて開く途端――
「おや――」
お角さんほどの女が、ここでまた一種異様な叫びを立てて立ちすくんだのが、不思議千万でした。
十
便所の内扉を開いたままで、お角さんが、「おや」と言って、異様な叫びを立てて立ちすくんだも道理、その便所の中には、先客があって、悠々としゃがみ込んで用を足している最中であったからです。
「無作法千万な!」
誰でもこう思わなければなりません。このお手水場は、お角さんの座敷に専用のお手水場になっている。そこへ、余人が入っていようとは思いもしなかった。且つまた、誰か臨時に借用したにしたところが、用を足しているならばいるように、内鍵というものもあるし、それが利 かないとすれば、咳払いぐらいはしてもよかろうもの、それが作法じゃないか。わたしがここへ来た廊下の足音でもわかりそうなものじゃないか。開き戸をあけた音でも気取 れそうなもの。それを内扉をあけるまで、すまし込んでいて、人に恥をかかせるのはともかく、自分もこんなところを見られていい図じゃあるまい、間抜けめ! とお角が腹が立って、出て来たら横っ面を食 わしてやりたい気持で、扉を外から手強く締め返してやろうとしたその途端に、向うにぬけぬけしゃがんでる奴――しかも女ではない男なんです。そいつが、しゃあしゃあとして、
「こんちは」
と言いました。
「畜生!」
とお角さんは、思わずこういって罵 ろうとしたが、そのしゃがんでいる奴の面を見ると、
「ナンダ、ナンダ、手前 は百の野郎じゃないか、このやくざ野郎」
お角さんの悪態は悪態にならず、全く面負けの、呆 れ返りの捨ゼリフでした。
こうして、お手水場の中にわだかまっていた奴は、昔は腐れ合いのがんりきの百蔵というやくざ野郎そのものに紛れもないのですから、忌々 しくってたまらないながら、喧嘩にもならない。
「馬鹿野郎、なんだい、そのザマは」
お角さんは、続けざまに怒鳴りつけてみたまでですが、中の野郎はいよいよイケ図々しく、お尻を持上げない。
「たまに来たものを、そんなにガミガミ言わずとものこっちゃあねえか――」
「相変らず図々しい野郎だねえ。だが表玄関からは敷居が高くて来られもすまいねえ、臭い奴は臭いところが相応だよ」
「おっしゃる通り表向きには、やって来られねえ身分だからかんべんしておくんなさい」
「どうして、わたしがこの宿にいることがわかったんだい」
「どうしてったって、そこは蛇 の道は蛇 だあな、お前がこの街道を、どこからどこへつん抜けて、どこへ泊って、どこそこから立戻って、どこそこへ出かけようというのか、こっちじゃもうちゃんと心得たものなのだ。だが、そんなムダを言いてえがためにわざわざこうして臭エところに待っていたんじゃねえ――こういう辛抱もして、一言お前に知らせをしてやりてえと思うことがあればこそなんだ。と言ったところでなにもお前という女に未練未釈があって、こんな臭エ思いをしているわけじゃねえんだから安心しな。手取早く言ってしまえば、それ、お前のところにいた、あの米 とか友 とかいう変てこな兄いが、どうした間違えか役人にとっつかまって、ちょうさんてえ罪で、草津の辻で三日間の晒 し、それが済むとやがて鋸挽 になろうてんだ。どうも、むじつにしてもあんまり桁 が違い過ぎるようだから、何とかしてやりてえが、おれは世間の暗い身柄で、どうにもならねえ。だが、あの滅法無類の正直者が、何かの間違えでああいうことになって、今日明日のうちに首がコロリという仕儀であってみると、いかにやくざ野郎でも、あのまま見過ごしにゃできねえよ、あの男とはお角親方、お前の方がずっと縁が深いと思うから、どうにかしてやんな――三日の晒しの後は、鋸挽か、打首、ここに間近え坂本の城ではねえが、今日明日のうちに首がコロリってえんだ――何とかしてやるがいいと思ったら、何とかしてやりねえな」
がんりきのやくざ野郎からこう言われたお角が、また面 の色を変えました。
「何だって、あの友が、米友の野郎がなにかい、草津の辻で晒しにかけられてるって、そうして今日明日のうちに首がコロリだって、そりゃ本当かい」
「嘘を言ってお前をたぶらかすために、こんな臭い思いはしねえよ」
「ばかにしてやがら」
お角さんが、ここで捲舌 を使ったのは、それはがんりきを罵 ったのではない。あの一本調子の、気短かの、グロテスクめが、また何か役人を相手にポンポンやり出して、とっつかまったのだろう、だが、相変らず手数のかかる野郎だ。それにしても、三日間晒しの、今日明日のうちに首がコロリはひど過ぎる。友という野郎は、本来ああいうキップだが、悪いことは頼んだってする野郎ではない。それをどう間違えたか、三日間晒しの、今日明日のうちに首がコロリとは、役目を預かる奴等にも、あんまり目がなさすぎるというものだ。
そこで、お角が歯噛 みをして、お手水場の床を踏み鳴らしました。
十一
がんりきの百の野郎といえども、一から十までロクでなし野郎だという限りでもない。それから後暫くあって、臭いところから這 い出したこの野郎は、お角親方の特別借切りの一室を一人占めにして、すっかり納まり込み、長火鉢の前で、長煙管でパクリパクリ、そうして煙を輪に吹きながら、ひとり言――
「ふ、ふ、ふ、そうら見ろ、あの女め、火のように怒り出しやがった。だから、言わねえこっちゃねえ、あいつを、ああ嗾 けて置きぁ、火の中へも飛び込むよ。あの勢いで押しかけて行った日にゃ、やにっこい役人はタジタジだぜ。何とかするよ。何とかしねえまでも、ただじゃあ首にさせねえよ」
と言うのは、つまり、自分の寸法がすっかり図に当ったことを己惚 れている。いやしくも自分の子分子方であったものが、今日明日のうちに首がコロリという運命に陥っているのを、知らざあともかく、それと聞いて、ああそうかとすまし込んでいる女では決してない。自分としては、あんなところへ面 も体も出せた身じゃねえが、あの女ならばどこまでも押して行くよ。そこを見込んで、かけ込んだおれの寸法が当った。
がんりきの野郎は、その寸法を己惚れきっている。その一方にはこうして、お角を火の玉のようにして転がし出して置きながら、そのあとを然るべき要領で、お角親方の連衆 の一人にこしらえ、留守番をひとり守っている体 にして、避難と、休息とを兼ねて、ゆっくりと落着くことができる、つまり、一石二鳥にも三鳥にもなるという寸法だ。これから、あの掻巻 の中へ、すっぽりとくるまって、めまぐるしいこのごろの湖畔 のやりくりの骨休めをすることだ。
「有難え、お茶を一ぺえ――甘えお茶菓子も有らあ」
そこで、お茶を飲み、菓子を食い、さて、ゆっくり掻巻へもぐり込んで一休みと、足腰をのばしにかかってみると、指が痛む。
「ちぇっ、右の腕はブチ落される、今度は残った左の方を小指からなしくずしなんぞは醜いこった――因縁 ものだなあ」
と言いながら、繃帯 を外して捲き換えている。長浜の浜屋で落された指一本の創 あとがなかなか痛い。めまぐるしさにまぎれていたが、安心してみると痛み出す――懐中から薬を取り出して、それをつけ直している。また繃帯を捲き換えてみる。
十二
果して、がんりきの予想通り、お角さんは火の玉のようになって、この宿を転がり出たのです。
その勢いで、本陣へ上って伊太夫に面会したが、もうその時は、さきほど心配した自分の責任感のことなどは、いつしかケシ飛んでしまって、晒しの鬱憤で張りきっていました。それでも、つとめて抑制して、伊太夫へは丁寧な挨拶を試みたつもりですけれども、挨拶が済むと早くも暇乞 いでした。
「ほんとに、大旦那様、万事ゆっくりとお話し申し上げ、お詫 びも申し上げなければなりませんのですが、急に、急ぎの用事が出来ましたから、これから、ちょっと一走りかけつけて見て参ります、様子を見届けた上で、引返してすぐまたお伺い致します、ほんとに、旅へ出たからって、楽はできません」
お角さんの余憤満々たるのを、伊太夫は只事でないと見て取ったものですから、
「まあ、落着きなさい、何かお前さん、よっぽど張り切っておいでなさるが、何事が起ったのです」
「いえ、なあに、つまらないことなのですが、うちの若い者が……いいえ、以前うちに使っていた若い奴が、気が早いものですから、旅に出て、失敗 をやらかしちまいまして――困った奴ったらありません」
「どうしたのですかな。旅に出ては間違いが起り易 いから、うっかり張りきった気分のままでやると、かえって事こわしになりますよ、何事です」
「いえ、もう埒 もない奴なんでございますが、どう間違えられたか、草津の辻とやらで、晒 しにかかって、今日明日のうちに首がコロリ――と聞いてみると、いい気持は致しません、いい気持どころか、こうして、いても立ってもいられないのが、わたしの性分なんでして」
「まあ、待って下さい、その晒し者のことなら、わしも見ましたよ」
「まあ、大旦那様、あなたもごらんになりましたか、あの米友の奴が」
「名前は何というか知りません、また、あの男がお前さんのかかわり合いの男だということも、はじめて聞くのですが、どうも通りかかって、あれを見て、わしも変だと思いましたわい」
「全く変な奴なんでございます、あの友という野郎は、変った野郎には相違ございませんが、ちょうはんをしたり、晒しにかかったりするような、気の利いたことのできる野郎じゃないのです、あいつは、天性曲ったことのできない野郎なんですが、それが間違って、晒しにかかった上に、今日明日のうちに首がコロリでは、どうあっても、このままでは済まされません、こうしている間も気が急 くんでございます、あの野郎は、どう間違ったって、ちょうはんなんぞをする野郎じゃありません、人違いにも程があったものでございます」
お角さんの言葉によるとちょうさんがちょうはんになっている。ちょうさんの説明は前に言った通りですが、ちょうはんとなると僅か一字の相違で、内容も形式も全く別なものになる。すなわちちょうはんというのは「ばくち」の一種で、丁よ、半よと、輸贏 を争うことの謂 いなのであります。これによると、お角さんという人の頭には、ちょうさんの解釈が成り立っていない、一途 にちょうはんと受取ってしまっている。すなわち、丁よ半よと血眼 になって勝負を争ったことのためにお手入れがあって、それがために捕われてお仕置になっている、と受取る方がお角さんの頭には通りがよい。
ちょうはん、ちょぼいちの罪の罪たるべきことはお角さんの頭にもある。ただ、そのちょうはん、ちょぼいちを弄 したということのために、今日明日のうちに首がコロリというのは、ところ柄かも知れないが厳し過ぎる。まして、あの正直一方の米友が、ちょうはん、ちょぼいちなどにひっかかる人物でないということは、お角親方が頼まれなくとも保証するところである。それがためにお角さんの激昂が一層、煽 られていると見なければならぬ。
十三
お角の激昂するのを聞いていた伊太夫は、
「なるほど、そういう場合では、お前さんの気象として、じっとしていられないのも無理はない。だが、相手は何といってもお上役人だから、たとえ理があっても正面からポンポン行くと、かえって事こわしになる虞 れがある、相当の筋を辿 って、何か穏かな助命方法はないものかね」
そう言われると、お角さんも馬鹿でないから、昂奮のうちにも、敵を知り己 れを知るの分別が出て来ないはずはない。お上だろうが何だろうが、理に二重はないという勢いで押しかけてみたところで、相手にされなかったらどうする。それを強く押してみたところでどうなる。よし、それはどうなろうとも、当って砕けろだ、ここで後へ引くようなお角さんとはお角さんが違うと言ってしまえばそれまでだが、お角さんの米友と違う点はそこにある。伊太夫は言葉をつづけて言いました、
「そうじて、お上役人というのにぶっつかるには、更に、も一段上から出るか、側面から当るのが最も効目 のあるものだ。役人というものは、上役に対しては頭の上らないものだから、天降 りである以上は否も応もない。そうでなければ搦手 から運動することだ、そこから穏かに話をつけると存外物わかりのよいことがある。名役人というものは上も下もありはしない、理が聞えれば、誰の言葉も聞いてやるが、なかなかその名役人というものはないものでな――だから、天降りとか、搦手とかいうやつが、いつの世でも相当効目があるものなのだ。どうだい、お角さん、そんな意味で何か上の方からこう、運動するような手筋はないかね。わしも一応は、心当りをこれから思案しようと思っているが、何をいうにも旅の身でねえ」
伊太夫からそう言われて、お角としても、いよいよなるほどと思わせられないわけにはゆかないで、
「御尤 もでございますね……」
と言ってみたが、そのほかには急になんらの思案も浮ばないから、二の句もつげない。なるほど、この大旦那が、甲州一円の土地であるならば、ずいぶん面も利き、圧 もお利きなさろうけれど、この大旦那でさえ、旅の身ではねえと喞 ち言 をおっしゃる――まして、女興行師風情のわたしで、どうなるものか、それを考え出すと、腐ってしまわざるを得ない。
お角さんが、やきもきしながら返答ができないでいる、その心持を伊太夫は充分察することができるから、お角さんから強 いて返答を催促するのでなく、自分のこととして自問自答を試みて、
「いったい、この土地は、どこの藩に属しているのかな、水口藩 か、膳所藩 か――そうだとすればここの権者 は何の誰という人か、その人に向っての手蔓 ――ただし、彦根の藩中には相当の重役に知り合いがある、そうだ、あれから渡りをつけてやろうか、彦根ならば他の小藩への通りがよかろう。だがもし、いずれの藩にも属していない天領だとなると、幕府直轄のお代官だとなると、事が少々面倒だぜ、御老中差廻しのお代官に悪く出られた日には、大藩でも扱いきれないことがある――さあ、その辺を一つ考えてみないことには……」
伊太夫は、自問自答式にこうつぶやいて、ようやく思案が深入りして行く途端に、お角さんが、急に声を上げて言いました、
「ああ、いいことがございました、ほんとに、どうしてこれに気がつかなかったんでしょう、わたしという女も、実に頭の悪い女でござんしたよ」
「何か、いい分別がつきましたか」
「大旦那様、誰彼とおっしゃるよりは、新撰組がようござんしょう、新撰組をお頼り申すのが、手っとり早くて、いちばん利 き目 がありそうでござんす」
「なに、新撰組――」
「左様でございます、とっくにそこへ気がつかなければならないわたしという女の頭が、こんなにまで悪い頭とは思いませんでした、旅の風に吹かれ通したために、脳味噌が少し参ったんでしょうと思います」
十四
お角はひとり呑込んで、しきりに意気込んでいる。
それから、お角が伊太夫に向って、いま京都からこの地方にまで及ぼすところの、新撰組、すなわち壬生浪人 というものの威力の、いかに強大であるかということの、たったいま、仕込み立てのホヤホヤの知識を述べ立てました。
新撰組の行動に就いては、御領主様といえども、お奉行様といえども、これに加うることはできない。当時、名立たる大藩といえども、会津といえども、彦根といえども、これには一目も二目も置く。新撰組に睨 まれた以上は、公儀役人といえども、到底その私刑を免るることはできない。さしも横議横行を逞 しうする大藩の勤王浪士といえども、新撰組だけは苦手である。「恐山の巻」の百七十六回前後のところに、その威力のほどが見えている。その新撰組の威力を借りる時は、たとえ相手が大藩領であろうとも、天領であろうとも、断じて押しの利かないことはないということの信用を、お角が今、やきもきと思い起して伊太夫に吹聴しました。
しかして、その新撰組を意のままに駆使するところの大将が近藤勇で、副将が土方歳三 である。その副将軍土方歳三とわたしは心安い。つい今の先も、昔の歳どんで附合って来た。その力を借りて、押しきって行けば、何のちょうはんの一人や二人、事も雑作 もあるものではない、とお角さんが張りきってこのことを伊太夫に申し出ると、伊太夫もこの際、一応はそれを承認しました。
というのは、当時、新撰組の及ぼす威力は京洛の天地だけではない。その時代の動静が、かなり敏感に伝えられるところの、甲州第一の富豪の手許まで情報が届いていないということはない。どこまで彼等に全幅の信用を置いていいか悪いかわからないが、この際は、事の思案よりは、急速の実行を可なりとする。時にとっての強力が必要である。そこで、伊太夫も一応お角の提議を承認するまでもなく、お角さんは早くも庄公を次の間まで呼ばせて、
「庄公――お前これから大急ぎ、馬でも駕籠 でも糸目はつけないで、一走り使に行って来ておくれ――ほらあの、新撰組の土方という先生――いいかい、これから山王様までまた駈けつけてもらうんだよ、あそこへ行って歳どんに、わたしがぜひ加勢に頼みたいことがあるって、言伝 をしておくれ。わけを言っては長いから、お角親方が大難に出あっている、草津の北の辻で、お角親方が晒しにかけられるという段どりになって、九死一生なんだから歳どんに加勢に来てもらいたい、とこう言って頼んでごらん。もし歳どんがいなかったら、あのやさ男で小天狗と言われた沖田総司という先生でもいいし、永倉新八という先生でもいいから、大急ぎで加勢に来てもらいたいと言ってね――歳どんも、沖田さんも、永倉さんもいなければ誰でもいい、新撰組と名のついたお人ならば誰でもいいから、頼んで来ておくれ。ことによると、どこぞへ引上げておいでなさるかも知れない、今時、新撰組といえば、泣く児もだまるんだそうだから、どこにいたって居所は知れそうなものだ、大急ぎ、九死一生の場合、今日明日のうちに首がコロリてんだから、そのつもりでお前、しっかりやっておくれ」
こう言いつけて置いて、お角自身も急に伊太夫に向い、
「大旦那様、では、わたしの方もこれから現場へ駈けつけてみますから――時が遅れてはいけません、救いの手が来るまで、どっちみち、現場へ因縁をつけて置いてみることに致します」
かくてお角さんは、ゆらりと立ち上りました。
一つは新撰組へ救いの手を求むべく、一つは自身、グロテスクの晒しの現場へ出頭して、水の手の来るまで因縁をつけて置こうとの策戦らしい。
十五
お角が立ったあとで、伊太夫は考えている。お角を助けるために来たのではないが、こうなってみると、彼女のために相当の力添えをしてやらなければならぬ事態になっている。
但し、自分の力の及ぶ範囲ならば知らず、旅へ出ての身である、まして今度の旅は、人も、我も、思いがけない旅である、人に知られたくない旅の身である、彦根の家中の重役には相当知辺 はあるけれども、事改めて、そこへ持ち込みたくない。
だが、何とかして、側面から、お角が急を訴えている冤罪 の者の助命をしてやらなければならぬ。新撰組なるものの威力が、果して間に合うだろうか。いずれにしても焦眉 の急である――とりあえず、この宿の亭主からたずねて、きっかけを求めねばなるまい。
「どうもあの女親方が、ああ張り切るのはよくよくのことだろう――何とかしてやらずばなるまい、お前、とりあえず支配地の籍を調べて、役人の筋を辿 って、ひとつ穏かな助命運動ができるものなら、至急その道を講じてもらいたい」
家来の藤左に向って、伊太夫がこのことを申しつけると、藤左は心得て、宿元からして急速に調べ上げた情報が次の如くです。
この地に長谷久兵衛 という鬼代官がいる。名代 の農民いじめで、年貢不納のものは遠慮なく水牢に入れる。厳寒の節に水の中に立たせる。泣き叫ぶ声が通路まで聞えて、人の身の毛をよだてる。女房娘は遠慮なく身売りをさせたり、自分が没収したりする。たまり兼ねて瀬田の橋から身投げをして果てる男女が続々と相つぐ。
草津の辻の晒 し者 も、江戸老中差廻しの役人がさせたのか、この地の役人がしたのか、それはよくわからないが、ともかく、この久兵衛が悪い。久兵衛のさしがねでなければ、その献策に相違ない。なんでもかんでもその長谷久兵衛が鬼代官だという情報が、どちら方面からも、期せずして伊太夫の手許 へ集まって来る。
してみると、長谷久兵衛なるものは、悪辣 であるだけに権者 である。なんにしても、こいつを押えてかかるのが有利だと伊太夫が覚りました。
押えてかかると言ったところで、力を以て押えてかかるわけにはゆかない。手段方法を以て、この代官から理解してかからぬことには、事は運ぶまい。その代り、この代官の理解さえ届けば、必ずや相当の緩和方法があるに相違ないということに伊太夫が合点して、とりあえず、家来にその運動方法を命じたのです。
運動方法といったところで、今の場合、さし当り特別の手段方法があるべきはずはない。伊太夫の持てるものとしての力は、その財力です。微行 で旅に出たとはいえ、甲州一国を押えている力は何かにつけて物を言う。金力が時、所を超越して、権力以上に物を言う場合が大いにある。伊太夫の取り得べき手段方法としては、その有り余る金力を、有効に行使してみる側面運動のほかにはないでしょう。
しかし、いきなり小判で鼻っぱしを引っこするような真似 はできない。手蔓 のない、しかも焦眉の急に応ずるための財力の発動としては、その方法に、相当微細にして巧妙なるものがなければ、かえって事を仕損ずる。
伊太夫は、それを藤左に向って考えさせている。
十六
草津の辻のグロテスクな晒し者は、多くの方面にいろいろの衝動を捲き起したが、意外千万なことには、その翌朝になると、「ちょうさん」の罪人として晒された宇治山田の米友の姿は、晒し場から跡を消して、そのあとへ別に一つの「梟首 」が行われました。首が晒されているのです。つまり、生きた人間を縛って曝 す代りに、人間の首を切って、そうしてそれを梟 にかけました。
さては――と人だかりの中に、血相を変えたものもありました。と、そのうちには、あの無言のグロテスクも、とうとう首になったか、ともかくも生きて晒されている間はまあいいとして、首を斬られて「梟首」に行われるようでは、もういけない。
あれほど、いきり立ったお角さんはどうした。
そのところに、まさに右の如く人間の「梟首」が行われていることは事実に相違ないが、よくよく見直した時、いずれも失笑しないものはありません。
「あっ! なあーんだ」
人間の首がさらされているには相違ないけれども、その首というものが甚 だ無難なる首でありました。
木像なのです。木像の首なのです。しかもその木像の首たるや、ほぼ普通人間の三倍ほどある分量を持っていて、木質だけはまだ生々しいのに、昨今急仕立ての仕上げと見えて、その彫刻ぶりが、荒削りで、素人業 が、たくまずして七分は滑稽味を漂わせている。
しかしながら、とにかく、人間の形をした首は首です。その首が、昨日までは米友が全身を以て生きながら晒されておったところに、置き換えられている。しかも、その首を、なおよくよく見るとまた見覚えがある――誰でも相当見覚えがある。束帯 こそしていないけれども、冠 をかぶっている。その冠も、天神様や荒神様のかぶるような冠ではなく、世に「唐冠 」として知られている、中央に直立した一葉があって、両翼が左と右に開いている。古来この冠をかぶった画像、木像に於て、最も有名なのは「豊臣秀吉」である。ことにこの附近は、秀吉の第二の故郷として、その功名 の発祥地と言いつべきですから、この「唐冠」の太閤様は、ほぼ児童走卒までの常識となっている。
「やあ、太閤様が晒し首になっている」
人も騒げば、我も騒ぐ。
「太閤様の晒し首」
子供たちは嬉しがって騒ぐが、苦笑せぬ大人とてはない。
何者がした悪戯か、いたずらが過ぎる。まさに知善院蔵するところの天下一品と称せらるる豊臣太閤の木像の首を模して、斯様 な素人細工を急造し、そうして、昨日までの生きた現物と引換えてここへ晒 したものに相違ない。農奴とはり出された宇治山田の米友にとってみれば、今度は、かりにも豊太閤の面影と引替えになったということになってみると、いささか光栄とするに足るというべきだが、太閤の影像にとっては迷惑この上もあるまい。
何の理由があって、何者がこういう摺替 えを行ったかということはわからない。無論、有司の仕業ではなく、何者かの最も悪趣味なるいたずらであることはよくわかる。この時代に於ては、こういうたちのいたずらが、よく流行したもので、その最も代表的なるものは、京都の等持院の足利家累代の木像を取り出して、四条磧 にさらしたことである。
しかして、この場合に行われたのは、足利家とはなんらゆかりのない豊臣太閤が、同様の私刑に行われたという現象であって、一見して誰もが、相当に度胆を抜かれたが、その傍の捨札までが、いつしか書き替えられてあるということは、文字ある人だけが気のついたことであった。新たなる捨札の文言 に曰 く、
十七
琵琶湖畔に農民暴動の空気が充ち満ちている――
ということは、前冊書にしばしば記したところであるが、その要領としては、「新月の巻」第四十九回のところに、不破の関守氏が、お雪ちゃんに向って語ったところに、「まあお聞きなさい、お雪ちゃん、こういうわけなんです、事の起りと、それから、騒動の及ぼす影響は……」と前置をして、
「今度の検地は、江戸の御老中から差廻しの勘定役の出張ということですから、大がかりなものなんです。京都の町奉行からお達しがあって、すべての村に於て、この際、如何 ようなお願いの筋があろうとも聞き届けることは罷 り成らぬ――村々からあらかじめ、そのお請書を出させて置いての勘定役御出張なのです。そこで老中派遣の勘定役が、両代官を従えて出張して参りましてな、郡村に亘 って、検地丈量の尺を入れたのでござるが、もとよりお上のなさることだから、人民共に於てかれこれのあろうはずはないのでござるが、そのお上のなさるというのが、必ずしも一から十まで公平無私とのみは申されませんでな。
つまるところわいろなんですね。当節は到るところ、それなんだからいけませんなあ、わいろでもって、すっかり手心が変るんですからいけません。いったい、役人がわいろを取って、公平を失するということほど政治上いけないことはありませんね……今度の騒ぎも、そもそもそのお江戸の御老中派遣の勘定方が、わいろによって検地に甚 しい手心を試みたそれが勃発のもとなんで……」
江戸老中派遣の、わいろを取る役人が出張して、思う存分に竿を入れる。そのくらいだから寛厳の手心が甚しく、彦根、尾張、仙台等の雄藩の領地は避けて竿を入れず、小藩の領地になるというと、見くびって烈しい竿入れをしたものだから、領民が恨むこと、恨むこと。そこで、これはたまらぬと、庄屋たちが寄り集まって、竿入れ中止の運動を試みようとしたが、そこはわいろ役人に抜け目がなく、あらかじめ一切の訴願罷 りならぬという覚書を取ってある。しかし、領民たちになってみると、死活の瀬戸際だから黙っていられない、その鬱憤が積りつもって、大雨で水嵩 が増して行くように緩慢に似て漸く強大である。どこの村から、どう起ったかということは今わからないけれども、近江の四周 の山水が湖水へ向って集まるように、湖岸一帯の人民の不平が、ある地点へ向って流れ落ちて溢 れて来る。
たとえば野洲郡 と甲賀郡の歎願組が合流して水口へ廻ろうとすると、栗田郡の庄屋が戸田村へ出揃って来る。勘定役人が甲の川沿いから乙の川沿いに行こうとすると、両の郡の農民が結束して集まるもの数千人、ことに甲賀郡西部方面から押し出した農民は、水口藩警固の間をそれて権田河原 に屯 し、同勢みるみる加わって一万以上に達し、破竹の勢いで東海道を西上し、石部 の駅に達したが、膳所藩 の警固隊を突破し、三上郡に殺到、そこで他の諸郡の勢と合し、無慮二万人に及んで、三上藩に押寄せるという勢力になった。
幕府の勘定方の役人は、その時、三上藩にいたが、藩の役人が怖れて急ぎ避難をなさるようにと勧めたが、剛情我慢な幕府勘定役人はそれを聞き入れない。ついに群集は陣屋へ殺到して、勘定方役向を取囲んで口々に歎願を叫んでいる。幕府勘定方役人の生命も刻々危急に瀕 している――
十八
なお、そのことのあった前後、青嵐居士 がまたしても、胆吹の山荘に不破の関守氏を訪れての会話が漸く興に乗ると、次のようなことを滔々 と論じ立てました、
「そもそも徳川氏ばかりが、農民の敵だと言いふらすやからは、二を知って一を知らないものですよ――例の豊臣氏なんぞが、むしろ農民を搾 る方の本家と言ってしかるべきでしょう。たとえばです……
日本に於て、農民が最も幸福であった時代は鎌倉時代、とりわけ北条時代であったのですが……さて、応仁の乱以後、天下を平定した豊臣秀吉というものが、御承知の通り、彼は全く名もなき農民の出でありましてな、そんなら、その純粋の農民の出であるところの豊臣太閤というものが、どういう扱いをその親元の農民に向って試みたかと申しますと、まずあの時のあの人が行った『検地』というものでよくわかりますな。秀吉の時までは一段歩は三百六十坪であり、一坪は六尺五寸平方であったのですが、それから一段三百坪に改め、一坪を六尺三寸平方とし、これによって約二割以上の増収を農民の上に加えたのであります……
秀吉も、その武力統一を完全にすると共に、大陸政策を実行する上に、どうしても農民を搾 らなければならなかったのですな。農民を搾るためには、農民を無力にして置かなければならなかったのですな。そこで『検地』の一方には『刀狩り』というようなことも行われましたのです。農民から一切の武器を取り上げて、苟 も反抗のできぬように丸腰にしてしまったのが秀吉です……
それを徳川氏に至って、更に徹底的に強行政策を用いて圧迫しきったというのですな。だから、徳川氏の政策は農民を人間扱いにはしておりません、濡手拭と百姓は、絞れば絞るほど水が出る――最後の一滴まで絞るように慣らしてしまったのですな。徳川氏の対農民政策はその通りですが、その俑 を作って与えたものは豊臣秀吉なのです。ことに徳川氏は少なくとも城主大名の家に生れたのですが、豊臣に至っては、尾張の中村の純粋なる農民の出であるにかかわらず、農民の地位を向上せしめず、これを奴隷以下に置くことの俑を作りました。もし、農民が目下の検地の残忍刻薄を恨むならば、当然、遡 って徳川家康を恨まなければならない、家康を恨む以上は、秀吉もまた同罪のみかは、同罪以上の元凶であることを恨まなければならない理窟になるのです」
青嵐居士は、自分がこういう意見の所有者ではない、広く歴史を読んでいる間に、こういう史上の事実を掴 み出でて語るものらしい。すると不破の関守氏も、その説には相当共鳴するところあるものの如く、
「秀吉は農奴から起って関白に至ったということは、争うべからざる素姓 と考えますが、家康とても必ずしも、生え抜きの城主大名とはいわれますまい。近頃、ひそかに研究した人の説によると、彼は農民よりもなお賤 しい、乞食の徒、願人坊主 、ささら売りの成上りだということであります」
「ははあ、それは新説です、徳川家康の幼名竹千代、岡崎の城主松平広忠の公達 というのでなく、願人坊主、ささら売りの成上り……それは果して根拠のある説ですか」
「当人の研究によると、なかなか根拠があります、つまり、その説は……」
十九
不破の関守氏は、村岡融軒著「史疑」と称する一書を取って、青嵐居士の前に置いて言いつづけました、
「この書物は、相当丹念に研究して成ったもので、面白い説ですから、拙者は要領をうつし留めて置きました、お暇の時に御一覧下さい。而 して要するに、徳川家康の真実の素姓を突留めんとした書物でありまして、結局この著者の研究の結果は、家康は簓者 の子であって、松平氏の若君でもなんでもない、十九歳までは乞食同様の願人坊主であった、それが、正銘の松平の曹司竹千代が駿府 に人質となっているのを盗み出し、それを信長に売り込んで、出世の緒 を開いたのだという説です……」
「ははあ、そういう新説は今まで聞きませんでした、それだけの説を立てるからには、必ずしも拠 るところがないわけでもありますまい、荒唐無稽の小説ならばとにかく、新研究とあるならば、一応読んで置く必要があると思います、拝借いたしましょう」
「どうぞ、ごゆっくりごらん下さい――ところで、秀吉も、家康も、右の通り、その出生が農奴であり、非人同然であるに拘らず、成功した暁には、その発祥民族を酷使虐待する、なるほど、その俑 を作ったのは秀吉でありましょう、それに輪をかけ、箍 をはめたのは徳川氏です」
「左様、徳川氏の農民政策に就いては、拙者も心がけて少々研究を試みていないでもありませんが……」
と言って、そこで、今度は、またも徳川氏の農民政策問題に復帰して、おのおのその懐抱を傾けて語り合いましたが、落つるところは、神尾主膳が百姓を憎むところの根拠の裏を行っているようなもので、徳川家直参の旗本であることを誇りとする神尾主膳が、極力農民を侮辱している。それは、やはりこの大菩薩峠の「恐山の巻」の百四回のところから見るとよくわかる。
神尾は生れながら、百姓というものは人間ではない――ものの如く感じている。
それは当然、階級制度の教えるところの優越性も原因であることには相違ないが、それほど神尾というものが百姓を、忌 み、嫌い、悪 み、呪 うというのは、別にまた一つの歴史もあるのです。
それは、神尾の先祖が、百姓を搾 ろうとして、かえって百姓からウンと苦しめられ、いじめられている。神尾の祖先のうちの一人が、自分の放蕩濫費の尻を、知行所の百姓にすっかり拭わせようとしたために、百姓一揆 を起されて家を危うくしたことがある。
体面の上からは勝ったが、事実に於ては負けた。領主としての面目はかろうじて立ったが、内実は百姓の言い分が通ってしまったのだ。
だから、心ある人は、それから神尾の家風を卑しむようになっている。
その歴史が、今も神尾を憤らせている。百姓というやつは厳しくすれば反抗する、甘くすればつけ上る――表面は土下座しながら、内心ではこっちを侮っている。最も卑しむべき動物は百姓だ――これには強圧を加えるよりほかに道はないと、それ以来の神尾家は、代々そう心得て百姓を抑 えて来ていた。今の神尾主膳も、百姓を見ると胸を悪くすること、この歴史から来ている。
この点に於て、神尾主膳は徳川家康の農民政策を支持している。
「権現様の収納の致し様」といって、百姓は、生かしもせず、殺しもせざるようにして搾れ――ということが、すなわち徳川家康の農民政策であったと今日まで伝えられているのだ。
毎年の秋、幕府直轄の「天領」を支配する代官が、その任地に帰ろうとする時、家康はこれらを面前へ呼びつけて、郷村の百姓共をば、「死なぬように、生きぬようにと合点 いたし、収納申し付くべし」と申しつけたということである。
その伝統を承って、これは家康の落胤 だと言われた土井大炊頭 の如きは、ある年、その居城、下総の古河 へ帰った時、前年までは見る影もなかった農民の家が、今は目に立つようになって来たとあって、「百姓、生き過ぎはしないか」と部下の役人へ詰問的の問いをかけたということになっている。
その当時の一村の名主の家には、必ず水牢、木馬の類が備えてあったのだ。百姓共が年貢を滞納する時は、水牢へ入れ、木馬に乗せてこれを苦しめたものだ。
それだけを聞いていると、いかにも農民に対して血も涙もないやり方のように聞える。徳川家は農民を見ること牛馬以下であって、農民にとって、徳川家は仇敵 ででもあるかのように聞えるが――事実、天下の政治をするものに、好んで農民を苦しめたがる奴があるものか、苦しめるには苦しめるだけの理由があるからだ、苦しめられる方は、苦しめられるだけの因縁 があるからなのだ。
いったい、発祥時代の徳川家の地位を考えてみるがいい。天下は麻の如く乱れて、四隣みな強敵だ。その間から千辛万苦して天下を平らかにする――勢い兵馬を強からしめねばならない。兵馬を強からしめるには、後顧の憂いを断たなければならない。兵馬を強からしめるには、兵馬を練ればよろしいが、後顧の憂いなからしむるためには、百姓を柔順にして置かなければならぬ。百姓は、矢玉の間に命がけで立働くには及ばない代り、柔順に物を生産して、軍隊の兵站 を補充しなければならない。万一、百姓を強くしてこれに反抗の気を蓄 えしめた暁には、強い戦争ができるはずはない。そこで百姓を骨抜きにして置かなければ、軍隊を強くして、天下を平定することはできないのだ。
だによって、家康が百姓を抑えたのは、武力を伸ばさんため。武力を伸ばすのは、天下を平定せんがためなのだ。そうして、家康はそれに成功したのだ。天下の平和のために、百姓を犠牲にしたのだ。百姓をいじめたいから、自分が栄華を極めたいから、そこで百姓を虐待したわけではないのだ――現に、百姓共が、安穏に百姓をしておられるのも、この徳川の武力があればこそではないか。強い武力がなければ、国は取られ、田は荒され、百姓は稼 ぐところを失うどころか、稼ぐべき田地をさえ持つことはできない。
だから、百姓は百姓として、分を知って服従していさえすればいいのに、ややもすれば反抗したがる。表面服従して、少し目をはなせば一揆を起したがるのが百姓だ――ことに近来は、一揆の無頼漢の音頭を取るものを称して「義民」だのなんのと祭り上げる輩 が多いから、百姓がいよいよ増長する――云々 。
二十
「どこの国の百姓も、百姓としては皆うだつの上らないのは同じだが、ことにこの近江の国の百姓はみじめなものです」
と、青嵐居士が不破の関守氏に向って言うと、
「どうしてですか」
「それは、京都をつい背後に控えているだけに、戦争というと、この国が唯一の要路となるのです。東国の兵がこの国を通過せずして京都に入ることはできません、西国の兵もここを通過せずして東征はできません、そこで、乱世に於ては国土が絶えず兵馬に蹂躙 せられ、人民が残暴を蒙 りますから、土地に安堵 して生活を営むということができません、いつ剽掠 を蒙るか、掠奪せられるかわからないのみならず、人力も絶えず徴発せられて争闘の犠牲とならなければならない、生民その堵 に安んぜずというのが、この近江の国の住民の運命でした」
「なるほど」
「しかし、人間というものは運命に妨げられると共に、運命に逆らって新境地を打開する力を与えられているようでありまして、かく不幸なる境地に置かれて、堵に安んぜざる変通力が、一転して商業の方へ注がれたというわけです。故にこの国の勤勉にして機を見るに敏なる土民共は、農業を捨てて商業の方に着目し、転向することになりましたのです」
「なるほど」
「土着の土地を相手にしないで、他領他国を目的とする、自分の生れた土地で生産して、それから恵まれることを断念して、他国へ進出して富を吸収して来るという新方向を案出したのも、自然の径路とはいえ、この国の住民が馬鹿でない証拠です」
「なるほど」
「そこで、近江商人の名が天下に聞えるに至りました。勤勉実直にして、知らぬ他国から金を儲 けて産を成し、その産を蓄積することに於て、また非凡なる忍耐と進取との才能を持っておりました。他国に向っての積極的進出と、自ら守ることの堅実な消極的忍耐と、両方をこの国の人間が持つことができたという次第で――そこで、自分の国の乱れるということが、商人として成功する逆縁となりました。今日、大阪に於ける、江戸に於ける、近江商人というものの財力の、いかに根強くして盛んなるかを思い合わせてごらんなさるとよくわかります」
「なるほど、そうおっしゃられると、それがいわゆる近江商人の勢力の一大原因であるかのように感ぜられます。国土が争乱の巷 となるが故に、住民が他国へ進出する機縁となる、逆縁がかえって利縁となったという次第ですな」
「そうです。しかし、そんならば、すべて自分の国が乱れているところの人民は、外に向って大いに発展をするかと申すと、それは一概には言われません、全く疲弊しきって、奴隷以下に没落してしまう国民もあるのですから、要するに気質の問題ですな」
「なるほど」
「江州人は、素質的に、逆境を打開する勤勉の気風を備えていると見なければならない理由もあるのです。たとえばです、これから越前の方へ向けて出る途中に、難渋な峠が三ツもある、たいていの人だと、それを聞いてうんざりし、せめて三ツの峠が二つにでもなればいいと、こういって歎息するところを、江州人は、峠が更に二つばかり余分にあればよい、そうすれば、人がいよいよ難渋がって出かけない、そこを自分は出かけて行って、商売をひとり占めにしてしまう――大体こういった気風なのですから、そこに近江商人の勝利があろうというものです」
「なるほど――おおよその人は地の利を恃 むのだが、江州人は地の不利に恵まれるというわけですな。もとより、それは素質とも相関係しましょう」
「もちろん、天の時、地の利と言いますが、江州人には、天の不祥時と地の不利益の場合に、恵まれるのです。彼等は己 れの国土を対象としないで、他国進出を目標としています、そこに彼等の発展があります。しかし、こういう、恵まれずして恵まれたる土地の半面には、恵まれたようで実は恵まれない不幸の民が多いことを思わなければなりません。近江商人が最も恵まれた成功者だとすれば、近江農民は最も恵まれざる落伍者だということもできます――」
「なるほど」
「江州人だとて、皆が皆、そう他国へ進出して成功する者ばかりではありません、この国に残って兵馬の奴隷となり、或いは痩畑 の番人とならなければならぬ運命に置かれた農民こそ、最も恵まれざる者と言うべきでしょう」
二十一
「かく、一方には他領他国へ進出して富を成す成功者があると共に、一方にはちょうさんすることさえ許されざる農民が存することは、おたがいよく考えてみなければならないことです」
「なるほど」
「外へ発展するの機運に恵まれず、内にとどまっていては、搾 られて骨も身も食われてしまう、そこで、やむを得ず他領へ出奔せんとすれば、ちょうさん律があって、厳として身動きが許されない、下手な講釈師のやる荒柳美談ではないが、彳 むな、立つな、歩むな、居坐るな、というところが即ち農民の立場なのです」
「なるほど、そうなりますと、いよいよ古 えの諺 にあるが如く、民に倒懸の苦ありということになりますな、農民は倒 にブラ下がっているより仕方がないというわけですな」
「なんにしても、ちょうさん律はよくありませんな、行動の自由、移住の自由を奪うということはよくありませんな。民に移住されると、領土を耕す人がなくなる、自然、領主がやりきれなくなる、という結果が怖い、移住されることがそれほど苦しければ、民を優遇するに越したことはないではないか、優遇というのが為し難ければ、人間が住めるだけのようにしてやる責任が領主にはあるでしょう、罪人ならざるものを、一定の土地に監禁して、動く勿 れと命ずるのは悲惨ですね」
「あらゆる農民いじめのうちに、このちょうさん律が最も不合理だと思います。最近です、湖岸の町々村々にも、このちょうさん律の制札が出ましたのをごらんになりましたか」
「私も、ちょっと見かけました」
「あの文言をお読みになりましたか」
「一読いたしました」
ここで、二人の問答にかかって、見たか、読んだかの問題に上っているちょうさん律の制札なるものは、多分、先日の日、長浜の町の会所の附近に於て、宇治山田の米友の目に触れたあれであります。
それならば、「胆吹の巻」の十八回のところにある――
長浜の会所へ、両替の使に用心棒としてついて来た宇治山田の米友は、会所の前に暫 く待っていたが――そこに高札場があって、いくつもの札のかけてあるのを見つけました。その高札を片っ端から読んでみますと、その真中のいちばん大きいのに、次の如く書いてありました。
それを読んでしまった米友が、高札の表を横目に近江の国、草津の宿の矢倉の辻の前に、一ツの「
そこに一個の
この者、農奴の分際を以て恣にてうさんを企てたる段不埒 につき三日の間晒し置く者也。
この捨札を前にして、高手小手にいましめられて、晒されている当の主は、知る人は知る、宇治山田の米友でありました。彼が、この数日前、長浜の夜を歩いた時に、思いもかけぬ捕手と、だんまりの一場を演じたことは、前冊(恐山の巻)の終りのところに見えている。その米友が、今は
彼は今や、彼相当の観念と度胸とを以て、一語をも語らないで、我をなぶり見る人の
そもそも、「この者、農奴の分際」とある農奴の二字が、わかったようで、よくわからないのであります。事実、日本には農民はあるが、農奴というものはない。内容に於て、史実なり現実なりをただしてみれば、それは有り過ぎるほどあるかも知れないが、族籍の上に農奴として計上されたものは、西洋にはいざ知らず、日本には無いはずであります。だが、往来の人は、別段この農奴の文字には
「ははあ、ちょうさん者だな」
「なるほど、ちょうさんでげすな」
「ちょうさんおますさかい」
「ふ、ふ、ふ、ちょうさん者めが……」
などと言い捨てて通るものが多い。それによって見ても、農奴の文字よりは、ちょうさんの文字が四民の認識になじみが深いらしい。
ちょうさんといえば、すでに、ははあ、と何人も即座に納得が行くようになっている。その一面には、農奴は農奴でそれでもよろしい、ちょうさんに至っては、
二
ちょうさんは即ち「逃散」であります。現代的に読めば「とうさん」と読むことが普通である。「逃」をちょうと読むことと、とう」と読むことだけの相違なのです。これを訓読すれば、「逃げ散る」というのほかはない。
そこで、農奴なる分際のこの
米友が、賤民階級に生れ出でたということは、本人自身も隠すことはしない。しかしながら農奴という身分を自称したこともなければ、未だ
それからまた、「逃散」の罪は、盗みの罪ではない。殺しの罪でもない。大抵の場合に於ては、逃げるとか、走るとかいうことは、本罪ではなくて、いわば副罪ということになっている。すなわち、殺しをし、盗みをしたことなどのために、現地に安住が
もし罰するとすれば、やはり殺しに於ける、盗みに於けると同じように、私通であり、姦通であり、そのことに罰せらるべくして、逃散そのことに罪があるべきはずがないのです。
にも拘らず、通るほどの人は、いずれもそれに黙会を与えて過ぎ去る。
「ちょうさんか――」
「ちょうさんではやむを得ない」
「ちょうさんでは、どないにもならんさかい」
然らば、農奴なる者に限っては、殺しもせず、盗みもせず、私通も姦通も行わずして、いわば、なんらの罪というべきものがなくして、ただ単に「逃げ走る」ということだけが罪になるのか。
事実は、まさにその通りなのである。罪があってもなくても、逃げるということがいけない、逃げるということが罪になる。
三
「ありゃ、身内のものなのです、土地っ子ではありません、ですからこの土地へ来て農奴呼ばわりをされる籍もなければ、ちょうさんの罪を着せられる因縁が全くないのです」
と言っているのは、ほかならぬ元の
「そうでしょう、数日前、拙者の寓居を訪れてから間もない出来事なのです、あの者がこの土地の者でないことは、拙者もよく存じておりました、
と言ったのは、過ぐる日、琵琶の湖畔で、釣を試みていた
「ちょっと想像がつきません、洗ってみれば直ちにわかる身の上を、ことさらに
と不破の関守氏が、青嵐居士への受け答えと共に新たなる疑問の主題を提供する。
「それは、ある程度まで想像すればできる、またそれを真正面から見ないで、反間苦肉として見れば、政策的に、時にとっての魂胆がわからない限りでもございませんがね……」
と青嵐居士、
「左様でござるかな」
「左様――あの男とは、先日偶然の縁で、長浜の湖畔で対面しましてな、それから拙者の寓居まで立寄らしめたという因縁がござるが、その節、彼は夜分にもかかわらず、振切って町へ出て、それからついにあの始末です、その間の事情を、
「なるほど」
青嵐居士が粘液的に話しぶりを引出すと、不破の関守氏は、他意なく傾聴ぶりを示すのであります。
「後で土地の人に聞きますと、あの晩、思いもかけぬ物凄い一場の場面が、深夜の長浜の街上で行われたそうです。伝うるところによりますと、あの小男はあれで、勇敢無比なる手利きであるそうですな、捕方に向った一方も、その方では名うての腕利きであったが、すでに危なかったそうです。すなわち、さしも腕利きの捕方も、すでにあの小男の一撃の
四
「ははあ、わかりました」
不破の関守氏は、青嵐居士からの一くさりを聞いて、相当の頓悟があったらしく、二度ばかり
「罪のないものに刑は行えない、刑を行わんとすれば、相当な罪をきせてかからなければならん、そこであの先生、その政策にひっかかったのだな」
「そうです、時節がら、農民おどしの
「ありそうなことです」
二人はここで、合点して多少の思案にうつりました。
二人の結論では、宇治山田の米友が、草津の辻で、ああいった運命に落されているのは、要するに時節柄、農民おどしのための案山子として使用せられているのだということの推想と断案とに、あえて異議がないもののようです。
かりにそうだとしてみても、こういうことをして、あの一人の若者を案山子に使用せねばならない時節柄の、農民の問題の急務ということについては、相当の予備知識がなければならない。
すなわち、こういうような時節柄であって、もしあやまって土地っ子の一人二人をでも捕えて刑に当て行う段になると、反動を増すばかりである。それをきっかけに暴動を誘発するようなものである。そういう場合に於ては、
青嵐居士は、かねて長浜にいてお銀様一党の行動を
あの男を救済せんとするには、代官を相手にしてかからなければならぬことが、当然わかり過ぎるほどわからなければならぬ。そのお代官も、公儀お代官なのである。徳川幕府直轄の天領お代官ということになる。
してみれば、二人が打揃って、おとなしく「貰い下げ」運動でも試みようとするようなそんな甘い手では行くまい――だが、多数を率いて示威運動などはこの際、なお悪い――と観念してみたり、或いはまた他に別の手段方法を試むることにでもなるか、いずれにしても、この二人の知恵者が底を割った以上は、あの
五
徳川時代の法によると、「晒し」というものは、おおよそ三日間を定例とする。三日間を生きたままで晒して置いて、それから
してみると、あだしごとはさて置き、宇治山田の米友も、出家でない限り、俗人である限り、三日間こうして晒された上で、生命を取られることに運命がきまっている。とすればかわいそうではないか。当人は、この運命を自覚しているや否や、ものすごく沈黙したなりで、決して口をきかない。役人番卒が何と言っても口を
こうして、いよいよ二日間完全に晒されてしまった。明日は三日目の「晒し」である。明日が終れば、「晒し」の方はこれでおゆるしになるが、その代り生命の方を召されてしまう。
さて、こうして二日間、誰ひとり助けに来ようという者はない。貰い下げを歎願に来ようという者もない。また、多数の威力でデモを以て奪還を試みようとする勇気もない。
それもまたそのはずです。この晒し者に限って、所番地というものが更にわからない。単に「農奴」としてあるだけで、何の郡の、何村の農奴に属するのだか、その人別が書いてない。書いてないだけではない、事実、いずれの村の農奴だか、この騒ぎの中で誰ひとり見知ったものがないのだから、
そこがまた、役向の見つけどころかも知れません。
さて、その日の夕方になると、縛られている米友の前へ、二人のひにんがやって来て、無遠慮に穴を掘り出しました。三尺立方の真四角な穴を掘りにかかりました。
「おい、兄い、よく見て置きな、明日になると、お前のその笠の台と、胴体とが、上と下への生き別れだよ――首が落っこっても痛くねえように、土をやわらかに掘りふくらめといてやるぜ」
と、ひにんが小声で戯れに晒し者に言いかけました。
それを聞いていい心持がするはずはない。新聞紙上には、議会が自らの墓穴を掘る、というようなことがよく出ているけれど、文字として
米友は、それを黙って聞き流しました。あえて一言のタンカを切るでもなく、むじつを訴えるでもない。明日は、この穴の中へ、自分の
非人が二人で、三尺立方の穴を、ほとんど掘り上げてしまった時分に、通りに林立している見物の群集の中に、
「あっ!」
と思わず口へ手を当てて、
六
この男はキリリとした旅慣れたいでたちで、三度笠をいただいていたが、人混みにまぎれて物好き半分、この「晒し者」を一見すると卒倒するばかりに気色ばんだが、やや落着いて、
「どうしたというんです、ありゃあ」
そっと、ささやくように、傍らの人に問いかけたものです。
「ちょうさん者ですよ」
「ちょうさんてのは……」
「つまり、百姓
「あれがですか、あの男が百姓一揆なんですかね」
「へえ、あれ一人が百姓一揆というわけじゃあございませんな――やっぱり一味ととうの一人なんでしてな」
「あれが……」
「左様でござんす、一味ととうのうちでも、ちょうさんを企てた最も罪の重い奴ですから、それであの通り、『晒し』にかかりました、明日あたりは打首という段取りでござんしょう」
「冗談じゃあない――あれが、あの男が、この土地の百姓なんですか」
「そうですなア、さればこそ、ああして『晒し』にかけられるんでげさあ」
「嘘をお言いなさんな」
あわただしい旅の男が、問答者を相手に
「嘘をおっしゃるな、ありゃあ、この土地の者じゃありませんぜ、あの男は、この国の百姓じゃござんせんぜ」
「でも
「何を書いてあるか知らねえが、あの男はこの土地の百姓じゃあねえ、
「お前さんの御親類かね」
「ばかにしちゃあいけねえ、お前さんこそ、あの男が百姓だと頑張りなさるんなら、
「そりゃ知りませんなア、わしゃ、やっぱり通りがかりの者でござんして、人別改め役じゃござんせんから」
「じゃ、何と書いてあるか、読んでごらんなさい、所番地が何と書いてあるか、読んで聞かせておくんなさい」
「それが、ただ農奴だけで、所も、番地も、名前も、記しちゃあござんせん」
「そうらごらんなせえ、あんな百姓があるものか」
「あれが百姓でないとおっしゃるお前さん、ではありゃ何者なんです、御承知なら聞かして下さい」
今度は、たずねられた方から逆に反問と出かけられると、たずねた方が、やっぱり相当に昂奮して、
「あの男は、ありゃあ、やっぱり旅の者なんだ、ついこの間まで江戸にいた男なんだ、それがお前さん、どうしてこの土地へ来て百姓一揆に加わる
「へえ――」
「人違いで『
「江戸の方なんですか」
「そうだとも、生れはどこか、よく知らねえが、ついこのじゅうまで永らく江戸に住んでいて、こちとらとも附合いがあるんだ、あいつが、どう間違って、
ここまで来ると、右の江戸者らしい旅の男はいよいよ昂奮して、舌なめずりをしてみたが、急に、自分の昂奮ぶりと、物の言いぶりが、つい知らず
七
なるほど、そう気がついたのも道理で、この旅の者の物言いぶりがあまり際立ったので、誰も彼もが、晒しを見る眼をうつして、この、ひとり昂奮した旅の者の方へ集中させられるのですから、はっと気がついたのですが、それにしてもこの旅の者が、
あんまり自分の物言いぶりが過ぎたと感じ、彼はテレて、こっそりと口を押えたまま人混みに紛れようと試むるらしい時に、その後ろにいた
「モシ」
と問いただしたものです。
「エ」
呼びかけられてみると、挨拶をしないわけにはゆかなかったが――挨拶というより
「あんたはん、あの晒しの男は、この土地の百姓じゃあないとおっしゃいましたか」
「え、その、何ですよ――そうです、そうです、たしかに人違いなんですよ」
と言って、やっぱり振り切るように急ぎ足になるのを千草股引は、透かさず追いかけるようなこなしで、
「お手間は取らせませんが、そこでひとつ、お聞き申したいんですが、あんた様ぁ、あの者の
「そりゃ、知ってるといえば知ってるがね、そう言ってわっしにおたずねなさる、お前様はどなただね」
「わしは――あの男の身性を知りたいんでして」
「あの男の身性を知りたければ、係り役人にお聞きなせえな、そうでなければ、直接、御当人に聞いてみなせえ」
「お役人は
全く、その千草股引は、この旅の男を逃がすまいと畳みかけて問いかけるのを、こちらは非常に迷惑がり、
「お上役人も当人も知らねえものを、こっちが知るかなあ。ただ、ちょっと、見たようなことがあるような気がしただけなんだ、何も知りゃあしねえよ、先を急ぐから、まあ、このくらいで御免なせえ」
旅の男は、もう全く逃げ足で走り出そうとする。つまり、一時の昂奮から、心にもないことを口走ったことを悔い、こんなことから、変なかかわり合いになってはつまらない――と、素早くこの場を外してしまおうとするものごしでした。それと見て取った千草股引が、急に権高くなって、やにわに飛びかかって参りました。
「待ちろ――逃げちゃあいけねえぞ」
「何を……」
むんずと飛びついて来た千草の股引は、これは
それに飛びかかられた旅の男――もう四の五もない、ぱっちにかかった雀のように、おっかぶされたかと思うと、
「何を、田舎岡っ引め、しゃらくせえ真似をしやがんな」
武者ぶりつかれてかえって、度胸が据ったらしい旅の男――
「まだこんなところで手前たちに年貢を納めるにゃ早えやい」
そこで、またしても大格闘がはじまったかと思う間もなく、旅の男の風合羽がスルリと解けて千草股引の頭の上からかぶさり、その間に股の間をスリ抜けて、一散に逃げました。
「
さすがの名捕方に空を
八
とりにがした、名捕方の轟の源松は歯噛みをしました。事実、こんなはずではなかった。
それは、あえて懐ろ手をしていたわけでもなければ、その激しい掴みかかりを引っぱずしたという次第でもない、本来、この旅の男には右の腕がなかったのです。いかな名探偵といえどもないものは掴めない。
有るべく予期して無かったというのは見込違いではない。誰でも、普通の人間である限り、この合羽の下に二本の腕がある、一方が右腕であれば、一方は当然左腕であることは常識になっている――ところが、この旅の男には、取らるべき利腕の右が存在していなかった。そこでまず殺してかかるべき利腕を殺すことができないのみならず、その掴みそこねたこっちの
ここまで言ってしまえば、当然このすばしっこい摺抜け者が、がんりきの百蔵という
果して、がんりきの百の野郎は、かくの如くしてこの場を走り出しました。
一方、名探偵の轟は、ひとまずは不意を食って泳がせられたものの、これをこのまま口をあいて見送っている男ではない。
かくて、白昼、意外な捕物沙汰が街道を驚かして、この事のセンセーションのために、「晒し」そのものの場は閑却されたのみならず、「晒し」見張りの役人非人までが、轟親分の捕方の方へ気を取られて、バラバラと走り出したという乱脈になりました。
九
悠々と八景めぐりをして、大津の
伊太夫はすなわちお銀様の父である。自分はこの人からお銀様の附添ならび監督を仰せつかって来たものである。
その大旦那様が、どうしてまた急に、こっちへお出むきになったのか知ら、なんにしてもこれは、取るものも取り
そもそもお角が、かくもゆるゆると八景めぐりをして道草を食っているのは、一つには胆吹へ道を
「お角さん、お前という人も、存外頼み甲斐のないお人だね、お前さんに限って、娘を引廻せると信じてお任せしたのに、娘を胆吹山なんぞへおっぽり出して置いて、自分ひとり八景めぐりなんぞは、あんまり
まさか伊太夫が、こんなに急に
しかしまあ、悪いことをしたわけじゃなし、やむにやまれぬ事情はお話し申せばわかって下さること――観念もして、そこはかと身なりをキリリとしたが、さて出かける前に、お
お角さんがお手水場を志して、なにげなく縁側をめぐって、秋蘭の植えてあるお手水場のところへやって来て、開き戸を手軽くあけて、
「おや――」
お角さんほどの女が、ここでまた一種異様な叫びを立てて立ちすくんだのが、不思議千万でした。
十
便所の内扉を開いたままで、お角さんが、「おや」と言って、異様な叫びを立てて立ちすくんだも道理、その便所の中には、先客があって、悠々としゃがみ込んで用を足している最中であったからです。
「無作法千万な!」
誰でもこう思わなければなりません。このお手水場は、お角さんの座敷に専用のお手水場になっている。そこへ、余人が入っていようとは思いもしなかった。且つまた、誰か臨時に借用したにしたところが、用を足しているならばいるように、内鍵というものもあるし、それが
「こんちは」
と言いました。
「畜生!」
とお角さんは、思わずこういって
「ナンダ、ナンダ、
お角さんの悪態は悪態にならず、全く面負けの、
こうして、お手水場の中にわだかまっていた奴は、昔は腐れ合いのがんりきの百蔵というやくざ野郎そのものに紛れもないのですから、
「馬鹿野郎、なんだい、そのザマは」
お角さんは、続けざまに怒鳴りつけてみたまでですが、中の野郎はいよいよイケ図々しく、お尻を持上げない。
「たまに来たものを、そんなにガミガミ言わずとものこっちゃあねえか――」
「相変らず図々しい野郎だねえ。だが表玄関からは敷居が高くて来られもすまいねえ、臭い奴は臭いところが相応だよ」
「おっしゃる通り表向きには、やって来られねえ身分だからかんべんしておくんなさい」
「どうして、わたしがこの宿にいることがわかったんだい」
「どうしてったって、そこは
がんりきのやくざ野郎からこう言われたお角が、また
「何だって、あの友が、米友の野郎がなにかい、草津の辻で晒しにかけられてるって、そうして今日明日のうちに首がコロリだって、そりゃ本当かい」
「嘘を言ってお前をたぶらかすために、こんな臭い思いはしねえよ」
「ばかにしてやがら」
お角さんが、ここで
そこで、お角が
十一
がんりきの百の野郎といえども、一から十までロクでなし野郎だという限りでもない。それから後暫くあって、臭いところから
「ふ、ふ、ふ、そうら見ろ、あの女め、火のように怒り出しやがった。だから、言わねえこっちゃねえ、あいつを、ああ
と言うのは、つまり、自分の寸法がすっかり図に当ったことを
がんりきの野郎は、その寸法を己惚れきっている。その一方にはこうして、お角を火の玉のようにして転がし出して置きながら、そのあとを然るべき要領で、お角親方の
「有難え、お茶を一ぺえ――甘えお茶菓子も有らあ」
そこで、お茶を飲み、菓子を食い、さて、ゆっくり掻巻へもぐり込んで一休みと、足腰をのばしにかかってみると、指が痛む。
「ちぇっ、右の腕はブチ落される、今度は残った左の方を小指からなしくずしなんぞは醜いこった――
と言いながら、
十二
果して、がんりきの予想通り、お角さんは火の玉のようになって、この宿を転がり出たのです。
その勢いで、本陣へ上って伊太夫に面会したが、もうその時は、さきほど心配した自分の責任感のことなどは、いつしかケシ飛んでしまって、晒しの鬱憤で張りきっていました。それでも、つとめて抑制して、伊太夫へは丁寧な挨拶を試みたつもりですけれども、挨拶が済むと早くも
「ほんとに、大旦那様、万事ゆっくりとお話し申し上げ、お
お角さんの余憤満々たるのを、伊太夫は只事でないと見て取ったものですから、
「まあ、落着きなさい、何かお前さん、よっぽど張り切っておいでなさるが、何事が起ったのです」
「いえ、なあに、つまらないことなのですが、うちの若い者が……いいえ、以前うちに使っていた若い奴が、気が早いものですから、旅に出て、
「どうしたのですかな。旅に出ては間違いが起り
「いえ、もう
「まあ、待って下さい、その晒し者のことなら、わしも見ましたよ」
「まあ、大旦那様、あなたもごらんになりましたか、あの米友の奴が」
「名前は何というか知りません、また、あの男がお前さんのかかわり合いの男だということも、はじめて聞くのですが、どうも通りかかって、あれを見て、わしも変だと思いましたわい」
「全く変な奴なんでございます、あの友という野郎は、変った野郎には相違ございませんが、ちょうはんをしたり、晒しにかかったりするような、気の利いたことのできる野郎じゃないのです、あいつは、天性曲ったことのできない野郎なんですが、それが間違って、晒しにかかった上に、今日明日のうちに首がコロリでは、どうあっても、このままでは済まされません、こうしている間も気が
お角さんの言葉によるとちょうさんがちょうはんになっている。ちょうさんの説明は前に言った通りですが、ちょうはんとなると僅か一字の相違で、内容も形式も全く別なものになる。すなわちちょうはんというのは「ばくち」の一種で、丁よ、半よと、
ちょうはん、ちょぼいちの罪の罪たるべきことはお角さんの頭にもある。ただ、そのちょうはん、ちょぼいちを
十三
お角の激昂するのを聞いていた伊太夫は、
「なるほど、そういう場合では、お前さんの気象として、じっとしていられないのも無理はない。だが、相手は何といってもお上役人だから、たとえ理があっても正面からポンポン行くと、かえって事こわしになる
そう言われると、お角さんも馬鹿でないから、昂奮のうちにも、敵を知り
「そうじて、お上役人というのにぶっつかるには、更に、も一段上から出るか、側面から当るのが最も
伊太夫からそう言われて、お角としても、いよいよなるほどと思わせられないわけにはゆかないで、
「
と言ってみたが、そのほかには急になんらの思案も浮ばないから、二の句もつげない。なるほど、この大旦那が、甲州一円の土地であるならば、ずいぶん面も利き、
お角さんが、やきもきしながら返答ができないでいる、その心持を伊太夫は充分察することができるから、お角さんから
「いったい、この土地は、どこの藩に属しているのかな、
伊太夫は、自問自答式にこうつぶやいて、ようやく思案が深入りして行く途端に、お角さんが、急に声を上げて言いました、
「ああ、いいことがございました、ほんとに、どうしてこれに気がつかなかったんでしょう、わたしという女も、実に頭の悪い女でござんしたよ」
「何か、いい分別がつきましたか」
「大旦那様、誰彼とおっしゃるよりは、新撰組がようござんしょう、新撰組をお頼り申すのが、手っとり早くて、いちばん
「なに、新撰組――」
「左様でございます、とっくにそこへ気がつかなければならないわたしという女の頭が、こんなにまで悪い頭とは思いませんでした、旅の風に吹かれ通したために、脳味噌が少し参ったんでしょうと思います」
十四
お角はひとり呑込んで、しきりに意気込んでいる。
それから、お角が伊太夫に向って、いま京都からこの地方にまで及ぼすところの、新撰組、すなわち
新撰組の行動に就いては、御領主様といえども、お奉行様といえども、これに加うることはできない。当時、名立たる大藩といえども、会津といえども、彦根といえども、これには一目も二目も置く。新撰組に
しかして、その新撰組を意のままに駆使するところの大将が近藤勇で、副将が
というのは、当時、新撰組の及ぼす威力は京洛の天地だけではない。その時代の動静が、かなり敏感に伝えられるところの、甲州第一の富豪の手許まで情報が届いていないということはない。どこまで彼等に全幅の信用を置いていいか悪いかわからないが、この際は、事の思案よりは、急速の実行を可なりとする。時にとっての強力が必要である。そこで、伊太夫も一応お角の提議を承認するまでもなく、お角さんは早くも庄公を次の間まで呼ばせて、
「庄公――お前これから大急ぎ、馬でも
こう言いつけて置いて、お角自身も急に伊太夫に向い、
「大旦那様、では、わたしの方もこれから現場へ駈けつけてみますから――時が遅れてはいけません、救いの手が来るまで、どっちみち、現場へ因縁をつけて置いてみることに致します」
かくてお角さんは、ゆらりと立ち上りました。
一つは新撰組へ救いの手を求むべく、一つは自身、グロテスクの晒しの現場へ出頭して、水の手の来るまで因縁をつけて置こうとの策戦らしい。
十五
お角が立ったあとで、伊太夫は考えている。お角を助けるために来たのではないが、こうなってみると、彼女のために相当の力添えをしてやらなければならぬ事態になっている。
但し、自分の力の及ぶ範囲ならば知らず、旅へ出ての身である、まして今度の旅は、人も、我も、思いがけない旅である、人に知られたくない旅の身である、彦根の家中の重役には相当
だが、何とかして、側面から、お角が急を訴えている
「どうもあの女親方が、ああ張り切るのはよくよくのことだろう――何とかしてやらずばなるまい、お前、とりあえず支配地の籍を調べて、役人の筋を
家来の藤左に向って、伊太夫がこのことを申しつけると、藤左は心得て、宿元からして急速に調べ上げた情報が次の如くです。
この地に
草津の辻の
してみると、長谷久兵衛なるものは、
押えてかかると言ったところで、力を以て押えてかかるわけにはゆかない。手段方法を以て、この代官から理解してかからぬことには、事は運ぶまい。その代り、この代官の理解さえ届けば、必ずや相当の緩和方法があるに相違ないということに伊太夫が合点して、とりあえず、家来にその運動方法を命じたのです。
運動方法といったところで、今の場合、さし当り特別の手段方法があるべきはずはない。伊太夫の持てるものとしての力は、その財力です。
しかし、いきなり小判で鼻っぱしを引っこするような
伊太夫は、それを藤左に向って考えさせている。
十六
草津の辻のグロテスクな晒し者は、多くの方面にいろいろの衝動を捲き起したが、意外千万なことには、その翌朝になると、「ちょうさん」の罪人として晒された宇治山田の米友の姿は、晒し場から跡を消して、そのあとへ別に一つの「
さては――と人だかりの中に、血相を変えたものもありました。と、そのうちには、あの無言のグロテスクも、とうとう首になったか、ともかくも生きて晒されている間はまあいいとして、首を斬られて「梟首」に行われるようでは、もういけない。
あれほど、いきり立ったお角さんはどうした。
そのところに、まさに右の如く人間の「梟首」が行われていることは事実に相違ないが、よくよく見直した時、いずれも失笑しないものはありません。
「あっ! なあーんだ」
人間の首がさらされているには相違ないけれども、その首というものが
木像なのです。木像の首なのです。しかもその木像の首たるや、ほぼ普通人間の三倍ほどある分量を持っていて、木質だけはまだ生々しいのに、昨今急仕立ての仕上げと見えて、その彫刻ぶりが、荒削りで、
しかしながら、とにかく、人間の形をした首は首です。その首が、昨日までは米友が全身を以て生きながら晒されておったところに、置き換えられている。しかも、その首を、なおよくよく見るとまた見覚えがある――誰でも相当見覚えがある。
「やあ、太閤様が晒し首になっている」
人も騒げば、我も騒ぐ。
「太閤様の晒し首」
子供たちは嬉しがって騒ぐが、苦笑せぬ大人とてはない。
何者がした悪戯か、いたずらが過ぎる。まさに知善院蔵するところの天下一品と称せらるる豊臣太閤の木像の首を模して、
何の理由があって、何者がこういう
しかして、この場合に行われたのは、足利家とはなんらゆかりのない豊臣太閤が、同様の私刑に行われたという現象であって、一見して誰もが、相当に度胆を抜かれたが、その傍の捨札までが、いつしか書き替えられてあるということは、文字ある人だけが気のついたことであった。新たなる捨札の
「コノ者、農奴ヨリ出世ノ身ニカカハラズ、農民搾取ノ本尊元凶タル段、不埒 ニツキ、梟首申シツクルモノ也 」
この意味がわかるものもあるし、わからないものもある。いずれも度胆を抜かれた体に於ては同じものです。十七
琵琶湖畔に農民暴動の空気が充ち満ちている――
ということは、前冊書にしばしば記したところであるが、その要領としては、「新月の巻」第四十九回のところに、不破の関守氏が、お雪ちゃんに向って語ったところに、「まあお聞きなさい、お雪ちゃん、こういうわけなんです、事の起りと、それから、騒動の及ぼす影響は……」と前置をして、
「今度の検地は、江戸の御老中から差廻しの勘定役の出張ということですから、大がかりなものなんです。京都の町奉行からお達しがあって、すべての村に於て、この際、
つまるところわいろなんですね。当節は到るところ、それなんだからいけませんなあ、わいろでもって、すっかり手心が変るんですからいけません。いったい、役人がわいろを取って、公平を失するということほど政治上いけないことはありませんね……今度の騒ぎも、そもそもそのお江戸の御老中派遣の勘定方が、わいろによって検地に
江戸老中派遣の、わいろを取る役人が出張して、思う存分に竿を入れる。そのくらいだから寛厳の手心が甚しく、彦根、尾張、仙台等の雄藩の領地は避けて竿を入れず、小藩の領地になるというと、見くびって烈しい竿入れをしたものだから、領民が恨むこと、恨むこと。そこで、これはたまらぬと、庄屋たちが寄り集まって、竿入れ中止の運動を試みようとしたが、そこはわいろ役人に抜け目がなく、あらかじめ一切の訴願
たとえば
幕府の勘定方の役人は、その時、三上藩にいたが、藩の役人が怖れて急ぎ避難をなさるようにと勧めたが、剛情我慢な幕府勘定役人はそれを聞き入れない。ついに群集は陣屋へ殺到して、勘定方役向を取囲んで口々に歎願を叫んでいる。幕府勘定方役人の生命も刻々危急に
十八
なお、そのことのあった前後、
「そもそも徳川氏ばかりが、農民の敵だと言いふらすやからは、二を知って一を知らないものですよ――例の豊臣氏なんぞが、むしろ農民を
日本に於て、農民が最も幸福であった時代は鎌倉時代、とりわけ北条時代であったのですが……さて、応仁の乱以後、天下を平定した豊臣秀吉というものが、御承知の通り、彼は全く名もなき農民の出でありましてな、そんなら、その純粋の農民の出であるところの豊臣太閤というものが、どういう扱いをその親元の農民に向って試みたかと申しますと、まずあの時のあの人が行った『検地』というものでよくわかりますな。秀吉の時までは一段歩は三百六十坪であり、一坪は六尺五寸平方であったのですが、それから一段三百坪に改め、一坪を六尺三寸平方とし、これによって約二割以上の増収を農民の上に加えたのであります……
秀吉も、その武力統一を完全にすると共に、大陸政策を実行する上に、どうしても農民を
それを徳川氏に至って、更に徹底的に強行政策を用いて圧迫しきったというのですな。だから、徳川氏の政策は農民を人間扱いにはしておりません、濡手拭と百姓は、絞れば絞るほど水が出る――最後の一滴まで絞るように慣らしてしまったのですな。徳川氏の対農民政策はその通りですが、その
青嵐居士は、自分がこういう意見の所有者ではない、広く歴史を読んでいる間に、こういう史上の事実を
「秀吉は農奴から起って関白に至ったということは、争うべからざる
「ははあ、それは新説です、徳川家康の幼名竹千代、岡崎の城主松平広忠の
「当人の研究によると、なかなか根拠があります、つまり、その説は……」
十九
不破の関守氏は、村岡融軒著「史疑」と称する一書を取って、青嵐居士の前に置いて言いつづけました、
「この書物は、相当丹念に研究して成ったもので、面白い説ですから、拙者は要領をうつし留めて置きました、お暇の時に御一覧下さい。
「ははあ、そういう新説は今まで聞きませんでした、それだけの説を立てるからには、必ずしも
「どうぞ、ごゆっくりごらん下さい――ところで、秀吉も、家康も、右の通り、その出生が農奴であり、非人同然であるに拘らず、成功した暁には、その発祥民族を酷使虐待する、なるほど、その
「左様、徳川氏の農民政策に就いては、拙者も心がけて少々研究を試みていないでもありませんが……」
と言って、そこで、今度は、またも徳川氏の農民政策問題に復帰して、おのおのその懐抱を傾けて語り合いましたが、落つるところは、神尾主膳が百姓を憎むところの根拠の裏を行っているようなもので、徳川家直参の旗本であることを誇りとする神尾主膳が、極力農民を侮辱している。それは、やはりこの大菩薩峠の「恐山の巻」の百四回のところから見るとよくわかる。
神尾は生れながら、百姓というものは人間ではない――ものの如く感じている。
それは当然、階級制度の教えるところの優越性も原因であることには相違ないが、それほど神尾というものが百姓を、
それは、神尾の先祖が、百姓を
体面の上からは勝ったが、事実に於ては負けた。領主としての面目はかろうじて立ったが、内実は百姓の言い分が通ってしまったのだ。
だから、心ある人は、それから神尾の家風を卑しむようになっている。
その歴史が、今も神尾を憤らせている。百姓というやつは厳しくすれば反抗する、甘くすればつけ上る――表面は土下座しながら、内心ではこっちを侮っている。最も卑しむべき動物は百姓だ――これには強圧を加えるよりほかに道はないと、それ以来の神尾家は、代々そう心得て百姓を
この点に於て、神尾主膳は徳川家康の農民政策を支持している。
「権現様の収納の致し様」といって、百姓は、生かしもせず、殺しもせざるようにして搾れ――ということが、すなわち徳川家康の農民政策であったと今日まで伝えられているのだ。
毎年の秋、幕府直轄の「天領」を支配する代官が、その任地に帰ろうとする時、家康はこれらを面前へ呼びつけて、郷村の百姓共をば、「死なぬように、生きぬようにと
その伝統を承って、これは家康の
その当時の一村の名主の家には、必ず水牢、木馬の類が備えてあったのだ。百姓共が年貢を滞納する時は、水牢へ入れ、木馬に乗せてこれを苦しめたものだ。
それだけを聞いていると、いかにも農民に対して血も涙もないやり方のように聞える。徳川家は農民を見ること牛馬以下であって、農民にとって、徳川家は
いったい、発祥時代の徳川家の地位を考えてみるがいい。天下は麻の如く乱れて、四隣みな強敵だ。その間から千辛万苦して天下を平らかにする――勢い兵馬を強からしめねばならない。兵馬を強からしめるには、後顧の憂いを断たなければならない。兵馬を強からしめるには、兵馬を練ればよろしいが、後顧の憂いなからしむるためには、百姓を柔順にして置かなければならぬ。百姓は、矢玉の間に命がけで立働くには及ばない代り、柔順に物を生産して、軍隊の
だによって、家康が百姓を抑えたのは、武力を伸ばさんため。武力を伸ばすのは、天下を平定せんがためなのだ。そうして、家康はそれに成功したのだ。天下の平和のために、百姓を犠牲にしたのだ。百姓をいじめたいから、自分が栄華を極めたいから、そこで百姓を虐待したわけではないのだ――現に、百姓共が、安穏に百姓をしておられるのも、この徳川の武力があればこそではないか。強い武力がなければ、国は取られ、田は荒され、百姓は
だから、百姓は百姓として、分を知って服従していさえすればいいのに、ややもすれば反抗したがる。表面服従して、少し目をはなせば一揆を起したがるのが百姓だ――ことに近来は、一揆の無頼漢の音頭を取るものを称して「義民」だのなんのと祭り上げる
二十
「どこの国の百姓も、百姓としては皆うだつの上らないのは同じだが、ことにこの近江の国の百姓はみじめなものです」
と、青嵐居士が不破の関守氏に向って言うと、
「どうしてですか」
「それは、京都をつい背後に控えているだけに、戦争というと、この国が唯一の要路となるのです。東国の兵がこの国を通過せずして京都に入ることはできません、西国の兵もここを通過せずして東征はできません、そこで、乱世に於ては国土が絶えず兵馬に
「なるほど」
「しかし、人間というものは運命に妨げられると共に、運命に逆らって新境地を打開する力を与えられているようでありまして、かく不幸なる境地に置かれて、堵に安んぜざる変通力が、一転して商業の方へ注がれたというわけです。故にこの国の勤勉にして機を見るに敏なる土民共は、農業を捨てて商業の方に着目し、転向することになりましたのです」
「なるほど」
「土着の土地を相手にしないで、他領他国を目的とする、自分の生れた土地で生産して、それから恵まれることを断念して、他国へ進出して富を吸収して来るという新方向を案出したのも、自然の径路とはいえ、この国の住民が馬鹿でない証拠です」
「なるほど」
「そこで、近江商人の名が天下に聞えるに至りました。勤勉実直にして、知らぬ他国から金を
「なるほど、そうおっしゃられると、それがいわゆる近江商人の勢力の一大原因であるかのように感ぜられます。国土が争乱の
「そうです。しかし、そんならば、すべて自分の国が乱れているところの人民は、外に向って大いに発展をするかと申すと、それは一概には言われません、全く疲弊しきって、奴隷以下に没落してしまう国民もあるのですから、要するに気質の問題ですな」
「なるほど」
「江州人は、素質的に、逆境を打開する勤勉の気風を備えていると見なければならない理由もあるのです。たとえばです、これから越前の方へ向けて出る途中に、難渋な峠が三ツもある、たいていの人だと、それを聞いてうんざりし、せめて三ツの峠が二つにでもなればいいと、こういって歎息するところを、江州人は、峠が更に二つばかり余分にあればよい、そうすれば、人がいよいよ難渋がって出かけない、そこを自分は出かけて行って、商売をひとり占めにしてしまう――大体こういった気風なのですから、そこに近江商人の勝利があろうというものです」
「なるほど――おおよその人は地の利を
「もちろん、天の時、地の利と言いますが、江州人には、天の不祥時と地の不利益の場合に、恵まれるのです。彼等は
「なるほど」
「江州人だとて、皆が皆、そう他国へ進出して成功する者ばかりではありません、この国に残って兵馬の奴隷となり、或いは
二十一
「かく、一方には他領他国へ進出して富を成す成功者があると共に、一方にはちょうさんすることさえ許されざる農民が存することは、おたがいよく考えてみなければならないことです」
「なるほど」
「外へ発展するの機運に恵まれず、内にとどまっていては、
「なるほど、そうなりますと、いよいよ
「なんにしても、ちょうさん律はよくありませんな、行動の自由、移住の自由を奪うということはよくありませんな。民に移住されると、領土を耕す人がなくなる、自然、領主がやりきれなくなる、という結果が怖い、移住されることがそれほど苦しければ、民を優遇するに越したことはないではないか、優遇というのが為し難ければ、人間が住めるだけのようにしてやる責任が領主にはあるでしょう、罪人ならざるものを、一定の土地に監禁して、動く
「あらゆる農民いじめのうちに、このちょうさん律が最も不合理だと思います。最近です、湖岸の町々村々にも、このちょうさん律の制札が出ましたのをごらんになりましたか」
「私も、ちょっと見かけました」
「あの文言をお読みになりましたか」
「一読いたしました」
ここで、二人の問答にかかって、見たか、読んだかの問題に上っているちょうさん律の制札なるものは、多分、先日の日、長浜の町の会所の附近に於て、宇治山田の米友の目に触れたあれであります。
それならば、「胆吹の巻」の十八回のところにある――
長浜の会所へ、両替の使に用心棒としてついて来た宇治山田の米友は、会所の前に
「定
何事によらず、よろしからざることに、百姓大勢申合せ候を、とたうととなへ、とたうして、しひて願事企てるをがうそと言ひ、あるひは申合せ村方立退候をてうさんと申し、他村にかぎらず、早々其筋の役所に申出づべし、御褒美として、
とたうの訴人 銀百枚
がうその訴人 同断
てうさんの訴人 同断
右之通下され、その品により帯刀苗字も御免あるべき間、たとひ一旦同類になるとも発言いたし候ものの名前申出づるにおいては、その科 をゆるされ、御褒美下さるべし。
一、右類訴いたすものなく、村々騒立ち候節、村内のものを差押へ、とたうにくははらせず一人もさしいださざる村方これあらば、村役人にても、百姓にても、重にとりしづめ候ものは、御はうび下され、帯刀苗字御免、さしつづきしづめ候ものどもこれあらば、それぞれ御褒美下しおかるべきもの也。
年 月 日
何事によらず、よろしからざることに、百姓大勢申合せ候を、とたうととなへ、とたうして、しひて願事企てるをがうそと言ひ、あるひは申合せ村方立退候をてうさんと申し、他村にかぎらず、早々其筋の役所に申出づべし、御褒美として、
とたうの訴人 銀百枚
がうその訴人 同断
てうさんの訴人 同断
右之通下され、その品により帯刀苗字も御免あるべき間、たとひ一旦同類になるとも発言いたし候ものの名前申出づるにおいては、その
一、右類訴いたすものなく、村々騒立ち候節、村内のものを差押へ、とたうにくははらせず一人もさしいださざる村方これあらば、村役人にても、百姓にても、重にとりしづめ候ものは、御はうび下され、帯刀苗字御免、さしつづきしづめ候ものどもこれあらば、それぞれ御褒美下しおかるべきもの也。
年 月 日
奉行」
「ははあ、一味ととうしちゃいけねえってえんだな、申合せをして村方を立退くのもよくねえてえんだな、それを訴人しろてえんだなあ、訴人した奴には銀百枚を御褒美として下しおかれようてえんだな、なおその上に、次第によっちゃ苗字帯刀も御免あろうてえんだな……一味ととうして乱暴を働くのが悪いのはわかり切ってるが――苦しくって堪らねえから、村をちょうさんして、どこぞへ落ちのびて行くのも罪になるんだ、いてもわるし、動いても悪し、立って退けばまた悪い、百姓というものは浮む瀬がねえ」
と言って彼は浩歎したのであったが、思いきや、そこで、その悪逆なる罪名を自分が
二十二
長浜の浜屋の別館に割拠しているお銀様と竜之助とが、襖越しに深夜の会話。お銀様がまず言う、
「だが、おかしいほど芝居気たっぷりの男でしたわね」
「ふーむ」
「いやに気取って、セリフ廻しからしぐさまで、すっかり芝居になっていましたよ、キザもあそこまで行くと、ちょっと笑えない」
「ああいう奴なのだ」
「あなた、以前から御存じなんですか」
「ちっとばかり知ってるよ」
「そうすると、あなたのことも、わたしのことも、知り抜いていての
「は、は、何に限らず、あれはちょっかいを出してみたがるように出来てる男なんだ」
「その、ちょっかいが怪我のもとでしたねえ、
「うむ」
「殺生は殺生ですけれども、あなたとしては、あんまり、しみったれな殺生でしたね、どうして二つに斬っておしまいなさらなかったのですか」
「ふーん、そりゃ、座敷を汚してもいけないからな、少し考えたよ」
「かまいませんよ、畳なんぞは、いくらでも新しくなりますから。ですけれど、指一本というところが、かえって細工が細かくて面白いのかも知れません。それにあいつは気のせいか、右の腕がないようでしたね、ああ、わかりました、わかりました、あいつの片腕を打落したのが即ち、あなたなんでしょう――女のことで」
と、お銀様がここでひとり合点をすると、四方の空気がいとど
「がんりきの百蔵という奴があれなんでしょう」
と、ややあってお銀様が、机の上に
「それはそうと、あいつの今の言葉で、わたしの父親が、この近いところに来ているということをお聞きになりましたか」
「聞いた」
「そうして、わたしの父親から、その脇差をもらって来たとか言って、それを仔細らしく、わたしのところへ押売りに来たと言っておりましたねえ」
「その通り――」
「さあ、それが本当だとすると、わたしはどのみち父に会わなければならないでしょう、父は、わたしが胆吹にいると知って来たのに相違ありません、
「それは、そうかも知れない」
「してみれば、わたしは結局、会わなければならないことになるでしょう、わたしは、父の宿を大津まで訪ねて行く気にはなれないが、父が胆吹へやってきた以上は、まさか、それを追い返すわけにはゆかないでしょう、会わないというのも卑怯ですからね」
左様、父の伊太夫が甲州から旅立ちをしてこの近いところ、大津に宿っているということを、先刻侵入のあの小ざかしい、生意気な、色男がかった
「そうなると、わたしは一応、胆吹へ帰らなければなりません、その間、あなたはここにじっとしていらっしゃい、動いてはいけません――」
と、今度は、相手に向って宣告を下したのです。なお、その宣告につけ加えて、
「わたしが、またこの宿へ戻って来るまで、この一間でじっとしていらっしゃい、犬を斬りに出てはいけません、もうこの辺には斬って斬栄えのするものは何もいませんから。それに、このだだっ広い加藤清正の屋敷あとなんですもの、隠れているには
二十三
お銀様は、竜之助に監禁を申し渡して置いて、
「ですけれども、誰かお給仕がなくてはいけませんねえ、誰か、しょっちゅうついていてあげる者がなければ生きられない人なんですから」
とつけ加えて、当惑がりました。
「なあに、一人だってかまわないよ」
と竜之助が、ブッ切ったように言う。
「かまわないことがあるものですか、さし当り、誰が朝夕の御膳を運んでくれますか」
「女中がいるだろう」
「女中任せなんぞにできる人なら、心配はありませんよ」
「では、宿のおかみさんか誰か」
「宿のおかみさんというのは、まだ若いのです」
「若くったって、かまわない」
「こちらはかまわなくても、あちらがかわいそうです」
「どうして」
「どうしてたって、あなた、あなたという人は、人の若いおかみさんが好きなんでしょう」
「何を言ってるのだ」
「わかってますよ。それに、この宿のおかみさんは、若くて、愛嬌があって、上方風の美人なんです」
「それがどうしたというのだ」
「そればかりじゃありません、ここは近江の長浜というところですよ」
「長浜はわかっている」
「そうして、この宿は、長浜の浜屋という宿なんです」
「それも、前から聞いて、ようくわかっているよ」
「そればかりじゃないのです、その若いお
「え」
「驚いたでしょう、そのお内儀さんを、あなたのところへ出せますか」
「うむ――」
「どうです、そう聞いているうちに、そら、もうあなたの血の色が変ってきました、かわいそうに、これでもう、この宿のお内儀さんが見込まれてしまいました。わたしという人も、うっかり言わでものことに口を
二十四
胆吹の新館のお銀様の居間で、お雪ちゃんが
お雪ちゃんとしては、お銀様に出し抜かれて湖水めぐりをされてしまったようなものの、それでも心からお銀様を恨むということも、憎むというほどのこともあろうはずはなく、今では充分の好意をもって、その不在の間にお花を活けて、床の間への心づくしをして置いて上げたいという気持にまでなっているのです。
思うようには活けられないけれど、せめてお銀様に笑われないように――ああも、こうも、と枝ぶりに精をこめている間に、つい我を忘れる気持にまでさせられてしまいました。芸術的気分とでもいうものでしょう――無心になって花を活けていると、その後ろから、不意に物影が暖かくかぶさりましたのに、無心の境を破られて、はっと見向くと思いがけなく、自分の背後にお銀様が例の覆面のままで、すらりと立って、こちらを見下ろしているではありませんか。
「まあ、これはお嬢様、お帰りあそばしませ」
お雪ちゃんは少し
「たいそうお上手ですね」
「いいえ、お恥かしいんでございますよ」
お雪ちゃんは恥かしそうに申しわけをすると、
「結構じゃありませんか」
「いいえ、お嬢様のお留守の間に、ほんのお笑い草までにと思いまして」
「どうも有難う」
「ほんとにお恥かしい……」
「全くお見事ですよ、わたしなんぞには、とてもそうは参りません」
「どういたしまして、お嬢様なぞは、お仕込みが違っていらっしゃいますから」
「天性のものですね、わたしなんぞいくら稽古をしても、無器用なものですから」
「いいえ、お嬢様は万事に筋がよくっていらっしゃいますから」
「芸事では、お雪さんにかないません」
「どう致しまして」
「それで結構です、頂戴して飽かずながめることに致しましょう――お手並もよいが、花の選みも悪くございません」
「少しでもお気に召しましたら、わたし本望でございます」
「部屋全体が、これですっかり落着きが出来ました――お雪さん、そこはそのままにして、あとで誰かに片づけさせましょう、早速ですが、一つあなたに頼みがあるのです」
「何でございますか」
「あのね――」
「はい」
「御苦労ですけれども、お雪さん、これから、あなたにひとつ長浜まで行っていただきたいのです」
「長浜まででございますか」
「はい、長浜へ行って、暫くあそこに泊っていていただきたいのです、しばらくといっても、そう長い間ではありません、せいぜい五日か十日」
「承知いたしました、どういう御用か存じませんが、お嬢様のおっしゃるお言葉でしたら……」
「それでは早速お頼みしますが、長浜へ行きますと、浜屋といって、古い大きな構えの宿屋があるのです、そこへ裏木戸から行って、お雪さんに、暫く泊っていていただきたいのです」
「よろしうございますとも、いつでもおともを致します」
おともと言われて、お銀様の言葉が少しセキ込みました。
「いいえ、わたしは行きません」
「では?」
「お雪さん、あなた一人で行って泊ってもらいたいのです」
「わたしが一人で、その宿へ泊りに行くのでございますか」
「ええ――一人で行って、向うに人がいますから、その人の介抱をしてもらいたいのです」
「まあ――どなたかのお世話をして上げるのでございますか」
「それはね、行って見ればわかります」
「でも……」
と、こんどは、お雪ちゃんの言葉が
二十五
「ねえ、お雪さん、あなたは、わたしのたった一人の妹でしょう、たしかにそのはずです」
「
「では、もし仮りに家来として置きますと、なおさらわたしの言いつけを
「反きませんとも、お嬢様のおっしゃることならば、
「では、黙って、長浜へ行って下さい、そうして浜屋の裏の木戸口へ行きますと、
「承知いたしました」
お嬢様のためならば火水の中までも、と言った手前、お雪ちゃんは無条件でその言うことを聞き従わなければなりません。
「そうして、つまり、病人がいるのです、その看病を、心ゆくばかりあなたに頼みたいのです」
「御病人の看病でございますか、承知いたしました、わたしでできますことならば、できます限り――」
「できますとも、あなたでなければならないのです」
「いいえ、わたしは御病人の看病なんぞ、あんまり慣れませんから」
と、お雪ちゃんが謙遜し、服従しながらも、心の中では合点し難いものが多いのです。病人の看護は頼まれればできない限りはないが、わたしでなければならない病人の看護というものがあるべきはずもないでしょうのに、お銀様の言い廻しが、どうも少し変だと思われないではないが、やはり、絶対服従を誓っている以上は、反問は許されないことで、お雪ちゃんとして、このお嬢様の特異性を心得ているばかりか、このごろでは、心から崇拝する信仰的にさえなりつつあるのですから、否やはあろうはずはありません。お雪ちゃんを
「その病人は、病人のくせに、退屈がって出歩きをしたがっていけないのです、ことに夜分は気をつけなければいけませんから、お雪さん、あなた、目を離さずついていて、一寸も外へは出さないようにして下さい。
「そんなはずはございません」
お銀様の言いぶりが、いよいよ消化しきれないものがあるので、その申しわけも、お雪ちゃんとしていよいよ要領を得ないものになる。それをもお銀様は押しかぶせて、
「でも、そうしているうちに、わたしも行くでしょう、そうしたら、その人たちと一緒に、竹生島へでも参りましょう、湖水めぐりもやりましょう」
「それは嬉しうございます」
お雪ちゃんがお礼を言う。お銀様は冷然として、
「では、これから直ぐお頼みします、行きだけは誰かに連れて行ってもらいましょう。ああ、誰かというより、友さんがいいでしょう、米友さんに頼んで送って行ってもらいましょう」
「あ、お嬢様、その米友さんでございますが……」
ここで、お雪ちゃんの気色も、言葉も、ガラリと変ってしまいました。
「友さんが、どうかしましたか」
「あの、お嬢様、米友さんの行方が知れなくなったのでございます」
「どうして」
「なんでも、お嬢様がお出かけになって間もなく、やっぱり長浜の方へお出かけになったまま、
「あの人のことだから……」
お雪ちゃんがあわただしいわりあいに、お銀様は冷淡な挨拶です。それというのは、行方不明といったところで、あの男のことだから、やがてひょっこり帰って来るだろう。或いはもう立帰って、料理場の隅に好きな栗でも
「いいえ、それが只事ではないらしうございます、役人に捕まって、
二十六
米友の行方については、お銀様も、お雪ちゃんも、関心の限りでないことはないが、さりとて、上の如き運命が、今や盛んに米友の上を見舞いつつあるとは、お雪ちゃんはもとより、お銀様といえども想像の限りではありませんでした。
そこで、二人とも、米友のことについては、ちょっと暗い思いをしましたけれども、お銀様は
「では、お雪さん、頼まれて下さいね、米友さんがいなければ誰でもいい、誰かに附添ってもらって、乗物でおいでなさい」
「いいえ、長浜までは三里の道でございましょう、わたし、そのくらい歩くことはなんでもございません」
「いいえ、それには及びません、乗物といっても、馬はあぶないから、
「いいえ、
「それはいけません、そうしてね、着物も着換えていらっしゃい、髪も結い直していらっしゃい」
「有難うございます」
「あの戸棚をあけてごらんなさい、二重の乱れ箱の下の方が、あなたのためにこしらえて置いた着物です」
「まア――」
「それから、お雪さん、あの鏡台をここへ持出して下さい、わたしが、あなたに髪を結って上げます、上手ではありませんけれど」
「まあ、お嬢様、それはあんまり勿体ないことでございます」
「いいえ、かまいません、わたしも久しく女の髪を手がけませんから、変なものが出来るかも知れませんが、結わせて下さい」
「では、お言葉に従います」
この女王の言うことは、高圧である。好意をもって言ってくれるにしてからが、命令とよりほかは誰にも響かない。お雪ちゃんといえども、それ以上、辞退する力はない。
ほどなく鏡台の前へ坐らせられたお雪ちゃんは、申しわけのように、
「あれから、わたしは髪を結んだことがございません、いつもこの通りにしておりますから、もう、すっかり癖がついてしまって、とてもお結いにくいことでございましょう」
ここにお雪ちゃんが、あれからというのは、ドレからであろう。お雪ちゃんがこういうふうにして、現代式に――或いは、平安朝式に結び髪にして後ろへ下げたなりの風俗は久しいことでありました。それがまた、女王様の手にかかって新たに結び直されようとする。この女王は果して、この少女の髪を、いかように扱うつもりか知らん。それは任せるだけであって、問うことを許されない。許されないわけではないけれども、お雪ちゃんはまぶしくて尋ねられない。その座へ坐らせられてみると、髪を結うことはおろか――首を斬ると言われても反問はできない。そんなような心持でお雪ちゃんが神妙に髪結の座に直っていると、後ろへ廻ってお銀様は、
「今日は島田に結んで上げましょう」
「まあ――」
お雪ちゃんは、我知らず顔が真赤になりました。
「お雪さん、あなたは島田よりか
お銀様の手先の存外器用なことにも、お雪ちゃんは驚かされました。手先が器用だけではない、この人は、人の髪を結ってやることが好きなのだと思わずにはおられません。人の髪を結ってやることが好きというよりも、人の髪を結ってやることに於て、自分の芸術心に満足を求めているのだとしか思われないことほど、非常に丹念に絵を描いたり、彫刻したりするような気分を、はっきりと見て取ることができます。
「お嬢様、あなた様は、どうしてまあ、髪上げなんぞにまで、こうもお上手でいらっしゃいます」
と、やっとこれだけの推称をしてみますと、お銀様は、
「長浜へ行ったら、この次にはお雪さんを
「え」
お銀様の言うこと
二十七
「お嬢様、
桃割のきまりの悪いよりも、お雪ちゃんにとって丸髷と言われることは、なお一層、きまりが悪い程度を越して気味が悪い、と言った方がよいでしょう。そうすると、お銀様が、何かしら少々の自己昂奮を覚えたものの如く、
「いいえ――もうお雪さんは、丸髷に結っても似合わないことはありませんよ」
「
「桃割から島田になり、島田から丸髷にうつる時に、女が女になるのです。ですから、丸髷というものは憎いものです」
お雪ちゃんは何と挨拶していいかわからない。
「でもお嬢様、丸髷っていいものでございますね、あんな
「お雪さん、あなたも丸髷がお好き?」
「え、わたし、自分はそんな柄ではありませんけれど、好きなという点から言いますと、あんな好きな髪はありません」
「わたしも、丸髷は大好き……」
「お嬢様、あなたこそ、丸髷が全くお似合いになりますよ、すらりとしたお姿に、粋で高尚な丸髷を結んでごらんあそばせ、それこそ、わたしたち女が見て、うっとりするお姿になるでしょうと思います、ほんとに、お嬢様の丸髷姿こそ、どんなにお人柄でございましょう」
「そうか知ら」
「丸髷は江戸風がよろしうございましょうか、京風でございましょうか。長浜にも、きっと上手な髪結さんがいることでしょうから、お嬢様、今度は、あなたこそ、丸髷にお結いあそばして、お見せ下さいまし」
お雪ちゃんがこう言ったのは、あながち、お銀様の意を迎えるためにばかり言ったのではない、事実、お銀様その人の姿かたちというものを見ているうちに、ことに、そのすらりとした後ろ姿などを見せられる時は、女ながら、うっとりさせられてしまうことは度々なんでした。日頃、心にあることが、うっかり口へ出ただけなのでしたが、その言葉と共に、お銀様の
「
と、これは口には出さなかったが、自分ながら、鏡にうつる
この女王様に、髪を結って見せろと言ったのは、いかに重大なる禁忌に触れたのではなかったか。姿のいいことばかりを考えていたが、その首から以上の神秘に於ては、お雪ちゃんは今日まで、ついに何物にも触れていないし、許されてもいない。この女王様が、朝から晩まで、屋外にあると、室内にあるとを問わず、秘密を守り通しているこの覆面の中の神秘は、
「わたしは、人の髪を結ってあげることは好きだが、自分の髪を結うのは嫌いです、自分の髪の毛が、どんな色に変っているか、それは見たこともない、見ようとも思わない……見ようとも思わないものを、人に見せるわけにはゆきません」
と、お銀様の言葉は存外平調でしたから、お雪ちゃんもホッとしました。
髪を結い終ると、お銀様が、
「では、お雪さん、あの衣裳箱をとり出して、あなたの身に似合う着物を見立てて下さい、いいえ、かまいません、上も下もみんな
お銀様の結い上げた島田の出来栄えに、お雪ちゃんはのぼせるほど興味を感じているところへ、立てつづけに衣裳の詮議、それもこの場に於てのあらゆる豪華を尽して展開されようというのですから、お雪ちゃんはわくわくとして、別の世界へ連れて行かれる気分にさせられてしまいました。
二十八
やがて出来上ったお雪ちゃんの
「あれ、
「お人形さんみたいのが通るよ」
「お駕籠で、どこぞのおいとはんが通りなさるよ」
「まあ、綺麗」
「立派だな」
「どこのお
「あ、ありゃお軽さんだぜ」
「おお、お軽さんだ」
「お軽さんなら
「いいや、お軽さんは
「祇園だわ」
「京の祇園へ、おいとはん、売られて行くんだっせ」
「かわいそうに――」
「あの年でなア――」
「お軽はん、かわいそうに」
彼等は口々に、お雪ちゃんをお軽にしてしまいました。
山科から祇園へ売られて行くお軽さん。多分、村人村童たちは、村芝居の教育によって、
「お軽さんだぜ、ほら、お爺さんが附添っているだろう、あれが
「おお、与一兵衛さん……」
お雪ちゃんがお軽にさせられた巻添えを食って、気の毒に佐造老爺が、与一兵衛にされてしまう。
誤解も、誤伝も、慣れてしまえばあまり気にはならない。本来、
さて、こんな、
二十九
そのうちに、お雪ちゃんは、ふいと、こんな気持になりました――
「では本当は、わたしはお軽さんと同じ運命に売られていくのではあるまいか、与一兵衛さんに見立てられた佐造老爺さんは、実はぜげんの源六という人ではないか、長浜へ用向とは表面上、わたしは、真実は売られて行く身ではないかしら、もしか真実に、わたしがあの忠臣蔵のお軽さんと同じ運命に置かれた身であったとしたら、わたしはどうしよう……」
というような空想。お雪ちゃんは最初から相当なロマンチストでありますから、駕籠に揺られながら、思わず忠臣蔵の劇中の人に身を置いて、あの芝居の中の最高潮の悲劇のことを、とつおいつ考えはじめましたが、いつしか、そんな空想も破れて、それはあるべきことではない、第一、お銀様という人が、わたしを
ああそうだ、昨日、不破の関守さんのお話の末に、ふと、お銀様のお父様が、こちらへ旅をしておいでになったとのこと、それを小耳にはさんだように覚えているが、それで分った。お銀様のお父様がその長浜の浜屋とやらに泊っていらっしゃる、お銀様としては、あの気象で、お父様を取持つことはできないから、それで、わたしを代りに――それそれ、それに違いない。お銀様のお父様という人は、甲州第一のお金持、その大家の長女としてのお銀様との間に、何か言うに言われない悲しい事情がおありなさるということは、わたしもうすうす聞いていた。父に
お雪ちゃんは、そう
お雪ちゃんは、こんな心持になってみると、世間が明るくなった思いでしたが、日はいつしか暮れ方で、早くも長浜の町に入って、与一兵衛どのの案内知った手引で、浜屋の裏口に着いていました。
浜屋の表から案内を頼むには及ばない、万事は絵図面に描いてもらってある。鍵をあずかっているから、直接に裏口の木戸からと言われる通りに、その辺で下り立って、夕まぐれひとり浜屋の裏口の木戸に向って行きますと、石畳の二間ばかりの堀に、町としては美しい水が流れていて、そこに
そこを渡って、木戸の
三十
湖畔にこういう突風が起りつつあることを知るや知らずや、道庵先生は抜からぬ
「わしゃ江戸の下谷の長者町の道庵というものだが、この宿に同じ江戸者で、お角さんという、下っ腹に毛のねえのがいるはずだ」
と、いきなり店先へ怒鳴り込んだものです。
江戸の下谷の長者町の道庵とみずからを名乗ることもよろしい、同じ江戸者で、お角さんという相手の名を呼ぶのもよろしいが、下っ腹に毛のないというのはよけいなことです。下っ腹に毛があろうとも、なかろうとも、この場合、そんなよけいなことを附け加える必要は断じてない。この点では、いきなり玄関払いを食うべき無作法だが、不思議と宿では、
「それ、おいでなすった」
この無作法千万なる来客を、待っていたとばかり、帳場も、男衆も駈出しという
「まあ、そうおせきなさるなよ、医者だからとて、旅へ出たら少しは楽をさせてもらいてえ。
道庵は、上り口へどっかと腰を卸して、泰然自若たるものです。
「さあ、お脚絆、さあ、お草鞋――さあさあ、お洗足……」
全く下へも置かず、頭の
お角さんは、道庵の来るのを待兼ねていて、いつ何時、これこれこういう人が、尋ねて来るかも知れない。必ずよっぱらっておいでになり、口にはたいそう毒を持っているから、そのつもりで扱って上げてください。なアに、口に毒は持っているけれども、御商売は薬を扱う江戸でも名代のお医者さんだから、失礼のないように。もしわたしが不在でも、かまわず部屋へお通し申して、できるだけ丁寧に扱って上げておくれ。そうしてまた、御酒が大好きなんだから、吟味したところを、いくらでも御所望次第差上げておくれ。お
こういうことが、お角さんからかねがね吹込んであるものですから、宿でも先刻心得たもので、
「それ、おいでなすった」
車輪になって、お角さんの申しつけて置いた通りに、サーヴィスをはじめたものです。
かくて、足も取り、
「どうも、これだから、
と、早くも盃をとりながらこういう御託宣ですから、給仕に立った女まで
幸いに、この給仕女が他国者であったからまず無事とはいうものの、その土地へ来ていきなり、「近江泥棒、伊勢乞食」と浴せかけるなんぞは、いくらなんでも毒が有り過ぎて、相手が気の短いものなら張り倒されるにきまっているが、これは多分、山城の場末あたりから来た新参の女中だったのでしょう、
「ホ、ホ、ホ、
「おますよ、おますよ、おましちまわあな」
たあいもなく道庵も、駈けつけ三杯を納めることができました。
三十一
道を
いずれにしても道庵先生は、自分が唯一無二の
さればこそ、この油断も隙もないもてなしを、遠慮会釈もなく引受けて、太平楽に納まり込み、
「江戸を一歩一歩と離れるのは、それだけ故郷に対して一歩一歩と
途方もないでたらめを言いながら、たしかに吟味してある酒と、これは吟味しなくともおのずから備わる湖上の珍味とを味わいつつ、ひたすら興に乗ってしまい、いったい訪ねて来た相手のお角親方はどこへ行った、いつ帰るのだ、と駄目を押すことさえ忘れている。この酒と、この
道庵先生は、いよいよ御機嫌斜めならず、しきりに
「お前、あっちへ行きな、おらあひとり者なんだから、この手酌でチビリチビリというやつに馴れてるんだ。そうして置いて、頃を見計らって、お代り、お代りと持って来て、そこへ置きっぱなしにして、そうして行っちまいな――いい、おらあ、ひとりで、チビリチビリと独酌というやつでねえと、酒が
と、また一本の徳利を逆さに押立てて、したみまでも、しみったれに
「それでは、失礼させていただきまんな、御自由に、たんとお上りあそばせ」
女中を追払ってしまった道庵は、いよいよいい気になって、独酌の天地に自由陶酔をはじめる。一杯、また一杯――京も大阪もみんなこの道庵を迎えるために存在している天地のように心得て、いよいよ太平楽をならべているうちに、酔眼をみはって、そろりそろりとこの部屋の中を見廻しました。
相当に
「怪しい、この屏風の中が怪しいと
三十二
道庵先生が酔眼をみはって、この屏風の中こそ怪しけれと不審をうったその屏風の中には、なんらの物音もしないのだけれども、そう言われてみれば、たしかに、物の気がその中にあるらしい。たとえ物音はしないにしてからが、物の気が中にあるのとないのとは、弁信法師ならずとも、勘によってわかる人にはよくわかる。
たしかにこの中に物の気ありと見てとった――いや、勘で受取ったらしい道庵は、もう放すことではない。今まで、ひとり天下で、何を当てともなく、捲いていた
「たしかにその屏風の中が怪しい、七尺の屏風の中こそ怪しけれ」
といっても、立って、
「七尺の屏風も、躍らばなどか越えざらん、
朗詠まがいの鼻唄になってしまいましたが、次には、そんな優雅なのではなく、
「コン畜生、やい、近江泥棒――」
と悪態を吐いてしまいました。
「その屏風の中にいるのは、近江泥棒だろう、油断も隙もならねえが、余人ならばいざ知らず、この道庵の眼をくらまそうなんぞとは、近江泥棒もすさまじいぞ」
近江泥棒を連発するのは
「ハ、ハ、ハ」
と、いやに笑いくずして、
「と、いったものさ、近江の人に言わせると、近江泥棒、伊勢乞食というあれは、語呂の間違いで、本当は近江殿御に伊勢子正直というんだそうだ、その方が正しいのだそうだ。ところで近江の人間は商売が上手で、その道で成功する、伊勢の人間は貯蓄心に富んでいるから、金持になる、近江の人間が成功して大商人になり、伊勢の人が金を貯めて金持になる、それをケチな奴等が
と道庵が、自分で弁解をつけて、いいかげんに如才なく笑い崩したところは、やっぱり旅へ出ての引け目である。この先生の食えない一面である。
そういう下らないことを口走りながらも道庵は、やっぱり屏風に着けた酔眼をしつこくして、
「といったものだが、屏風の中にいらっしゃるのは泥棒だか、聖人だかわかりはしねえ、この近江の国には、泥棒もいるか、いねえか、その事はよく知らねえが、聖人だけは確かにいる、その点は道庵が保証する、近江聖人といって立派な聖人がいる、こいつはゴマかしものじゃねえ、近江聖人は本場の
と言ったかと思うと、道庵がすっと立ち上って、屏風に向って歩み寄って来ました。
しらばっくれてはいるけれども、道庵として
三十三
道庵先生の勘といっても、それはもちろん、弁信法師のような鋭いものではないけれども、さすがその道の名人(?)だけのものはあって、この物の気に、たしかになんらかの異常を感得したものではあるようです。
留守であるといえば、人のいないこの部屋に、たしかに何者かがいる。屏風の中に物の気がする。もし従者だとすれば、主人の不在をつけ込んで、主人の寝床にもぐり込むなんぞは図々しい。まさかお角が、旅にまでイカモノを
案の如く、この屏風の中には、がんりきの百蔵というやくざ野郎が、先刻から息を殺してひそんでいる。
臭いところから侵入して来て、お角を焚きつけて置いてから、自分はこの部屋へ納まり込んで、早速のことに戸棚から夜具蒲団を引っぱり出し、有合せの六曲を引きめぐらすと、いい心持で足腰を伸ばしてうつらうつらとしているところへ、不意に道庵先生の御見舞です。最初のうちは、お角が立戻ったのか知らと思ったが、そうではない。極めて口に毒のありそうな奴が、女中をからかいながら乗込んで来ました。こいつはいけねえと、急に狸をきめ込んでいたのが、何かの拍子で
飛び出して走る分にはなんでもない。逃げ走ることは商売同様だから、それはなんでもないが、出ればすっかり網が張ってある。いま飛び出してはあぶない。あれから、こうして、ここに隠れていれば、もはや金城鉄壁。そこでこいつとしては、久しぶりでのうのうと足腰を伸ばしていたところへ、またしてもこの邪魔者――蒲団の中で
とはいえ、いかに道庵先生なりとはいえ、今日のこの場は自分にとって、危急である、うっかりあの先生から、
さも苦しそうに蒲団の中でうなり出したものですから、その声を聞くと、道庵先生が急に我が意を得たりとばかり、
「そうら見ろ」
何が、そうら見ろだか、この言葉の分限がはっきりわからない。自分の勘が当ったという満足か、或いは、そうら見ろ、病人だ、医者と病人は附きものだ、
がんりきは、手拭を畳んで頭から額の方へ載せ、
「何だい、お前さん、病人なら病人と最初から言ってよこすがいいじゃねえか、隠れ忍んでいると、
道庵の押売り親切――脈を見てやろうと、余りある好意を、この病人が、遠慮か、謙遜か、腕を出そうともしない。押売る以上はどこまでも強く押売らなければならないと、道庵は相手が剛情なら、こっちもいよいよ剛情になるつむじ曲りを発揮して、
「出さねえか、拙者が脈を見てやるというに、遠慮をして、腕を出さねえ病人もねえもんじゃねえか。いよいよ出さねえとなると……」
道庵は意地になって、自分の手を夜具蒲団の中へつっ込んで、いやおういわさず、この病人の腕を引きずり出して脈を見てやろうとしたが、
「おやおや」
あるべきはずの手ごたえがなかったので、道庵が
三十四
「落着きません、竹生島へ渡ろうとして、はからずもこの島へ寄せられたことも一つの御縁と存じまして、ここで多少の修行を致してみるつもりでございましたが、この心が落着きません、つなげる駒、伏せる鼠でございます、この通り、四面水を以て孤絶されておりながら、わが心を孤絶することができないというのが浅ましいことでございます。してみますると、この地も到底修禅のところではございません、ところの幽閑がかえって魔縁を引くと覚えました」
例によって、仔細らしく
そうすると、庵の一方に継ぎ足された一竿の竹の柱頭高く、へんぽんとして白旗が一つ現われて、きらきらと朝日にうつり出したのです。けだしこれは、かねて米友が、この法師をこの島へ送りつけて置いて立去る時に、おたがいの間に示し合わせておいた合図の一つで、その白旗を掲げた時は、すなわち弁信が米友に向って、何をか求むる希望の表示なのであります。次第によっては、
白旗を掲げてから、弁信は、なお縁の側を去らずに、仔細らしく小首を傾け通しておりましたが、暫くして、がっかりしたもののように頭を上げ、
「合図は致しましたけれども、反応がございません、米友さんとのあの時の約束では、米友さんがこの白旗を見かけさえすれば、
と言って弁信は、またも、もとの席に帰って
「坐り直してみましたけれども、心の落着かないことは同じでございます、何か事が起りましたな、私をして、じっとこの座に安んずることを許さない外縁が、この周囲のうちのいずれかの場所で起りましたな。わかりました、この島は静かなりといえども、湖水の水が騒いでいるからであります――山は動かないが、水は動いているものですから、この心が落着きません」
と言って、せっかく組み直した正身の座をほぐして、弁信法師はまた以前の縁側の方へ出て、今度は有らん限りの四周の湖面を、ずっと見廻しました。見廻したといっても、この人は天性、肉眼の見えない人であることは申すまでもありません。四方の湖面に眼を
「この通り、湖中の水が騒いでいるものですから、それで、私の心が落着かないのです。なぜ、こうも湖水の水が騒いでいるのかと考えますると……」
ここでまた、小首を傾けて、懸崖
三十五
こうして、この法師は、水が騒がないのに、われと我が心をさわがしている。そうして、わがさわぐ心を以て、その罪を水に向って
「湖水の水が、かくもあわただしく騒ぐのは……つまり、湖岸が穏かでないからです」
と、今度はその責めを岸へ向ってなすりつけにかかりました。
「湖水の沿岸が穏かでないから、それで湖水の水がかくまで騒がなければなりません、水が悪いのではなく、岸が悪いのです」
わが心の動揺を見事に、沿岸へ向ってなすりつけてしまいました。湖面が青天白日の平和な光景である限り、沿岸だけが黒風白雨の天気に支配されるというはずはない。
「先刻から、湖南湖北の
彼はここで、立派に(?)わが心の動揺と、群集心理の動揺とを結びつけてしまいました。
三十六
弁信法師は、この小孤島のうちに
しめやかに降る雨は、かえって激しい風雲を予想せしめないで、いっそう人の心を沈静にするはずのものであるが、湖面一帯に立てこめる雲霧のために、合図の白旗が、いよいよ合図の効力を没却するだけのことです。
弁信法師は観念して夜に入りました。夜もすがら正坐を企てているうちに、雨は、漸くしとしとと多きを加えようとも、降りやむ
「トントン」
と叩く音がしました。この庵の表の戸といっても、戸らしい戸があるわけではありませんが、それでも以前、住みならした人の建てつけだけはしてあったのを、弁信法師はこの際、雨戸という名の責めを
「どなたでございますか」
と、夜の雨を楽しんで、動揺の心を湿していた弁信法師が、我に帰って、夢心地で返事をしますと、
「弁信さん、おりますか」
と、あまり聞きなれぬ人の声です。
「はい、弁信はおりますが、あなた様はどなた様でいらっしゃいますか」
「ちょっと頼みがあって参りましたよ、あけてもようございますか」
「どうぞ、あけてお入り下さい」
思いがけない来客は、立てつけの雨戸を
「ちと頼みたいことがありましてね、夜分突然にあがりましたよ」
思いがけない人が、突然にやって来て、先方から頼みたいことがある、頼みたいことがあると言って繰返す――頼みたいことではない、頼まれたいことはむしろこちらにあるのです、と弁信に言わせない先に、その人は、
「三人連れでやって来ました」
「お三人でおいでになりましたか」
「ええ、三人でやって来ました、まあごめんなさいよ、いいですか、みんなこの中へ呼び入れますよ」
「どうぞ」
「どうも、不意に押しかけて相済みません……」
つづいて、外に待っていたらしい一人の簑笠が、決して広くもあらぬこの庵の中へと、乱入ではない、侵入でもない、極めて静かに、全く世を忍ぶ者ででもあるように、簑笠のままで入ってきまして、土間に突立ちました。提灯は一つ、最初の簑の間に隠されているだけですから、後ろを照らすことは少なく、前を照らすことのみに向いているが、本来は弁信法師のいるところに限っては、夜昼ともに光というものが用を
「あなた方は、わたくしが掲げました合図の旗をごらんになって、それによって、おいで下すったのではございませんか」
これは当然の質問です。当然の質問というよりも、先方から、のっけに切り出さねばならぬところの挨拶であるべきであったのです。つまり、「弁信さん、遅くなって済みません、つい、あなたの合図の旗を認めるのが遅かったものですから――いや、認めるには認めましたけれども、これこれしかじかの事情にさまたげられて
「いや、一向そういうことには気がつきませんでした――」
三十七
「はて」
ところで、弁信が、はじめて
今まで彼は、夜雨をきくことによって、本来の鋭敏なアンテナを張ることを忘れておりました。忘我の瞬間には、勘だの、想像だのというものは働きません。ここで、
「あなたの方の合図にはいっこう気がつきませんでしたが、こちらが、早くお前さんのことを思い出したものですから、いちずに頼みに来たのです。頼みにきたというのはほかではありません、ここへ暫く人間を一人預ってもらいたいのです。単に預るだけではなく、かくまって置いてもらいたいのです、その頼みのために、夜分、こうして三人連れで上りました」
最初の
弁信はそれに答えて、
「おやすい御用でございます、もとより、この住居は先人の住み捨てた庵でございまして、私一人が専有を致すべき筋合いのものではございませんから、御用と内容が許す限り、何人でもおいで下されていっこうさしつかえはございませんが、ただ特にこの離れ島まで、この夜更けに、わたくしを目ざしておいで下さるのが不思議でございます」
「いや、不思議でもなんでもないのです、日中ではあぶないと思うから、夜分上ったまでのことです、弁信さん、それでは当分こちらへ人間を一人預って下さい」
「御念までには及びません、わたくしは依頼されてお預り申すほどの
「農奴です、農奴を一人、預ってもらいたいのです」
「のうどとおっしゃるのは?」
「農奴――農民の奴隷です」
「農民の奴隷――そういうものが、この
「いや、そう理窟をおっしゃられると困ります、そういう人種が、日本の歴史にあったか、なかったかということの
「よろしうございます、わたくしは決して、どなた、こなたと
「どうも有難う、ではここへ農奴を連れ込みます」
と言って、先に立ったのが簑にくるんでいた提灯をこころもち外の方に向け直しますと、あとから来た簑笠が心得て、雨戸の外へ、そっと身を忍ばせて行きました。その途端に、ささやかな光が二人の簑笠の外面を照しますと、二人とも意外にも、簑笠から外へ二つの長いものがハミ出しておりました。ここに於て見ると、二人ともに両刀を帯している身分のものだということがわかりました。一人が内で待っていると、外へ飛んで行った一人が、岩角の
「農奴――いるか」
と忍びやかにおとなうと、答えはなかったが、岩の凹みからまた一つの簑笠が現われ出して来ました。しかも、今度の簑笠は、前のより一段と小さい。いや、簑笠が小さいのではない、簑笠は通常の出来だが、内容が小さいために、尋常の
「農奴――こっちへ来い」
迎えに来た簑笠が、迎えられた小さな簑笠の一塊を引具して、そうして、以前の庵の中へ戻って来ました。その途端に、弁信の勘がうなり出して、
「ははあ、わかりました、あなた方は、わたくしの友人を連れておいで下さいました、わたくしの友人を友人としてお連れ下さらずに、農奴としてお連れ下された、それには深い仔細がございましょう、よってわたくしは、それを友人として受取らずに、農奴としてお受取りいたします」
何という
三十八
その翌日もまた、打ちつづいての雨でありました。
農奴としての宇治山田の米友はと見れば、庵の後方なる穴蔵の中に、
あれより以後の米友というものは、なぜか一語も吐きません。常ならば慷慨悲憤が口を
かくて
さては、昨夜の簑笠は、この二人の者であったよな。但し何ほどのこともない、ひとしくこれ、湖水湖岸に程遠からぬところに住んでいる自由遊民である。それが、同じく程遠くもあらぬ湖中の一島へ来て、面を合わせるということは、有るべからざるに似た奇遇でもなんでもない。こうして見ると二人も、胆吹御殿で語り合わせた時の面と、別段よそゆきの面にはなっていない。あの時の呼吸で、悠々と調子を合わせている。不破の関守氏がまず言うことには、
「そもそも日本に於ては、兵と、農とは、二つの種の、二つの民族ではない、一つの物の、二つの変形に過ぎなかったのです、それが歴史の本筋でした」
「そうでしょう――さむらいという言葉は本来、いつの頃から起った言葉か知らないが、少なくとも鎌倉幕府以前には、特にさむらいという遊民はなかったようです」
「左様――事ある時は、兵はみな農より取ったものです、事ある時には兵となり、事無き時には農となる、それだけのものでしたね、その時代は」
「そうですとも、三浦、和田、畠山なんぞというと、素晴しい大名かなんぞのように聞えますが、今日の諸侯と比べたら大違い、実は皆、従来はその土地土地に
「左様、その大百姓が、それぞれ家の子郎党を地割のうちに置いて、一緒に百姓をしていたのですな。ところで、天下を取ろうとする者は、それぞれこの大百姓どもに渡りをつけると、その時の風の向き加減によって、三浦、和田、畠山といったような大百姓が、或いは源氏、或いは平家と、味方に
「その通り――それが、現在のようにかっきりと、武士と百姓がわかれてしまったのは、大なる不祥といえば、大なる不祥でした」
「そもそも今日のように、さむらいと百姓とが、かっきりとわかれてしまったのは
「北条時頼から始まったと、そう明確に線を引いてしまうわけにもいくまいが、いずれは鎌倉の中期頃、天下に漸く事が多くなって、
「兵は農より出でて農を軽んじ、農は兵を出だして兵を恨むの事態が
「
三十九
「まずそうです、例を徳川氏にとってみましょう、徳川家がいわゆる旗本八万騎を養成した当時には、養成すべき理由がありました、そのいわゆる八万騎によって
「左様――それは認めなければならない、同時に、徳川家に対してのみ承認すべきではない、三百諸侯が、大小となく、皆それぞれ相当の士を養って、おのおのの領土を安泰にし、そのまま徳川家にぶらさがって、三百年の泰平が出来上りましたには相違ないが、さて、その後は武力の必要がなくなったのです。およそこの世に必要なきに存在する人間はみな遊民です、非常時に当っては最も有用なりしさむらいが、常時に於ては無用の遊民と化してしまった徳川家八万騎をはじめ、三百諸侯がおのおの莫大な遊民を抱え込んでしまった、
「全くその通り、我々も昨日までは、その遊民の端くれの地位を汚していて、農民の血汗に寄食していたものです。戦国の時代を程遠からず、武士の威力と恩恵がまだ存していた時代は格別、こうして永く泰平が続く間に、平和に働いていた農民が、我々こそは何故にかくまで働きつつ、こうまで搾られなければならないか――そこに疑問を持ち、憤慨を持ち、反抗を持ち
「近代に於て、
「しかし――当世のことはさむらいと百姓、つまり兵農の分離ということのほかに
「なるほど」
新興町人勢力の怖るべきことをまず説き出したのは
「江州へ来て、江州商人の勤勉ぶりを実見し、その江戸大阪へ及ぼすところの勢力を深く観察してみると、由々しきものはこの町人勢力です。農民をいじめることにかけては虎の如く勇敢であるさむらい階級が、この町人階級に向って頭の上らないことは、一日の故ではありません、富の前には、武家の威力は憐れむべきほど貧弱であり、卑屈であるのです、その実例として……」
「いや、その辺は、拙者も大阪に少々住居をいたしたことがござる故に、多少の知識をもっているつもりです。
「そうです、我々は、この兵と農との争いは、本来これは親子なんですから、それは存外早く解決すると見ていますよ。ひとり町人階級のものに至っては、これは全く性質が違います、彼等は兵を動かすたびに
「大諸侯が、大阪町人の有力者に頭が上らない、大諸侯の家老が、大阪町人を上座に据えて、その前に平身低頭して借金を申し入れる――その醜劣なる光景を拙者も
四十
「実は我々も、前に申した通り、昨日までは農民に食わせてもらった遊民の一人でいながら、百姓を軽蔑する習慣の下に教育されて来ていたのですけれども、事実、百姓の難儀を見ると同情の念が起り、一揆の勃発があるにしてからが、憎もうとして憎めない場合が
「全く同情ができません、容捨がなり兼ねるのです。表面はとにかく、実際に至ると、今は兵も農も共に苦しみつつあるのです、農民の苦しみは、現実的に見ていられないほどですが、さむらいの方も、徳川家をはじめ大小諸侯の内輪がみな火の車です、惨憺たるものです。然るに商人に至っては……彼等は、血を以て天下の泰平を保証したという歴史を持たない、身を以て苦労して衣食を供するという奉仕もしない、その間の
「お話を伺っておりますうちに、わたくしは大へん悲しくなりました」
そこへ、抜からぬ
談論
もし、この二人は多少なりとも予備知識があって、ここに存在する小物体が、怖るべき感覚の所有者であり、また更に怖るべき
「弁信さん、何が悲しいのだ」
とダメを押したに過ぎません。
「何が悲しいとおっしゃいましても、人間が人間同士、理解し合えぬほど悲しいことはございません」
「エ、エ、何ですって」
と二人は、また驚異と疑惑とを以て、弁信法師の面を見直しました。
「人間が人間を理解し合えぬほど、悲しいことはございません、人間が人間同士、理解し合えなければこそ、人間の団体が、おのおのその団体を理解することができないのでございます、さむらいがお百姓を理解することができないのが悲しいです、お百姓がさむらいを理解することのできないのも悲しいです、士農は工商を理解することができず、工商は士農を理解することができないといたしましたならば、四海のうち、四民の間、どこに共存共栄の地がございましょう……」
さてこそ、怖るべき饒舌が、これから始まるらしい。
四十一
一息にこれだけのことを言い切られて、さしも二人の浪人が、
「うーん」
と
「たとえばです、あなた方は、農が苦しいという立場だけは、充分御理解になっていらっしゃるようですが、農が正しいということ、農が楽しいということには、
四十二
弁信法師は引きつづき、
「これは、ひとり農民に限ったことはございません、すべての人に伝えなければならぬ観念なのでございますが、ことに農民から始めて、誤った貴賤貧富の観念をすっかり改めてやらなければなりません。貴賤貧富の観念を改めると申しましても、悪平等に堕せよと教えるのではございません、君は君とし、親は親とし、人倫はおのおの尊重し合わなければなりません、それは
「うーん」
さすがの不破の関守氏と青嵐居士が、ここに至って全く
四十三
言わせて置けば、まあ、どのくらい
「これを楽しむことを知れば、もはや苦しみの
ここでようやく青嵐居士が、必死の勇を振って食いとめにかかりました。
「もうわかりました、大体わかりましたよ弁信さん、お前さんという人には全く降参します、おっしゃることも
絶望的に青嵐居士がこういう言葉を投げつけて、お喋り坊主の舌洪の関を食いとめにかかりました。
四十四
宇津木兵馬が芸者の福松を連れて、白山白水谷に向っての一種異様な
その翌日の晩もまた、旅寝の仮枕――この仮枕が珍妙なる兼合いで、女に押され押されながら、土俵際の剣ヶ峰で廻り込み廻り込み渡って行く兵馬の足どり、それを女は結局おもしろがって、
「ずいぶんお固いことね、破れ傘のようだわ、さすが修行の積んだものはエライわね、感心したげるわ」
とテレてみたかと思うと、
「でも、もう、こっちのものよ、いくらあなたがよそよそしくなさっても、要するに時の問題なのね、あなたの事実上の陥落は、兵を惜しまずに戦いさえすれば、今日にも陥落させてみせたげるわ、でも、それをわたしはしない、しないところが味なのよ」
と、もう占めてしまったようなことを言う。
兵馬はそれに答えない。今晩もまた、形ばかりなる山小屋の中へ寝ました。
芸者の福松には、旅行用の
だが、彼が悩まされるものは、これにあらずして彼にある。
女が寝返りをうつたびに、彼の心がひやりとする。その肩から背へかけて露出した肌を、思いきって見せつけられるところへ、真黒くふんだんな髪の毛がくんずほぐれつして乱れかかる。その時に兵馬は、
それと、もう一つは、そういう場合になると突然、彼の耳もとで、
「はっ、はっ、はっ」
と、大きく笑う声がする。それは尋常の笑い声ではない、八分の冷笑と、二分の親しみを含んだ、遠慮のない高笑いで「はっ、はっ、はっ」と笑われるごとに、
「宇津木、うまくやってるな」
ある晩の如きは、この仏頂寺がこう言って、大きく笑いながら、ニヤニヤとして、現に眼の前に寝ている芸者の福松の
そういうような場合で、眼前に女の肉体というものを、一つ
はっと、油断すれば、もう仏頂寺弥助の亡霊が現われて
「うまくやってるな」
と言う。それともう一段油断していると、仏頂寺そのものが、いよいよ気味の悪い笑い方をして、寝ている女の肉体へ手をあてがおうとする。兵馬は、蠅を追うように、それを払うことをせざるを得ない。
今日は、ふとまた一つの山路を上りつめている。上りつめて見下ろすと、広い谷がある。道は
「うむ、なるほど、あれが白山だな」
と兵馬は、山路の上に立って、遥かに山上を見上げていると、例によって、
「はっ、はっ、はっ」
という底冷えのした哄笑につづいて、
「なあに、ありゃ畜生谷だよ」
「えッ」
見れば、もういつのまにか、仏頂寺弥助が後ろから自分の
「はっ、はっ、はっ、うまくやってるな」
四十五
「何だ、仏頂寺」
「はっ、はっ、はっ、うまくやってやがら、あれが白山なものか、下を見ろ、畜生谷だ」
兵馬が上をのみ仰いでいるのに、仏頂寺は意地悪く下を指さしました。
仏頂寺に指さされてみると、兵馬は、白山をのぞむ眼をうつして、畜生谷を見ないわけにはゆきません。
先夜の夢で見たような深い谷である。あれより模糊として、そうして広い。木の間を透して見ると、なかなか大きな構えの家の屋根が三々五々と散在している。山間の一大部落であることが、よくわかる。
「うーん」
「どうだ、見えたか」
「見えたよ、あれが有名な畜生谷か」
「そうだとも、宇津木、君の爪先のつん向いた方へ行けば、あの畜生谷よりほかへ行く道はないんだぜ、その足どりで、白山なんぞ
「だって、白山へ行くには、この谷をつっきって行くよりほかに道がないじゃないか」
「そんな眼玉だからいかん、白山へ行く道は、ほかにあるよ、探して見たまえ、探してからなけりゃ、自分で造って行って見給え」
「
「はっ、はっ、はっ、俺ゃ最初から、白山の頂なんぞを目標に置いとらん、畜生谷へ行くつもりでやって来たんだから、そんな道は知らん」
「そうか。しかし、道はこの通り立派について、
「できるものならばやって見給え」
「畜生谷を通過したからとて、身が畜生になるわけではあるまい、もしそうだとすれば、狼谷を通れば狼に食われ、
「宇津木、小理窟を言うなよ、おれは、親切でもってお前にこの道を通るなと忠告をしているんだ、いや、通るとも、通るまいとも、それはお前の勝手というものだが、この谷を通ることによって、あの雲をいただく白山の上へは出られないということだけを、おれは明言しているのだ。いかにも、お前の言う通り、畜生谷を通ったからとて身が畜生になるわけではないが、白山へ行くのとは道が違うということだけを言って聞かせているのだ」
「忠告は有難う、しかし、君という人間の忠告が、一から十まで聴従できるものとも考えられない」
「はっ、はっ、はっ、以前から信用のないこと
「まあ、もう少し待ち給え」
「いや、そうしてはおられん、いま仏頂寺のいるところは、世界が違うからな、鶏でも鳴き出したら最後だ、まあ、足許の暗いうちになあ、丸山、お暇とやらかそう」
「そうだ、おい宇津木、用心しろよ」
「どうしても帰るのか」
「帰るよ、宇津木、じゃあ、失敬!」
「そうか」
「はっ、はっ、はっ、うまくやってやがら」
「お楽しみ……」
こうして、仏頂寺弥助と丸山勇仙が、雲の中へ姿を消してしまいました。その途端に
苦りきった兵馬は、立ってまた衣類をかぶせてやっていると、どこかの空で、なるほど鶏が鳴き出している。
四十六
それからまた、旅にかかって、女をいたわりいたわり行くと、まもなく一つの山路に出ました。四五町の登り、大した崖というではなかったが、山路の上に立って見ると、昨夜の夢を思い起さざるを得ない。
仏頂寺と丸山から指された、峠の谷を思い起さないわけにはゆかない。なにもこの峠が、夢に見た峠と寸分違わないというような、
「ねえ宇津木さん、わたし、また
「うむ、仏頂寺の夢をか」
「どうしてまた、毎晩、仏頂寺の夢ばかり見るんでしょうね」
「お前もか」
「では、宇津木さん、あなたも毎晩、仏頂寺の夢をごらんになるのですか」
「そうだよ、実はあれから、毎晩のように仏頂寺に関する夢ばかり見せられてるんだが、愚にもつかないから黙っていたよ」
「そうでしたか、わたしも、あれから、しょっちゅう仏頂寺の夢ばっかり、やっぱり恨まれているんだわね」
「うむ」
「恨まれているのよ。あんなしつっこい人に恨まれちゃ、やりきれないわよ」
「だが、仏頂寺が、そう我々を恨まなけりゃならん筋はない――また、仏頂寺としても、みだりに執念を残すような往生ぎわの悪い男でもないはずだ」
「だって、人間の心持というものはわからないわ」
「こっちこそ、仏頂寺に多大の迷惑を
「でも、仏頂寺は、何かあなたの知らないことで、あなたを恨んでいるかも知れないわ」
「いいや、わしには今いう通り彼を恨もうとも、彼に恨まれる筋は微塵もないのだが、君の方には大いに恨まれる筋があるかも知れない」
「あら、しどいわ、仏頂寺なんかに恨まれる筋はなくってよ」
「そりゃ、自分はないと思っても、先方にあるかも知れない」
「あら、しっぺ返しをおっしゃるわ、仏頂寺なんかに恨まれる筋は、わたし毛頭ないわ、仏頂寺を恨む筋はあるか知れないが……誰かの
「ふふん、そうは言わせない、第一、この間の小鳥峠にしてからが、わしは一通り介抱してみて、差当りの手数で、できるだけ親切に葬ってやろうとしたのを、人が来るとあぶないからと言って、強いてそれをわしにさせなかったのは誰だ。だから、あの時の
「あら怖い――あんなことで、仏頂寺の怨念に取りつかれちゃあ、全くやりきれませんねえ、あれは、あの場合、そんな人情ずくにからまれていてはおたがい様があぶないから、やむを得ないわ。わたしが仏頂寺を憎いと思うのは、それより以前のことなのよ」
「それより以前に、君は何か仏頂寺に憎まれるようなことをしたのか、また仏頂寺を憎むような罪を作ったのか」
「知らないわ――そんなこと、あなたがいちばんよく知っておいでのくせに」
「はて、君という女が、仏頂寺に憎まれるようなことをした、仏頂寺を憎むようなことをしたということを、どうして拙者が知っている?」
「まだあんなしらを切っていらっしゃる、それは、あなたのほかには誰も御存じないことなのよ」
「はて、拙者はいっこう心当りがないがな。いったい仏頂寺は、君という女をそれほど憎んでいたのか」
「お気の毒さま、憎しみは愛の変形なりって、唐人町の儒者が申しました」
「ナニ、憎しみは愛の変形?」
「はい、愛のないところに憎しみはない、憎しみのあるのは愛のある証拠でありますとさ」
「むずかしいことを言い出したね、してみると、君を憎んでいた仏頂寺は、君を愛していたという理窟になり、仏頂寺を憎み返す君はまた、仏頂寺を……」
「そんなこと知らない知らない、わたしを仏頂寺に憎まれるようにしたのは、いったいだれです」
と言って、女は不意に兵馬の
四十七
そういう不意打ちには兵馬も今は慣れている。そこで、痛いっと言って手を振払うようなことはしない。かえって、
「ふーん」
と深く考え込みました。
「仏頂寺という男は、あれでひどく、わたしに
「そんなことを知るものか」
「つまり、仏頂寺があれから、私とあなたというもののなかを嫉くことといったら、とても
「そんなばかなことがあるものか、そりゃ君の
「そりゃ仕方がありません、邪推でもなんでも、嫉くのはあちら様、嫉かれるのはこっちなんですから、そうして、こちら様にだって、嫉かれてこわい筋がないとばっかりは言われませんね」
「それはないよ、仏頂寺に二人の間を嫉かれるような弱味は、拙者に於ては毛頭ありはしないよ、当て違いだよ」
「弱味がないとばっかりは言えません、あなたにはなくとも、わたしの方にあったら、どういたします」
「君は、そんなに何か仏頂寺に対して弱味があったのかな」
「仏頂寺に対してはございませんが、誰かに対してありました」
「誰に」
「誰にですか、仏頂寺を好かないほどの強さでわたしは、誰かを好きでした、仏頂寺を嫌いながら、その人には惚れてたんです、ですから仏頂寺に恨まれるのは、あたりまえでしょう」
「そんなことは拙者は知らん、まあ、歩きながらゆっくり聞くとしよう」
「では、手っとり早く話してしまいましょう、つまり、仏頂寺は、あなたとわたしの仲をしょっちゅう
「つまらんことだ」
「ねえ、宇津木さん、全くつまらないわ、何かあるんなら、あるように嫉かれても仕方がないけれど、こうして清い旅をしているのに、嫉かれちゃ全くつまらない!」
「仏頂寺という奴もばかな奴だな、第一、拙者の手から、君というものを奪って行って、いいようにしたのは彼じゃないか、こっちに恨みの筋はあろうとも……」
「それはいけません、それをあなたがおっしゃれば、わたしは仏頂寺を憎むより、一層あなたというものを憎まなければなりません、あの時の罪は、仏頂寺より、あなたの方が十倍も上なんです」
「でも、あれから君は、仏頂寺にいいようにされた上に……」
「何をおっしゃるのです、わたしが好きこのんで仏頂寺にいいようにさせたとおっしゃるのですか、それはお間違いではございませんか、かよわいわたしを振捨てて、あの人たちの手にいいようにさせた憎い人は誰でしょう、中房から松本へ出る、あの道中の誰かの不人情が、わたしは生涯忘れられません、その生涯忘れられない思いが、宇津木さん、あなたに一生
「
「あなたは、わたしが仏頂寺にいいようにされたとおっしゃいましたね、そのいいようにというのは、どういうようにされたのですか、それを承りたいものですね、どうせ旅から旅の芸者かせぎのことですから、世間様へ通る
痴話も
四十八
まもなく、ここへ現われて来たのは、珍しく両刀を帯びた
こちらは予期していたことだが、先方は意外に感じて、一度にこちらを注視しましたが、女であり、若いさむらいである、さのみうろんなものの
「あなた方、どちらへ行かっしゃる」
と兵馬にたずねたものですから、兵馬が、
「北陸筋へ
「それはそれは、用心して行かっしゃれ」
「この谷を通って、加賀の白山、あるいは金沢方面へ出られますか」
「出られますとも、出られますとも、白山行きはこの道よりほかはござりませぬぞ」
検見衆の老人は、夢に見た仏頂寺とは大違い、白山へ行くにはこの道のほかないという。してみれば、この谷は、夢で教えられたような怖ろしい谷でもなんでもない。
「有難う存じました」
兵馬は、福松を促して立ち上ると、検見衆の役人が、
「だが、さて、この谷底の村をお通りなさる時は、この際、少々御用心が願いたい」
「え、この村に何ぞ事がござりまするか」
「いや、別に事というわけではござらぬが、
「人心が動揺?」
「いや、多少の動揺はどこにもあることで、この村も御多分に
「と申しますると?」
「いや、つまり、この平和な村人に向っては、通常世間のことをあまり話してお聞かせにならぬがよろしい、特に世間の人が、この部落の人をどのように見ているかということなどを、お物語りなさらぬがよろしい。つまり、この村人とは、言葉をお交しにならずに、この村――この一世界の谷底の部落をお早く御通過になってしまわれた方が、おたがいのためによろしかろうと存ずるのです」
「何ぞ、村に危険な予想でもござりますか」
「いや、決して危険なことなどはござりませぬ、見らるる通り、太古の如き静けさの村でござって、住民もまた、極めて古風な
検見衆の役人の言い分は常識的であるけれども、また、なんとなく奥歯に物のはさまったようなところもある。兵馬は少しそこに了解のできないものがあって、つい、
「まことにつかぬことを承るようですが、白山白水谷の間には、畜生谷と申す難所がござるそうですが……」
「は、は、は」
と役人は軽く笑って、
「畜生谷というのがあるというのは、他境の人のいうことなんです、よし、それに該当するような土地があったにしてからが、土地そのものに住む人が、ここが畜生谷でござると名乗るものですか、彼等自身では、畜生谷の畜生谷たる
「万端のお心づけ、有難う存じます」
かくて、兵馬と福松とは、ここを辞して、右の一行が登って来た山間の部落へと下って行きました。
四十九
かくして、村へ下りて行ったが、村の静かなることはまた予期以上でありました。もとより太古の如き静かさの村とはいえ、人間が住めば、住むだけのいささかの呼吸と弾力とを感じなければならないのに、死のような静寂さが、兵馬を異常に感ぜしめました。それは特にそう感じたわけではなく、峠の上で、検見衆の役人にあんなことを言われたものですから、それが暗示になって、
家はわりあいに大きいので、材木を豊富に使っているから宏壮な感じさえするのですが、どうも人の
かくて、村の中程まで来ると、そこに広大な墓地があって、
だがどう見直しても、葬式とは全く見られない。ねんごろに
だが、できるだけは無言にして通り去ろうとすると、通り去るには、やはりその人混みの墓地の間を、一応通過しなければならない道筋になっている。それに当惑しながら、ぜひなくその中へ二人が侵入すると、
「お邪魔さまでなあ」
「御免下さいまし、おとむらいでございますか」
おかみさんの好意に対して、福松がこれだけのお世辞を言わずにはおられませんでした。
「おとむらいではございません、村が水になると言うて、皆が心配してなげいておりやすがな、遠からず、この村が水にされてしまいますげな」
「村が水になる?」
兵馬も、つい足をとどめて不審をもって見直すと、
「はい――さきほどもごろうじませいな、竿入れに役人衆がお見えなされましたわな、この村という村、谷という谷が、日ならず水になりますといな、白山白水谷の水をこれへ落して、ここが大きな池となりますえな、わたしら、先祖の
「はあ――そうでしたか」
兵馬は、
とにかく、村の老若男女は、数をつくしてあの墓地へ集合してしまっていることは間違いがない。足を早めるともなく、兵馬ら二人は足を早めて、ついにこの部落を出切ったところと覚しい、また小高い山道に立って、言い合わせたように二人が、過ぎこし村を見おろし、
「お気の毒ね」
「どうも要領は得られないが哀れだ」
「かわいそうですね」
「かわいそうだ、要するに、白山白水谷の水をこの村へ落して来て、この村全体を湖水にしてしまうのだ、住民は先祖の地を失うと言うて歎いている、先刻の役人が、人心の動揺を刺戟するなと言ったのはこれだな」
「この谷底を水にして、何になさるつもりでしょう」
「何にするつもりか――」
そういう二人の疑問は疑問として、さて、
五十
兵馬は今夜の
名にし負う飛騨から越中への難路などは全く打忘れて、前途のことに屈托がないのみならず、この旅路が一寸一刻も長かれかしと、引っぱって行くような気分さえ見えるのです。そうして事に触れ、物に触れては、味な話を持ち出して、兵馬をからかったり、もたれかかったり――兵馬にとっては、この女の物語が、アラビアン・ナイトであったり、デカメロンであったりする。その現在と
くだんの村を横断しきって、やがて次の谷に至るべく峠路の上に出た時、女はおきまりの、そこでホッと息をついて、同時に兵馬の足を抑留する。しばらくして、
「この村がすっかり池になったら、景色がよくなるでしょうね」
と、しげしげと、いま越え
「景色はよくなるかも知れないが、人間はかわいそうだよ」
「そうねえ、谷がいっぱいに水になった日には、景色はよくなっても、人間は生きて行かれませんねえ」
「それを思うと気の毒だよ」
「いよいよ池になる時は、あの人たちはどうするでしょうね」
「そりゃ、
「いいえ、わたしは、そうは思いません」
「どう思う?」
「あの人たちは、この谷が水になっても、この土地を去らないだろうと思います」
「ホホウ、それじゃ水の中へ住むか」
「ええ、わたしは、きっとあの人たちは土地を去らないで、水の中をすみかとするでしょうと思います」
「してみると、舟でも浮べて水上生活というのをでもやるか、そうでなければ、人間が魚になるんだな」
「そんなんじゃありません、あの人たちは、どうしても故郷を立去る気になれないんです」
「そりゃ、人情はその通りだが、すでに谷が水になるときまったら、いつまでもああしてはいられまい」
「ところが、あの人たちは、あの墓を抱いて、村と共に水に沈む覚悟をきめてしまっているように、わたしには見えてなりませんでした」
「ばかな、そんなことがあるものか、一時は
「ところが、これはもちろん、わたしの心持だけなんですが、あの人たちは、あれは、たしかにお墓と心中するつもりなんですよ、心持は
「ふーむ、君の眼ではそう見えたかな」
「見えましたとも、動きませんよ、あの人たちは、ああして、いよいよ水の来るまでお墓を離れない決心だと、わたしは見極めてしまいました」
「そんなことがあるものか、一時の哀惜と永久の利害とは、また別問題だからな、そうしているうちに、相当の換地が与えられて、第二の故郷に移り住むにきまっているよ」
「それは駄目です、あなた」
「どうして」
「あなたという方には、故郷の観念がお有りになりません」
「ないこともない」
「有りませんね、あなたは、早く故郷というものを離れておいでになったのでしょう、ですから、故郷というものの本当の味がおわかりになりません。たとえ、故郷に十倍のよい地面を与えられたからといって、欲得ずくでは故郷を離れる気になれるものではございませんよ。わたしのように、旅から旅を
五十一
「平家の
「そこですよ、あなた、平家は源氏と違って、人情の一族だということを御存じになりません?」
「うむ」
「平家は一族盛んな時には栄燿栄華を極めましたけれど、亡びた時は、一族みんな一緒でした、そこへ行くと源氏は、父を殺したり、叔父を殺したり、兄弟が攻め合ったり、殺し合ったり」
「なるほどな」
「感心して聞いていらっしゃるわね。あなたより、わたしの方が学者なんです、耳学問が肥えていますから――ところで、その平家の一族は、源氏に追いつめられて、もはや地上では生きられないから、一族がみんな水の底に……御存じでしょう?」
「知っている」
「平家というお家柄は、みんな、そうした人情に厚いんです、ですから、あの人たちは、そう安々と、立ちのき料をいくらいくらやるから、ここよりも、ずっと住みよい地面を十層倍も上げるから、と言って聞かせたところで、このお墓の地を離れて行く気には決してなれないものと、わたしはあの時に見て取ってしまいましたのよ」
「なるほどな、それも一理窟だ」
「いいえ、理窟じゃありません、理窟から言えばわからない話じゃありませんか、相当の立ちのき料を上げて、相当の換地もやるから立てと、地頭から言われた日には、足もとの明るいうちに、なるたけたくさんのお宝と、利分のある土地をもらって、移ってしまうのが当世のわかった理窟なんでしょう、ところで、あの人たちには、そういう理窟が通用しないから
「人情というよりも、歴史だな、歴史に生きて行こうというのだな」
「何でもよろしうございます、わたしは、この人情ずくがよろしいと思います」
「しかし、どのみち立ちのくものであったら、がんばるのは
「そりゃ、馬鹿ですね、ですけれども、馬鹿がその人間の世からなくなってしまったら、人間の世はもうおしまいでしょう」
「どうして」
「どうしてたって、あなた、これはこの谷底のたれも知らない、ちっぽけな村のことなんですけれども、これを大きくとって見たらどう、たとえば、いま申し上げた平家の例にとって見たらどう、一族がみんな水の底へ沈むようなばかな
「大和魂と来たな」
「大和魂でなくってどうなの、もし、もっと大きく、日本の国と
「それは少したとえが
「大仰だかなんだか存じませんが、先祖の土地が立去れない、他国の土地に移り住むよりは、先祖のお墓を抱いて死にたいという、あの人たちの心意気が、わたしは嬉しいわ、それが大和魂というものじゃなくって?」
「いずれにしても、あの村の人たちの運命は
兵馬は、この女から思わざる論理を聞かされて、改めて谷村を見おろし見直していると、女がまた言う、
「越前の
女は、しきりに大和魂を述べ立てるのが、兵馬にはおかしい。おかしいけれども、どこにか笑えないものがある。
五十二
この山間では、谷一つ、村一つが、数百年の歴史と共に、水底に没し去らんとして村人を悲しませているが、他の一方では、一つの湖水が全部
前のは、何を言うにも、飛騨の山奥の谷底の一村、しかも、誰も知らない村、たまたま知っている者は、畜生谷なんぞと人外境のように呼びかけて
それは全く比較にはならない。日本第一の大湖、近江の琵琶湖の湖水が全く干上ってしまうという風聞が捲き起って、湖上湖辺の人心をおびえあがらせてしまっているのです。たとえ
草津の辻の評判の
大津でも、草津でも、彦根でも、民間が動揺して――動揺は今にはじまったことではないが、それは農民に限ったものでしたが、今度は住民が、ことに客商売のものから最も騒ぎ立ちました。
「お立ちでございますか、道中、御大切に、お船で――湖上へお出ましがよろしうございましょう、まことに恐れ入りますが暫時のところ、どうぞ、お立退き、御避難が願いたいものでございます、万一のことがございましては、いえなに、エッソ、ゴウソだそうでございます、いえなに、ちょうさんがこの国へ向って、山城、大和の方から、なだれ込んで来るのだそうでございまして」
かくして、大津も、草津も、彦根も、旅宿という旅宿の番頭が、テンテコ舞をして、泊り泊りの客人に挨拶をしてまいりました。
「何だね、どうしたんだね、急に」
「はい、エッソ、ゴウソだそうでございまして、まことにお気の毒さまでございますが」
「エッソ、ゴウソというのは何だい」
「ええ、そのちょうさんが、今度はこの国へなだれ込むんだそうでございまして、今までのは、この国からちょうさんが他の国へ走ろうといたしたのでございましたが、今度は山城、大和方面からちょうさんが、この国へ流れ込もうというわけで、宇治、勢多、
「そうかね、何だって、エッソ、ゴウソや、ちょうさんなんぞが、そんなに流れ込みやがるんだ」
エッソ、ゴウソとは何だか、ちょうさんとは何を意味するか、促す方も、促される方もその観念の明瞭でないうちに、一方は追い立てるように、一方は追い立てられるように、まず旅宿という旅宿から警戒が起ってしまいました。
「実は、今に始まった風説ではございませんが、この琵琶湖の湖水が干上ってしまうということで、急に騒ぎが起りました。今までは湖辺の百姓たちが、検地のことから騒ぎ出しましたのでございますが、今度はまるっきり趣が変って、湖上の人たちが騒ぎ出しましたのでございまして、舟稼業だの、漁師だの、水によって生活する人たちが騒ぎ出したのでございます。その騒ぎ出した原因と申しまするのは、山城、大和の方から大挙してちょうさんがこちらへ向ってやって来たという風聞から起り出したのでございました。では山城、大和の人たちが、なぜ、ちょうさんしてこちらへ向って大挙して来るかと申しますると、琵琶湖が干上ると共に、淀川の水が
五十三
琵琶湖の水が全部干上るという風聞は、いかに
琵琶湖の水を切り開いて、越前の敦賀へ落すという計画は、必ずしも空想ではなく、実現に近い可能性があってのことで――いや、すでに実現に着手されようとしたことも再々ある。
そもそも琵琶湖の水を越前の海へ落すには、僅かに七里半の工事で足りる。
僅かとは言うけれども、機械工業の発達しない旧幕府時代に於ては、空想に近いほどの大工事には相違ないが、要するに距離は七里半に過ぎないということが、
ことに最近、嘉永年間に起ったのは、京都のある事業家が発起となって、
ここで、かりにこの工事が実現されてみるとして、湖上湖辺の民に直接に影響するところは
まず大阪と敦賀との間が、琵琶湖を通じて一つの運河となろうというのだから、通商貿易のためには計るべからざる利ということになる。
それから、もう一つは、湖水の水が浅くなるから、琵琶湖の東岸に於て、少なくとも一億六千万坪の良田が得られる――
というような点が、掘割論者の最も有力なる論拠となっている。
しかし、利益利権を挙げてもくろんでみたところ、工事となると結局難工事である。僅かに七里半とはいえ、天下の難工事であって、当時の土木力では成功が
だが、その中止の理由は表面のことで、裏面には次のような条件が有力に働いて、
第一、琵琶湖の水というものは、帝都守護の要害である。あれが浅くなった日には、帝都の保障に由々しき大事である――という反対説。
それから、もう一つは、運河が出来れば、当然、淀川本流の水が減退する、そうなった日には、あの沿岸で生活している農民にとっては生命線の大問題である、というところから、
この二つが有力なる反対理由であって、難工事
なお、このほかに、風光としての琵琶湖を、ほとんど致命的に没却せしめるという、保護形勝論者も出てもよかりそうなものであったが、それは出なかったらしい。琵琶湖が独立した日本無双の形勝地である資格から、一転して、単に運河の一停船所に過ぎない地点とされてしまった後のみじめさを、しみじみと考えるほどの余裕はなく、要害と、利害との点だけからしか反対されていなかったらしい。
しかし、すべての風景も、抽象も、国防(要害)と貿易のための犠牲物としてのほか、存在価値が認められなくなる時世が来れば、いつかは実現せらるべきほどの可能性はあり得る問題なのです。
それはさて置き、この際、右の運河説が、人心を
すでに、それが合流した以上になると、その動揺の程度が、水陸両面にわたって展開されることになる、そうなっては
五十四
暫くあって、人心が落着いてみると、この風説には、右のような根拠がないではなかったが、それもこの際、急速に実行につくというような形跡は全くなく、且つまた、摂河泉の農民が大挙して、切割の中止歎願に来るというような事実は、跡かたもない風説だということがよくわかりました。
従って、昨今暴動の形跡ある
そこで、真先に警戒した街道筋の人気から、まず鎮まって、暫くの間に鎮静に帰したのですけれども、その風説の及ぼす波動というものは、一応、響くだけ響かないと消えないものでして、大津、草津、膳所、彦根の人心が落着いた時分になって、長浜から北国筋が、盛んにさわぎ出してまいりました。
ことに、この方面は、上述のような開拓が行われた日には、直接に最も影響を受けることの多い土地ですから、日本海の方へすんなりと抜けてしまうまでには、風説が根を持とうとしている。
まず湖上の運輸業者が、この風説をしかと喰いとめ、それが漁民たちの思惑とがっしり結びついて、彼等の面上には、いずれも生命線とぴったりした不安の色が、みるみる濃くなって行くこと争うべくもない。岸と、舟とで、おのおの口を
「越前へ、この湖を切割すれば、湖水の水はみんな海へ落ちて、その代りに
「従って、淡水産の魚は見る間に全滅するが、海の魚がモノになるのも絶望だ」
「そこで、多年、湖水を唯一の生命線として、一家を養っていた漁業者というものが全滅する」
「それから、また一方、湖水を宇治から山城大和の方にかけて切落してしまえば、その方へも
「交通は盛んになるかも知れないが、その時代には、もう我々の持っているちょき舟では物の役に立つまい、諸大名はじめ、加賀や大阪の豪商が、大船浮べて思うままに乗切るにきまっている、そうすると、従来の舟で湖上の交通をして一家を経営していた運輸業者たる我々は、当然全滅の脅威を待つばかりだ」
「すでに湖水が、運河の一部としてしか存在の価値がなくなってしまった時分には、八景めぐりの遊覧客が跡を絶つ、その観光客で維持していた我々の商売も上ったりになる」
「しかしまた、運河としての一部分の湖面だけを残して、あとの水が干上ると、そこへ当然、何万石かの田地が出来るには出来るだろう、だが、その田地は誰のものになる、それはみんな諸大名の御領分か、または御用商人の手に利権が落つるにきまっている」
「してみると、我々微弱なる湖上生活者は、全然、生活権を奪われてしまう」
「
彼等はこれを、風説として受取ることができない。今は風説の時代であっても、やがては実行の時代に入るのだ、と神経を働かせないわけにはゆかない。
そこで、今晩
五十五
そういうわけでありまして、その夜は、舟という舟がほとんど、某の地点に向って集合しましたので、長浜の臨湖の一帯には、舟の隻影もなく、別の世界に見るような静寂な夜景でありました。
ところが
島田に結い上げた女の子に手を引かれて、刀を帯びた覆面の人が、静かに木戸を出て来たかと思うと、刎橋へはかからないで、
無言で少女に手を取られた覆面の人は、やはり無言で舟の中へ導かれると、手さぐりしてそこへ乗り込み、
「よろしうございますか」
女の子は、ひそかに言葉をかけると、覆面はうなずく。
「では」
と言って、男をさきに乗せて女の子は、思い切って自分もその舟に身をうつしてしまいますと共に、
「
いったんともづなを手繰った手を休めて、女の子は、舟の中に横にねていた
「よろしい、綱をといて下さい」
と男が、この時また低い声で、はじめて物を言いますと、女の子が、
「先生、大丈夫でございますか」
「もう、こっちのものだ、舟を出しましょう」
「では、綱を引きますよ」
「よろしい」
そうして、小舟が、するすると段の下を離れて動き出しました。
市中の濠のことですから、そう広いというわけにいかない。それを巧みに調子を取って、水のまにまに舟をやる腕前は相当に覚えのあるものです。
その舟のさばき加減を見ると、不安げに見まもっていた女の子は、はじめてホッと安心したらしく、立ち直って
かくて、この小舟は、流水に任せて、もはや眠りに落ちている町の中を、ひそやかに下って行きました。下って行くにしても、その行先は知れたもの。どの流れを行こうとも、この辺の水は皆、集まるところを一つにしている。その一つになって集まるところは、すなわち琵琶湖の湖水以外のいずこでもありません。ですから、この深夜、この異様な男女二人が落ち行くさきだけはいっこう心配するがものはありません。支那の文人ならば当然、月白く、風清し、この良夜を
右の小舟は一旦、町中に没しましたが、ほどなく臨湖の岸の一角に出でて下ると、湖面が、海の如く広く眼前に開けて、月が町よりも高く、天心に澄んでいるのを見ました。
「ああ、よいお月様!」
二人は、まさしく、この良夜を堪え兼ねて、水と月とを
「どうも、なんだか淋しいわ」
淋しいのはあたりまえである。深夜の月と水とを楽しまんために出て来たのだから、淋しいのが望むところでなければならぬ。
舟がない、人の住む町村の岸に当然なければならぬ舟が、今晩に限ってない。それが一種異様な淋しい思いを増させているということが、ややあって後、女の子にもわかりました。
五十六
程よいところで、
覆面の
「先生、この辺は遠浅らしうございます、舟はこのままにして置いて、おらくにおいで下さいませ」
と、お雪ちゃんに言われて竜之助は、棹をさし置き、改めてその覆面を取ってみた竜之助の
そうして、お雪ちゃんのすすめる
「お一つ、いかがでございます」
と言って、
「静かだね」
「全く静かでございますよ、今晩はどうしたのか、舟がちっともおりません」
「舟のない湖というものは、想像してもすさまじい」
「火のない火鉢と同じように」
「だが、水入らずに楽しめてよい」
「その点は、気兼ねがなくってよろしうございます、ほんとに、お銀様には済みませんが、あなた様の御不自由なお
「お雪ちゃんのおかげだ」
「わたしとしましても、おかげさまで気晴しができようというものでございます」
「そうさ、なにしろ拙者などは、
「どうして、お銀様という方は、あなたをちょっとも外へお出しにならないのでしょうか」
「あぶないからなんだね」
「危ないと申しましても、子供ではございません……ホ、ホ、ホ、失礼な言い方でございますが、わたしを、こちらへおよこしなさる時も、時々、お前が介抱して外へお出しなさいとは、決しておっしゃいません、決して外出させないように、とばかりおっしゃいました」
「それを、お雪ちゃんによって救われたことが嬉しい」
「でも先生、お銀様に対しては反逆でございますね」
「は、は、は」
と竜之助は、快く盃を引き、お料理を食べました。
「わたしも嬉しうございます、けれども、あとが怖いのです」
「怖いことはないよ」
「叱られますもの」
「殺されるかも知れない」
「ほんとに、殺されてもかまいません、わたしも覚悟の前でございます」
「そんなことは考えないがよい。ああ、久しぶりで酒がうまい、風景は見えないけれども、気が浮いてきた」
「狭いところにいるのと、広いところへ出たのでは、ただそれだけでも人の心持が違って参ります、白骨の山の中を出て、琵琶湖の舟の中で、あなたとお月見をしようとは思いませんでした」
「ああ、今晩の酒は久しぶりで
「この辺は、
「お雪ちゃん、冷えてはいけないよ、湖の夜風に風邪をひかしては、拙者が申しわけがない」
「たれに申しわけがないのでございます、もし、わたしに風邪をひかせたと致しますと、先生は、どなたに申しわけをなさるのですか」
「は、は、久しぶりにまたお雪ちゃんの論法がはじまり出した、誰に申しわけということもないが、あたら若い娘に風邪をひかせては毒だ」
「若い娘に限ったことではありません、どなただって風邪をひいては毒でございます。先生、あなたこそ、人の身のことなぞは御心配なさらずに、御自分がお風邪を召してはいけませんよ、あなたに風邪をお引かせ申してごらんなさい、それこそ、わたしが、お嬢様に申しわけがございません、あなた、これをかけていらっしゃい」
お雪ちゃんは、かねて用意の丹前をとって、竜之助のうしろから羽織らせる。
「飛騨の宮川で火事に逢った時も、少しばかり、お雪ちゃんと船住まいをした覚えがある、あの時のせせこましい思いと違って、ほんとに今晩は気が晴れる」
「そうでございましょうとも、高山の宮川と、近江の琵琶湖では、比較になりません」
「ああ、酒も旨いし、気も晴れる、今晩はいい晩だな。
と言って、竜之助は二はい三ばいとひっかけるものですから、お雪ちゃんが
五十七
最初は、周囲の情景に
誰にしても、自分のもてなしが人を喜ばすことを見れば、自らもそれを喜ばぬ人はない。特に、今晩のお雪ちゃんは、相手の鬱屈を見兼ねて、自分の独断で、外出禁制の人を、こちらがそそのかして、遊山に連れ出したようなものですから、お雪ちゃんとしては、お銀様を向うに廻しての一大冒険のようなものでしたが、その冒険が功を奏して、御当人をかくまで満足せしめたかと思うと、そのことの喜びで、すべてが忘れられてしまって、この人を喜ばせ、自分も喜びをわかつためには夜もすがら、遊び明かしても悔いないというほどの心持にさせられてしまいました。
「今まで、お酒がおいしいの、気ばらしになったのとおっしゃったことのないあなたから、そうおっしゃられると、わたしは、もうこれより上の本望はございません。ねえ、先生、今晩は、ここで夜明けまででもかまいませんから、昔話を致しましょうよ」
「望むところだよ」
「昔話と言ったって、そう古いことではありません、白骨以来、ほんとうに落着いて、先生からお話を伺う機会も与えられませんでしたし、わたしもなかなかに機会に恵まれませんでした。お目にかかれないのではないのですが、お銀様という方が背後にいらっしゃると思うと、わたしは怖くなって、先生が、わたしの人じゃない、口を
「お雪ちゃん、お前から話してごらんなさい」
「では、わたしから昔話をはじめましょう。ねえ、先生、あなたとわたしと二人は、どうして、信州の白骨なんて、あんな山の奥へ行かなければならなかったでしょう」
「病気保養のためだな」
「誰の病気保養のためなんでしょう」
「この眼だ――」
「いいえ、そればっかりじゃありません」
「では、ほかにも病人があったのか」
「ありましたとも」
「それは誰で、何の病気だ」
「先生よりも、わたしの方が病人だ、なんて言う人があるのですから、いやになってしまいました」
「お雪ちゃんが病気、今宵も、そんなにぴんぴんしているお雪ちゃんが」
「ええ、誰が、そんな
「どんな噂をしたんだね」
「ねえ、白骨の温泉へ行ったのは、あなたのお眼の療治ということも、目的の一つであったには相違ないですけれど、もう一つは、わたしの病気を直したいためのかこつけだなんて、悪口を言う人があるそうですから、いやになってしまいますわ」
「お雪ちゃんに何の病気があって?」
「何の病気って、先生……きまりが悪いわ」
お雪ちゃんはポッと
「そのころでも、わたしが、いちばんいやだと思ったのは、白骨にいる時分、あのイヤなおばさんと一緒にお湯に入っていますと、あのおばさんが不意に、わたしに向って言ったことには、お雪ちゃん、隠したって駄目よ、あなたの乳が、こんなに黒くなっているじゃありませんか、と言って、いきなりわたしの乳首をつかまえられた時でした。あの時ほど、わたし、ぞっこん骨身にこたえて、いやな思いをしたことはございません」
なるほど、その時はいやであったろうが、今は、その現実感を通り過ぎてしまって、いやな思い出を、いやな気分なしで、多少の甘え気分をさえ加えて、昔語りにして見せているほどのゆとりが出来ている。
「それから、あのイヤなおばさんが、なおいやなこと、それはいやなことという程度を通り越して、恐ろしいこと、怖いことを、わたしに平気で言って聞かせてくれました――それは、なあ、お雪ちゃん、いやならば水にしておしまいなよ、かまわないから
お雪ちゃんは、子供が甘い夢を見るようにあこがれ出したが、竜之助は動かない。久しぶりの酒の香にうっとりして、我を忘れたものか、酒がこぼれて膝に落つるのも知らないでいると、お雪ちゃんがたまらなくなって、
「先生、わたしにばかり、言いたいことを言わせて置いて、ひどいわ、あなたも何とかおっしゃいよ」
と言って、竜之助の
「あっ!」
と言いました。無論、同時に自分の面の色も変ったことでしょう。竜之助は
「…………」
「先生、大変、いつのまにか舟が沖の方へ向って流れ出しております」
お雪ちゃん一人が
舟は、いつしか遠浅の圏内を外れて、棹の全く立たないところへ来ている。
「あら、先生、どうしましょう、棹が届かなくなりました」
「どれどれ」
竜之助は立って、塚原卜伝でもするもののように、お雪ちゃんの手から、棹を受取って、ずぶりと差し込んでみたけれど、手ごたえがありません。
二人が月に興じている間に、舟は、棹の立たないところへ来てしまったのです。
舟が棹の立たないところへ来たとすれば、
二人が狼狽したのも無理はありません。
竜之助のさし置いた棹を、お雪ちゃんが、取り上げて、またこちらの水に入れてみたけれど、やっぱり駄目でした。
お雪ちゃんは、焦って、棹をあちらこちらへ入れてみたけれども、そのいずれにしても手ごたえがありません。
「先生、どちらもさおが立ちません」
悲観絶望した途端に、はっと竹の棹が手を
それを捉えんとする手はもう遅い。
「あら、あら、
もう泣き声に近かったのですが、竜之助はそれを慰めるもののように、
「棹を取られたのは仕方がない、人間を取られてはいけません」
「わたしは大丈夫です」
とお雪ちゃんは、うわごとのように言って、悠々と、あちらを
「もう、どうにもなりません、流れ放題……」
五十八
それからあとのお雪ちゃんは、もう
落着いて、じっと漂う舟の行先をわれと見つめて、うっとりしたような形で、竜之助に背を見せておりました。
静かに、
そのうちに、天地は、磨ぎ水を流したような
そうして、やや長い時の間、お雪ちゃんは感きわまって、
「死にたい、死にたい」
と、すすり泣きをしました。
「このまま死んでしまいたい」
「そんなに死にたいか」
「山の女王様に合わす面がございませんもの……夜が明けて、人目にかかって、町を
と、かぶりを振りながら、お雪ちゃんが言いました。
お雪ちゃんは、せっかくの髪を乱して、泣きながら、
「ねえ、先生、あなたも死んで下さらない、このさき生きていたって、つまらないじゃありませんか。苦しまないで死ねるのは、今晩のような晩だけです、楽しんで死ねるのは、こういう晩でなければございません、二人に死ねと言って
お雪ちゃんは、昂奮して言いました。
「ねえ、あなた、御返事がないのは、御承知なんですか。死ぬなら綺麗に死にたいものです、綺麗に死ぬには、死骸をだれにも見せないに限ります、竹生島に近いところは、水が深いそうです、金輪際というところまで底が届いているそうです、同じことなら、そこで死にたい、そうして永久に死骸が、この世の波の上へは現われて来ないところで死にたい。あなた、その水の深さを測って頂戴、そこで死にたい」
とお雪ちゃんが、むつかりました。
「このまま人に助けられて、後ろ指をさされるのは、わたし死ぬよりも辛い、そうかといって、へたに死んで
五十九
度胸を
「ねえ、先生、あなたのお眼も、それだけ丹精して
すらすらとお雪ちゃんは、問いつ、答えつしましたが、相手の納得と否とには少しも頓着なしに、
「ですけれども、あらためて出直すということにも考えなくちゃなりません、罪の深いものは次の世では一層悪く出直すよりほかに道がないとすれば、おたがいに、現在よりもっと悪い道を出直さなければならないとしたら、出直すことさえ考えものですね。先生、あなたは生れかわって来るとしたら、来世は何になって、この世へ出たいと
と問いかけてみたが、相手は返答がない。また返答を予期してもいないから、お雪ちゃんのひとり舞台ではない、独り演説に過ぎない。
「わたしは、もう二度とこの世へは生れて来ないことにきめました、どんなよい身分のところにも生れて来たくはありません、全く浮ばれないところへ沈んでしまいたいのです。けれども、
六十
舟は、やっぱり、進むともなく、退くともなく、水の上に漂うている。あたりは
お雪ちゃんその人が本来のロマンチストであるのに、この時は、前に言う通り、全く度胸がすわって、恐怖と、心配ということから全く解放されて、いよいよ驚くべき大胆と、明瞭との気分になって行くのです。
「ああ、すっかりいい気持になりました、帰ることを思えば、船の足が心配になりますけれど、もう帰らないと心を決めてみますと、船なんぞは、進もうとも、退こうとも、浮ぼうとも、沈もうとも、少しも心配になりません。また引返して閉じこもる夜のあることを思えば、お月見の気晴しも結構ですけれども、もう今晩しか夜がないと思えば、お月様なんぞ、有っても無くても、美しいとも、悲しいとも思いはしません。明日という日があればこそ、今晩に
猫がまたたびに身を
その時に、模糊として磨ぎ水のようになっている水面の霧の中を漂って、ほんとに微かに物の音が動いたと言って、変態に昂奮する心と、異常に澄みきった神経のお雪ちゃんが、耳を引立てました。
「あ、あなた、鐘が、鐘が鳴りました」
今まで雄弁であった口を沈黙せしめて、しきりに耳を引立てたけれども、鐘の音なるものはもう聞えない。
「今のは、たしかに鐘の音でした。鐘の音が聞えたとすれば、もう陸が近いのです、陸でなければ島でしょう、竹生島へ近づいたのかも知れません、そうでなければ、ああ、そうそう、先生、今のはきっと三井寺の鐘なんでしょう、三井寺の鐘に違いありません、七景は霧にかくれて三井の鐘って、どなたかの発句にありました、ここは琵琶の湖の中に違いありませんから、聞える鐘も三井寺の鐘なんです、鐘の音も多いうちに、三井寺の鐘の音を聞いて死ぬなんて、ほんとに今晩は何から何まで死ぬように出来ている晩なんです、早く死にましょう、夜の明けないうちに……この世も
お雪ちゃんは物狂わしくさせられて、竜之助の腰の脇差を、思いきって
「でなければ、この刀で、わたしを一思いに……」
死を誘惑する器であると見直してみると、
「ほんとうに、水で死ねなければ、この刀で……これで、あなたの手にかかって死にたい」
六十一
「刀は男の魂だから、虐待してはいけない」
と、この時はじめて竜之助が、物狂わしいお雪ちゃんを言葉でたしなめました。けれども今晩のお雪ちゃんは、そんなことで聞き入れるお雪ちゃんではありません。
「今となって、男の魂もないでしょう――こんなもの、海へおっぽり投げておしまいなさい」
差していた脇差を邪慳に虐待したお雪ちゃんは、今度は傍らにさし置かれた長いのへ手をかけると、それをも邪慳に引ったくって、船べりから湖水へ向けて、まさに投げこみまじき仕草に及びました。
「それは勘弁してくれ、それはまだ捨てられない品だ」
と竜之助は、片手を殺していながら、片手をのべて、お雪ちゃんの手から、刀の
「そうでしょう、これは、あなたにとって大切なかたみなんですからね、姉さんの心づくしでいただいた新刀第一、堀河の国広なんですから、これは惜しいでしょうよ」
と言うお雪ちゃんの言葉は、今晩に限って、たしかに
「よく、覚えているねえ」
と、子供をあやなすように竜之助が感心すると、
「覚えていなくってどうするものですか、その刀ゆえに、姉さんは殺されたのです、そうして、わたしもまた……」
「飛んでもないことを言う、いつどこで拙者がお雪ちゃんの姉さんを殺しました」
「江戸に近い巣鴨の
「それはヒドい、夢に見たことをまことのように、なすりつけるのはヒドい」
「何がヒドいことがあるものですか、姉さんばかりじゃない、いつか一度、わたしもその刀で殺されるんじゃないかと、あの時から覚悟をきめていました、わたしだって、あなたがごらんになっているほど子供じゃありません」
「あの時とは……」
「存じません、存じません、弁信さんに聞いてごらんなさい、あなたは弁信さんを斬りそこねたから、わたしを斬ったのです、いいえ、弁信さんの身代りに、いつかわたしが殺される時があるでしょうと、あの時から覚悟をきめていると申し上げているんです」
「夢と、まことと、一緒にするのみならず、自分の頭で考えていることと、これから後の出来事とを、みんなごっちゃにしたがる、お雪ちゃんの悪い癖だ」
「でも大抵は後の出来事が、みんな最初思った通りになって行くんですもの。あなたは、いつぞやおっしゃいました、この長い方は人を斬る刀で、短いのは物を刺す脇差だ、人がましいものはこれで斬るが、女子供はこれで刺す――脇差で斬るのは畜生か、人間並みに数えられないものに限る、と、わたしに教えて下すったことがございました。わたしなんぞは、とても、この長い刀で斬られるほどのねうちのある人間ではございませんから、この短い方で結構なんでございます」
と言って、お雪ちゃんは、今更のように、今まで投げるの
「わたしなんぞは、とても人間並みに扱っていただけないんですから、この短いので、斬るなり、刺すなり、突くなり、存分になぶり殺しにしていただきましょう。ああ、
お雪ちゃんの昂奮は、まさしく狂乱の域に入って、竜之助に武者ぶりつきましたのを、竜之助は片手で軽くあしらって、
「死にたければ、水へ入らずとも、刃物を用いずとも、いくらでも死に方はあるのだ」
「どんな仕方でもよろしうございます、早く死にたい、早く死なして下さい」
「では、こういうふうにして」
片手を殺している竜之助は、一方の
「あ!」
「それごらん、苦しいだろう、いよいよとなると死ぬのはいやだろう」
「いいえ、そうじゃございません、不意でしたから、少しあわてたまでです、もう驚きません、ですけれども先生、殺して下さるなら、なるべく苦しませないようにして殺して下さい」
「では……こうして、静かに、そろそろと」
「そうして下さるうちに、息がつまって来るのですか」
「そうだ――苦しいといっても一思いだ」
「一思いに、苦しませないでね」
「よしよし」
「あ、切ない」
「まだ締めやしない」
「でも、先生、こうして確かに殺して下さるんですね」
「お前が、あんまり死にたがるから」
「
「殺す以上は、そんな未練な殺し方はしない」
「あなたは、そういう仕方で、前に人を殺した経験がお有りなさいますか」
「あるかどうか知らないが、お前の知っている限りで、あの飛騨の高山のイヤなおばさんとやらが、この手で死んだ」
「エ」
「この手で誰かに締められて、そのまま
「エ、先生、何ですって?」
「まあ、死ぬときまったら黙って……」
「いえ、あの、未練ではございませんが、もう一言」
「いや、死ぬときまったら、だまって死ぬがよい」
「…………」
お雪ちゃんは、何か言おうとしたけれども、もう口が
六十二
目的の成否にかかわらず、三日以内には一応、船へ戻ると
まず驚喜したのは清澄の茂太郎でしたけれども、再応失望せしめたのは、七兵衛親爺を、いずれのところからも同行して来た形跡のないということでした。
つまり、一石二鳥のうちの、マドロスという一鳥は見事に打ち落して、掘出し物の柳田平治を目附として首尾よくこの船へ送りつけて来てはあるが、七兵衛の行方に至っては、
大体に於て、こういう手筈ではなかったのですが、こうもあわただしい船出をしてしまったのは、何か別にさし迫った事情というものがなければなるまいと思われます。
それはさて置き、船はグングン松島湾をあとにして、早くも大海原へと乗り出してしまいました。いずれへ行く目的かはわからないにしても、その針路の向うところによって見ると、北を指している。
その夜、波も風も至って穏かです。正面きって海図をながめている駒井甚三郎に向って、田山白雲は、室の一隅の長椅子に寝そべるように
「駒井さん、さいぜん、あのウスノロの奴の運転ぶりを
白雲が、マドロスに就いて、
「そうです――あれがいなければ、こう滑らかに船を出すことはできません」
「痛し
「他に人がない、人を捨てれば船が
「無論、あんなのはおっぽり出しても、代りがあるということでなけりゃならん。だが、人を作るというのは一朝一夕にできないです、貴殿にしても、学問の上からは、あらゆる船の学者だが、実地操縦のことは、一朝一夕というわけにはいくまい、拙者の如きも、筆を持たせれば、相当なことはするけれども、船をあずけられては手も足も出ない、その他、乗組の連中、この点に於ては、世界をまたにかけているあのマドロスには逆立ちしてもかなわない。しかし、技能は技能として、船の風紀は風紀の問題です、船の統制上、その風紀を
「拙者にとっては、許すも許さんもないが、船の乗組全体が、あれに対して、一人も好意を持っておらんのです、毛唐のくせに、日本の女を自由にして、誰はばからず痴態を演じている、それを朝夕見聞して、他の乗組が不平を鳴らすのは無理もない。船長として、船の風紀の上から、あのままにして置くことはできない、それをしないでいると、拙者の威信問題よりも、あいつの一命があぶない、早晩、多数から私刑を受けて、海中へ投げ込まれるくらいのことは、目前に起り兼ねないのだ――船が宮古へ着いた上で、相当の断罪が行われなければなるまい」
「それは、そうなければならぬこと――だが、彼を失ってこの船が動きますか」
「本来、期待していなかった人間だから、彼なしといえども、やれなければならない性質の我々の船なのです、何とか動かないはずはないと思っている」
六十三
駒井船長の答えに満足せぬ田山白雲は、
「それはいささか心細い、本来、
「それはわかっている、我々と従来の手勢でも、やってやれない限りはない、絶望というほどではない。やってやれない限りはないと思っているが……」
「しかし、あのウスノロの
「断然許すとは、どういう名分によってですか」
「つまり問題は、ただ一つの性の問題に帰着するんですな、そのほかに、あいつは、深いたくらみや、慾望を持てるほどの奴ではないのです、そこで、あの
「そうすると、私通淫奔を是認した上に、その結婚を成功させてやる、罰すべきを罰せずして、これに自由と放縦を与える、という結果になりはせぬか」
「いや、そうでないです、今までの罪は罪として、船長に代って拙者がひとつ、
「いやしかし、この乗組にも他に若い者がいる、彼一人が細君携帯で、いや、もう少し立入ると、その細君そのものが、果して細君たる検束力ありや否や――」
「ふーん、あの娘の貞操の保証ができませんか」
「そうです」
「そいつは困ったな」
珍しく、この場では、田山白雲が最初から妥協的に出でている。厳重な刑罰を意気込んで来た白雲の心持が一転して、船の活用のために、どうかして、あのウスノロの存在を取持ってやりたいことに苦心をしている。その特赦の名分を見つけ出すことに苦心をしてやっているが、結局、それも思うようにゆかない。罪は憎いし、人は惜しい。白雲はしきりに当惑しているが、当惑の点より言えば、当の船長たる駒井は、それに幾倍の上を行っているはず、或いはまた、現に相当の断案を持っているのか、さのみ困惑の色を見せないで、
「この問題はただ、一人一箇だけの問題ではないのだ、我等のために、目下の一つの試験問題であると共に、将来、我々の団体のために、身を以て解決して置かなければならない問題だから、深く考えて、強く実行して置かなければならない」
「いかにもそうです。そうして、駒井さん、あなたの腹の中では、もうその解決の道がついているのですか」
「まだ断案までには至っていないのですが、二つの道はたしかにあります」
「それは?」
「単にこの一事件のためではない、我々の社会に、今後必ず繰返して起り来る――我々というよりも、むしろ人間生活全体にいつまでも起って、いつまでも解決しきれない問題の一つの残骸として、その根本的な手段と方法を、研究的に調べて置きたいという拙者の念願は、今日に始まったことではないのです――田山さん、ごらんなさい、私は洲崎時代から、この通り、研究論文を作りつつあるのですよ」
と言って駒井甚三郎は、書架の上から、かなり部厚な草稿を取って田山白雲の眼の前に示しました。
六十四
駒井甚三郎は、田山白雲の前に一冊の草稿を提示して、
「日本も、王朝以前は、今日から見れば乱倫と称せらるべき道徳が、公然と行われました。
「なるほど――毛唐は、表面なかなかやかましく言うが、裏面はヒドいそうです」
「表裏の反覆するのは、西洋に限ったことはない、到るところにあるのです、偽善というよりは、むしろ人間の通有性、弱点と見た方がいいでしょう。その弱点を覆うのに、或いはそれを向上せしむるのに、道徳を用うるということにもなるのですが、その道徳に異論が出て来る。現に、
「婦人の共有と言いますと……つまり、一夫一婦宗教なんという垣を取払って、そうして、人妻に我も恋せめ、我が妻に人も言い寄れ、ということになるのですか」
「妻というものを認めないで、婦人は男子の共有ということになる、反面から言えば、婦人側から言えば、婦人はまた男子を共有するということにもなるのです」
「そうすると、女はみな女郎なんですな、同時に男もみな男郎――男郎というのもおかしなもんだが、そんな乱暴な説を唱える学者があるのですか」
「それは理論で、もとより実行ではありませんが、その理論から出立して、いろいろの是々非々があるようです、物質の共有はよろしいが、婦人の共有はよろしくないという説……」
「それはそうでしょう、現にこの船なぞも、駒井氏の私有とはいうものの、事実は志を同じうする人の共有といったような性質を帯びているに相違ないが、人間をこれと同様に扱って、誰でも乗れる――ということになったら大変だ」
「しかし、理論を
「なるほど、現実には到底できない相談を、小説に書いてみると、書く方も、読む方も、共に愉快で罪がないというのでしょう、貴君はそこへ行くとペロが自由だから、何でも人の知らない書物が読める、
と白雲が、駒井のペロの出来ることを羨ましがっているのは、今日に始まったことではない。ペロというのは、西洋語ということで、白雲の専用慣用語なのですが、駒井は、
「実際、空想だけではつまらないが、そこに科学的の根拠があると、我々には面白いのです、移して以て、実現せしめてみようという気にもなりますからな」
「そうそう、あなたのは確かにその実行力を持っていらっしゃる、この船で無人国土をたずねて、理想楽土を打立ててやってみようということが、他人には途方もない空想だが、あなたには目前の実行ですからな」
「とにかく、そういう書物を
「そりゃ矛盾だ、本が自由に買える国に、人間の自由なぞはありゃしないでしょう」
と、田山が突発的に
「面白い断定です、書物の自由に買えるところに、人間の自由はない、そりゃ実に面白い警句ですね、田山さん」
「そんなに感心なさるほどの名文句でしたかね」
「名文句ですとも、それを少し言葉を換えて言いますと、言論の自由な国に、人間の自由はない――ということになります」
「左様に訂正なさっても、あえて異議はございません――」
「全く矛盾です、この矛盾が現在の事実だから、いよいよ変なものです、言論の自由、言論の自由と、人は母の乳でも欲しがるように叫びますけれど、言論が自由になればなるほど、人間の自由は奪われる、実に、皮肉な、悲哀な、人間世界の一面です」
「そうですかなあ」
「そうですとも、もっと卑近にうつしてごらんなさい、思う存分、物を言ったり、書けたりする人間に、多くの幸福が与えられますか、言語を持たない空の鳥や、野の
「そう理窟ぜめにされると――ちょっと迷いますな、何が自由で、何が幸福だか、人間は人間、鳥は鳥、獣は獣ですから、人間に鳥獣の心持がわからないように、鳥獣にも人間の心持はわかりません、要するに自由というのは、したい
田山白雲は放胆的に言いましたけれど、駒井は一概にそれをうけがいませんでした。
六十五
「田山さん、したい三昧するのが自由で、欲しいと思うものが何でも享楽できるのが幸福だというのは一方論で、全体的には成り立ちませんよ、成り立たないのみならず、したい三昧と、享楽主義は、二人以上の社会になると、衝突し、破壊されてしまいます」
「わからないです、我々の頭では、そういう先から先のことはわからないです、そういうことで、あなたと
「こういうことを言っている人があるのです、つまり男女の関係というもの、性慾のこととか、結婚とかいうものはです、これは本来、人間が快楽をするために存するのではない、役に立つ人間を
「そりゃ、
「ところが田山さん、それらの学者の説はそう乱暴なものじゃないのです、この書物がそれなのですがね」
と言って、駒井は自分の草稿はさし置き、卓上の洋書を一冊とって、白雲に表紙だけを見せますと、その表紙に大きく太陽が金で打ち出してある。白雲が覚束なくその
「Campanera ――ケムペーネーラですか」
「この書物は、これを書いた人がやはり無人島を一つ求めて、理想の国家を作るという空想を書いてあるのです、人間の生殖というものは、色慾だの、享楽だのが目的のものではない、最も国家のためになる、最もよき人間を生み出すことである、そこで、男女関係のために一つの役所を設ける、そうして、肉体及び精神ともに申し分のない男女だけが子供を生むことを許される」
「そうなると、やっぱり、肉体及び精神が適合しない男は、指をくわえて見ていなければならない」
「そういう男には
「これはまた、少し驚きました。石女、うまずめですな、石女の認定をどうしてするか、ということはさて置き、現に妊娠中の女を授ける――衛生上はとにかくとして、それでは妊娠させた男が承知しますまい、そうなると夫婦関係などというものは無茶です」
「夫婦関係などは本位でなく、ただ国家のためになる丈夫な子供を産み、為めにならない
「そうですか、まあ、空想として、理窟としてなら、何と言ってもさしつかえないはずです、事実上は問題になりません」
「それから男子は二十一歳、女子は十九歳から、皆の性交が許されるのです、そうして二十七歳まで童貞を守っていることは名誉として表彰される――しかしまた一方性交年齢に達しないうち、どうしても性慾に堪えられない早熟者は、そっとその旨を、かねて定めてある
「まあ、お待ち下さい、そうすると、要するに、男女の夫婦関係というものは認めないで、健康と、精神の資格さえあれば、相手かまわずに、入りかわり立ちかわり性交を許すということになるのですな。驚くべきだ、乱暴だ、乱婚だ、不倫至極だ」
「いや、我々が現在の夫婦関係だけを標準とするから、いかにも乱婚不倫に見えるので、この書物全体の見方から言えば、そう一概には言えないのです、そういう趣意に於ての婦人の共有は、官能や、淫乱の故ではない、肉慾に動かされずして、道徳的国家統制の下に行われるのだから、少しも不合理ではなく、不道徳でもないと断言しています」
「なおくわしく、その理論の細かい点をうかがわないと、そういうことは、いくら学者の議論にしたところが、一概には承服でき兼ねます、一概どころではない、本来、一も二もなく排斥さるべき
「しかし、実際問題として……」
駒井がなお、何とか附け加えようとする時、にわかに、今までスムースな船の進行に異状が起りました。同時に船が、左右へ三つ四つ揺れたかと見ると、ただならぬ物音が、上甲板の一部に於て起ったことがわかります。
六十六
甲板上にあたって何か相当の異変がある、物すごい格闘でも起りつつある、そういう気配を感じたものですから、田山白雲は会議の途中で、船長室を飛び出して見ましたが、来て見ると、なんとなく穏かならぬ気配は残っているが、事件はいち早く消滅してしまっている。簡単に
それは、メイン・マストの上で、清澄の茂太郎が高らかに呼びかけている、
「田山先生、田山先生、よいところへおいで下さいました、只今この下で大騒動が起りました」
「何だ、どうしたのだ」
「一人の女を、三人の男が争っていたのです」
「ナニ」
「田山先生、あたいは最初からこの柱に上っていたのですから、見るつもりもなく、一切を見届けました、その
「巧者ぶりな口を
「では、真直ぐに、見たままを言ってしまいましょう、だが、恥かしいなあ」
「何だ、何が恥かしい」
「だって、見たままを率直に言える場合と、言えない場合とがありますもの」
「相変らず生意気な言葉づかいだ」
「見たままを率直に言えないからといって、それが必ずしも不正直だとは言えない場合があります」
「何でもよいから正直に言え」
白雲は、マストの直下まで来て、柱上の茂太郎を見上げたが、同時に、ただいま物音のけたたましかったと覚える、そのあたりを見直したけれども、多少の物品が
茂太郎は、いつもに似ず歯切れの悪い返答ぶりで、それ以上は
まず機関室へ行って見ると、マドロスが抜からぬ
「タヤマ先生」
この男が、何者よりも白雲を苦手としていることは申すまでもない。船長に対して特に敬意を表せざる場合、時として反抗心を持ち得る場合にも、白雲に対しては一も二もない、むしろ求めざるに迎合して、その甘心を得て置きたい
「マドロス君、君は、今、甲板へ出たかね」
「いいえ、のぼらないです」
「よく職場につとめていたか」
「ええ、この通り、よくつとめていたです」
「そうか」
それ以上に白雲は追究しないで、一通り室内を注視しただけで出て行ってしまいましたが、次に訪れたのは、兵部の娘の寝室でありました。
「御免なさいよ」
返事がない。二度目に、
「寝ていますか」
「…………」
まだ返事がない。中から応答はなくとも、当然、船の舎監であるべき田山白雲は、適当の用意を以て、そっとドアを外から押してみました。
ランプが
「もゆるさん」
いっこう返事はないが、すすり泣きしていることによって、寝入っているのでないことがよくわかる。白雲はそれより以上には立入らないで、その女の荒い呼吸をじっとこちらから見つめているばかりでしたが、暫くして、黙ってそこを出て行きました。
女の寝室を出てから、白雲が戻って来たのは自分の部屋で、そこで外出用のランタンをつけ、それを
そのランプを提げて、いちいちの船室を見舞いますと、ある者はよく熟睡しているが、ある者は眼を
「御苦労さまでございます」
と挨拶をする。かくて房州から来た船大工、これは相当の年輩。機関手見習の若い者二人が寝ているところへ来て、
「君――君」
と白雲が呼び立ててみたが、二人はよくそこに寝ているが、醒めて答えようとしない。白雲はそれが当然
しかし、
六十七
田山白雲は、茂太郎には無言で、ランタンをそこらあたりに振り照らして、狼藉の行われたらしいマストの下あたりを
「
と、白雲に似合わしからぬ深い歎息をして、
「茂――」
「はい」
「お前、御苦労だが、
「はい」
「ゴミは一切かまわず、海の中へ投げ込んでしまえ」
「はい」
清澄の茂太郎は、片手には相変らず
暫くは、無気味に、そこらあたりを掃き清めているうちに、茂太郎はようやく気がかわったと共に、
「田山先生」
「何だ」
「なんだか、いやですね」
「何がいやだ」
「なんだか、空気がいやですね」
「
「あたい、どうも気が晴れない」
「茂――お前は、あれからずっとこの帆柱の上にいたのか」
「あれから、といって、どれからだか、先生御存じ?」
「いや、かなり長い時間の間、その上にいて、下の有様を一切、見廻していたのだな」
「ええ、あたい、宵のうちからここへ上りました、けれども、多くは空を見ていたんです、下ばかり見廻していたんじゃありません。そのうちに、下を見なければならないようになったから……」
「うむ、お前の眼は遠目も利くが、夜目も利くはずだな」
「ええ、見え過ぎるほど見えることがあって、実は困るんです」
「人並すぐれた眼のはたらきを持っていて、困るということはあるまい」
「困ることがあります、見たいものが見える時はいいが、見なくてよいものを見てしまわなければならない時は……」
茂太郎はこう言いながら、広い甲板を縦横に
とめのお地蔵様
つんぼで、めくら
いくら拝んでも
聞きゃしない――
これは無意味なるイントロダクションに過ぎない――つんぼで、めくら
いくら拝んでも
聞きゃしない――
ハウイットの説によると
オーストラリヤ内地の土人は
できるだけ多数の妻を娶 るが
これはただ性慾関係ばかりでなく
生活の必要から来ている
なぜといえば
夫は独身の青年に
己 が妻を貸し与え
そうして報酬を取って
己が財産を殖やすことを
するからである
それを田山白雲が聞きオーストラリヤ内地の土人は
できるだけ多数の妻を
これはただ性慾関係ばかりでなく
生活の必要から来ている
なぜといえば
夫は独身の青年に
そうして報酬を取って
己が財産を殖やすことを
するからである
「茂、何だ、それは」
「わかりません」
と言って、箒を扱いながら、箒の方はお留守になり、
ヴォルテールや
シオペンハウエルや
その他の多くの学者の
説によると
多妻を好むのは
人類の本能である
そうです
と、演説口調になったかと思うと、急に会話体に砕けて来て、シオペンハウエルや
その他の多くの学者の
説によると
多妻を好むのは
人類の本能である
そうです
いや、人類ばかりじゃないです
若い牡鹿 は自分の力で
できる限り多くの雌を
手に入れるまで闘い
他に自分よりも有力な
敵が現われて来るまで
その多数の雌を
独占しているのだそうです
こう言ったかと思うと、また言葉をひるがえして、一種の高調となり、若い
できる限り多くの雌を
手に入れるまで闘い
他に自分よりも有力な
敵が現われて来るまで
その多数の雌を
独占しているのだそうです
モハメットは
十一人の妻を持っておりました
彼は最もはじめに、富める主家の後家さんに
愛され且つ愛しました
その後家さんは
モハメットよりも年上で
モハメットは彼女の雇男で
彼女のために駱駝 を
逐 っておりました
その女主人の名を
ハデジャと申しました
とても二人は愛し合ったのです
女主人と雇男とが
ですから
その女主人と愛し合っているうちは
モハメットは
決して他の女をば見立てませんでした
本来
モハメットは、若い時分は
身体 が丈夫で
そうして品行が正しかったのです
女主人と愛し合ってからも
その女主人が存命中は
決してほかの女を愛しませんでした
白雲は十一人の妻を持っておりました
彼は最もはじめに、富める主家の後家さんに
愛され且つ愛しました
その後家さんは
モハメットよりも年上で
モハメットは彼女の雇男で
彼女のために
その女主人の名を
ハデジャと申しました
とても二人は愛し合ったのです
女主人と雇男とが
ですから
その女主人と愛し合っているうちは
モハメットは
決して他の女をば見立てませんでした
本来
モハメットは、若い時分は
そうして品行が正しかったのです
女主人と愛し合ってからも
その女主人が存命中は
決してほかの女を愛しませんでした
「茂、そんなことをどこで覚えた」
「駒井先生の机の上に書いてありました」
「え――」
白雲は
六十八
それにも頓着することなしに、ハズミのついた清澄の茂太郎は、箒をカセにして、掃きながら歌い、歌いながら足踏みをはじめ出しました。
ウエスター・マークの
言うところによると
印度 のある国では
四人五人の男の兄弟があって
その総領が年頃になって
お嫁さんを娶 ると
次の弟が年頃になると
そのお嫁さんがまたその人の妻になる
その次の弟が年頃になると
またその弟の妻になる
そういう順序で
一人のお嫁さんが
六人の男の妻となっている
そういう風俗があるそうです
またシーザアが
古代ブリトン人に就いて
言った言葉の中に
彼等は十人か十二人の夫
ことにそれが兄弟同士
または親子同士で
一人の妻を共有にしている
と書いてあるそうです
高らかに歌ったかと思うと、急に言うところによると
四人五人の男の兄弟があって
その総領が年頃になって
お嫁さんを
次の弟が年頃になると
そのお嫁さんがまたその人の妻になる
その次の弟が年頃になると
またその弟の妻になる
そういう順序で
一人のお嫁さんが
六人の男の妻となっている
そういう風俗があるそうです
またシーザアが
古代ブリトン人に就いて
言った言葉の中に
彼等は十人か十二人の夫
ことにそれが兄弟同士
または親子同士で
一人の妻を共有にしている
と書いてあるそうです
一夫多妻の国では
一妻多夫を野蛮だと申します
一妻多夫の国の女は
一人の女が一人の夫しか持てない
そんな不自由な国には
住みたくないというそうです
土地のならわしで
道徳上から一概にかれこれ言えないと
駒井先生が
お松さんに向って
話しているのを
わたしは聞きました
一妻多夫を野蛮だと申します
一妻多夫の国の女は
一人の女が一人の夫しか持てない
そんな不自由な国には
住みたくないというそうです
土地のならわしで
道徳上から一概にかれこれ言えないと
駒井先生が
お松さんに向って
話しているのを
わたしは聞きました
田山白雲は
マルコポーロの
旅日記というのを
見ると
やっぱり多数の男が
一人の細君を共有しているところが
多いそうです
一人の女が
多くの夫を持つという習わしは
たいていは
その国の女が少ないか
そうでなければ
地味の痩 せた
生活が苦しい国にあるそうで
その必要に迫られて
そうなるのだそうです
ですから
この国の風習を以て
直ちにかの国の風習を
不道徳なり
非文明なり
非人道なり
野蛮なり
ときめることは当りません
土地と
人口と
歴史と
習慣とがさせる業で……
いよいよ出でて、何というコマシャクレた言い方であろう。白雲は化け物の歌を聞いているような妖味にさえ襲われて、なお黙って聞いていると、急に散文朗読体が、演説口調に変って、旅日記というのを
見ると
やっぱり多数の男が
一人の細君を共有しているところが
多いそうです
一人の女が
多くの夫を持つという習わしは
たいていは
その国の女が少ないか
そうでなければ
地味の
生活が苦しい国にあるそうで
その必要に迫られて
そうなるのだそうです
ですから
この国の風習を以て
直ちにかの国の風習を
不道徳なり
非文明なり
非人道なり
野蛮なり
ときめることは当りません
土地と
人口と
歴史と
習慣とがさせる業で……
さて皆さん
これを現在
わたしたちが
一王国となして
乗込んでいる
この無名丸の社会と
引きくらべてみたら
どうでしょう
実際問題ですよ
御承知の通り
この船には
男が多くて女が少ないです
男は美男子の駒井船長をはじめ
豪傑の田山白雲先生
豪傑の卵の柳田平治君
だらしのないマドロス君
房州から来た船頭の松吉さん
同じく清八さん
同じく九一さん
月ノ浦から乗込んだ平太郎大工さん
同じく松兵衛さん
漁師の徳蔵さん
それから、今はいないが、いつかこの船に帰って来るはずの
何の商売だかわからない七兵衛おやじ
それに、若君の登さん
つんぼの金椎君
さて、しんがりに
かく申す清澄の茂太郎も
これで男の端くれなんです
かく数えてみますると
この無名丸の中には
男と名のつく者が
都合十三人
それなのに女というものは
登さんのばあやさん
お松さん
それからもゆるさん
その三人きりなんです
十三人の男に
三人の女――
もし駒井船長が
理想の、人のいない島を求めて
そこに一王国を作るとしたら
いま申す
世界のドコかの国と同じような
女が不足の国になります
そうなりますと
女を奪い合わない限り
その割りふりがむずかしい
実際こんなむずかしいことはない
マドロス君だけが
もゆるのお嬢さん一人を占有して
それでいいと誰が言います
ですから
駒井船長の考えはエライけれども
早晩この間に
もんちゃくが起らなければ
起らないのが不思議です
いや、不思議ではない
もう起っているのです
それは誰々だと申しませんが
マドロス君一人が
いい気になっている
それを覘 っているものが
たしかにこの船には二人以上あるのです
わたしは
それを何とも言えない
マドロス君だけが
もゆるのお嬢さん一人を
誘惑してそれでいいと
誰が言います
早晩
はげしい争闘が必ず起ります
いや、もうすでに起りつつあるのです
白雲は、それを聞いた時に、この辺で発言禁止をしなければならないと感じて、これを現在
わたしたちが
一王国となして
乗込んでいる
この無名丸の社会と
引きくらべてみたら
どうでしょう
実際問題ですよ
御承知の通り
この船には
男が多くて女が少ないです
男は美男子の駒井船長をはじめ
豪傑の田山白雲先生
豪傑の卵の柳田平治君
だらしのないマドロス君
房州から来た船頭の松吉さん
同じく清八さん
同じく九一さん
月ノ浦から乗込んだ平太郎大工さん
同じく松兵衛さん
漁師の徳蔵さん
それから、今はいないが、いつかこの船に帰って来るはずの
何の商売だかわからない七兵衛おやじ
それに、若君の登さん
つんぼの
さて、しんがりに
かく申す清澄の茂太郎も
これで男の端くれなんです
かく数えてみますると
この無名丸の中には
男と名のつく者が
都合十三人
それなのに女というものは
登さんのばあやさん
お松さん
それからもゆるさん
その三人きりなんです
十三人の男に
三人の女――
もし駒井船長が
理想の、人のいない島を求めて
そこに一王国を作るとしたら
いま申す
世界のドコかの国と同じような
女が不足の国になります
そうなりますと
女を奪い合わない限り
その割りふりがむずかしい
実際こんなむずかしいことはない
マドロス君だけが
もゆるのお嬢さん一人を占有して
それでいいと誰が言います
ですから
駒井船長の考えはエライけれども
早晩この間に
もんちゃくが起らなければ
起らないのが不思議です
いや、不思議ではない
もう起っているのです
それは誰々だと申しませんが
マドロス君一人が
いい気になっている
それを
たしかにこの船には二人以上あるのです
わたしは
それを何とも言えない
マドロス君だけが
もゆるのお嬢さん一人を
誘惑してそれでいいと
誰が言います
早晩
はげしい争闘が必ず起ります
いや、もうすでに起りつつあるのです
「茂、もうでたらめをやめろ!」
六十九
「茂、もういいからキャビンへ行って寝てしまえ」
田山白雲は、茂太郎を甲板の下へ押しやって、自分は、なお
「お松さん、まだ寝ませんか」
「はい」
立派に起きて仕事をしているような緊張味のある返事です。ドアを少し開いて、
「まだ御勉強ですな」
「いいえ――少しばかり」
卓子に向って、お松は今まで一心不乱に物を書いていたらしい。物を書くというのは、何か原稿を書いていたらしい。卓子の上には
「何です、何をお書きなさる」
「船長様に言いつけられた写しものをしております」
「その写し物は何です」
と、白雲は少々押しを強めてみますと、
「いいえ、何かあちらの御本にあることを翻訳なさいまして……」
とお松の、要領を得たような、得ないような返答を、白雲はナゼか、なお少々しつこく、もう一ぺん押してみました、
「何の翻訳です」
「何の御本ですか、わたくしにはわかりませんけれど」
白雲もそれ以上は押しませんでした。
「まあ、勉強も度を越さないようになさい、眼をこわしてはいけません」
お座なりの忠告をして、そのまま扉を締めて外へ出ました。
そこで、白雲が、また少し考えさせられたことがあるのです。
お松さんという娘は、たちのいい
その予備感覚がなければ、お松のこの勉強ぶりに、淡泊無雑なる敬愛の念を持ち得たのだが、それがあったために、あの原稿紙が今夜に限って、真白な色にばかりは見えないのであります。
そこで、今もした通り、いつもよりは多少しつこく、それは何を書いているのです、写し物は何です、翻訳はいったい何種のものの翻訳? とまで、つきつめた駄目を押してみる気にもなったのですが、お松が書いている原稿そのものが、さいぜん聞かされた駒井氏の持論と、それから、無意識に茂太郎の反芻によって
そこで、田山白雲は、二度まで、つくづくと考えさせられました。
茂の野郎が、たとえ無意識の反芻とは言いながら、ああいうことを口走るのはよくない。口走る方には罪がないとしても、口走らせるに至る物象によろしくないものがある。彼が高唱する
しかし、茂公は茂公として、彼自身が意識していない
そう考えると、田山白雲は、どうしても、お松がいま一心不乱に筆写しているところのものの内容が、当然、駒井のさきほどの持論と、茂太郎の反芻と、必然的に交渉を持たない限りはないということを聯想せしめられる。茂太郎が高唱したものの、なおいっそう深刻にして
それを思うと、田山白雲は、いよいよ考えさせられるものが
駒井氏は、あれを翻訳し、自ら草稿を作ったり、或いはお松に
貞実無比の女性とは言いながら、まだ若い娘である。それで、ああいう大胆な世界的の性知識を、無遠慮にブチまけてよいものか、どうか。
駒井なればこそ、お松さんなればこそだが、その一端をでも、茂公の如きに盗み見られたり、小耳にハサまれたりした日には、すなわち今のような収拾いたし難き発声となって、遠慮会釈なくブチ
いったい、駒井氏という人は、道徳的の君子なのか、科学的の学徒なのか、その辺の差別がありそうでない。田山白雲は、二人の人格を信ずるけれども、お松が書きつつあった
七十
白雲も無名丸の警視総監として、今夜は特に多事多忙なるに昂奮を感ぜしめられつつ、その
茂公のやつ、あれほど言ったのに、まだこの辺にうろついている。
茂公ではないが、ちょうど茂公程度の小さいのが、柱の下にうずくまっていることは明らかで、それが急病にでもうなされて、起きも上れないのかと見ると、やがて半身を起して、両手を組んで高く差し上げたところを見ると、病人ではない。
白雲は、立ち止って、その挙動を仔細に凝視する立場になったのは、物体そのものにも
「
これは、支那少年の金椎君でありました。白雲はその金椎なることを受取るには、長い時間を要しませんでしたけれども、認められた金椎に於ては、白雲の
何事にか夢中になって、それで
両手を組んで、高く差し上げたかと思うと、再びそれを下に卸して、首を下につけた、というよりは、五体のすべてを投げ出して
彼は仰いで天に訴え、伏して地に訴えるの形をしているのだ。仏教でよくいう五体投地の形をしているのだ。つまり、天地神明に対して、身を以て
「金椎さんは、イエスキリストを信じています」
これは常に清澄の茂太郎が高らかに呼ぶところの
「いかにも、この少年はイエスキリストを信じている、イエスキリストというのは、つまり、キリシタンバテレンなんだ――だが」
白雲は、キリシタンバテレンに対しては、先入的に好感は持てないながら、なんにしても一箇の生霊が全心全力を挙げて、天地の間に
何とは知らず、骨までゾッとしたものに襲われて、この少年の挙動をさまたげてはならない――という気になって、粛然として息を呑んでいると、五体投地の少年の前面に、つまり、親柱の
七十一
金椎少年は、駒井の如く語らない、茂太郎の如く歌わない。だから、何が故に信じ、何のために祈るのだか、一向わからない。
駒井船長が語り過ぎるほど語り、茂太郎少年が歌い過ぎるほど歌う声の幾分をうつして、この信仰少年に語らせたいと思うけれど、それは思うに任せない。
どだい、田山白雲は、宗教には冷淡な男である。冷淡というよりは、認識がまだそこまで至っていないと見た方がよろしい。
或いは観音を的にし、或いは
だが、たとえ国禁なりといえ、この船の中に限って、この不具少年がひとり信仰している分には、歯牙にかくるに足りない。豊臣時代から、徳川初期のバテレンのように、
金椎少年はこの船の中で、ひとりキリシタンを信じている。暇があればキリシタンのお経を読み、感きわまれば到るところで、ひとり祈るの習慣を持っていることは、田山白雲も
安らかに祈らしてやれ、哀れな少年だ、
しかし、まあ、いったい、深夜早朝を問わず、かくも一心に何を祈るのだ。
どうぞ、神様、わたくしのこの口が人間並みに
お
不具な少年が、せめて人間並みになりたいという、それだけのものだろう――と、白雲はやはり、金椎少年の祈ろうとするものを、これだけの範囲に解釈している。浅草の観音様であろう、
白雲の認識では、これだけの同情しか持ち合わさないのだが、認識は認識として、感動はそれと別個の力で働いて行くのであります。
第一、この祈り方は、他のあらゆる多くの宗教の祈り方とは全く異っている。方法がちがっているのではない、心の向け方が異っている。一言に言えば、物を求むるの祈り方でなく、罪を謝せんとするの祈り方である。病を
この苦しさから救えという祈りでなく、この苦しさを十倍にして、この一身を罰し給えという祈りに見える。
こういう
七十二
仙台の
無人の平野大海の中へ陥没した人間を探ることは、ちょっと手のつけようがないようなものだが、人間である以上は、その生命線のために、その肺臓の生理作用のために、いずれの地点にか再び浮び上らないという限りはありません。
果して、数日にして、七兵衛の姿を、とある山路の岩の間に認めました。隠れることと、走ることのために生きているようなこの男は、追窮されて必ずしも
この地点が、どの地点であるかということを、地理学的に説明するのは、今の場合、困難なことです。七兵衛は地上を走ることには
たとえば、星を力に、或いは木皮の
とにかく、この地点に浮び上った七兵衛は、もうこのおれの足で、このくらい走れば、相手は鬼であろうとも、仏であろうとも、当分その足がつくおそれがないことを確信したればこそ、かくは浮び上ったものと思われる。だが浮び上った七兵衛は、さすがに多少のやつれと、疲労とを見せている。
かくして、この男は山をめぐり、谷を越え、なるべく人の足の踏んであるような山径をえらんで、ふと一つの山の尾をめぐると、俄然として眼の前に
本来、人里をめざして来たものだから、人間臭くなることは覚悟の前でなければならないが、これはあんまり人間が賑やかに出来過ぎていたために、いったんは立ちすくんだけれど、もう、どうにもならない。
山の尾をめぐって、ほんとに鉢合せでもしたもののように、眼と鼻の先に突き当ったのが天然風呂でした。沢になって小流れがあるところの岩と水の間を、
山の奥の温泉には、得てしてこういうところのあるのは、あえて珍しいことではないが、不意だものですから、七兵衛が
不意に現われた七兵衛の姿を、ちょっと見やったばかりで、あとはいっこう頓着なく、思うまま湯気と湯とにつかって、おたがい同士、何をか賑やかに話し合っている。狼狽はしたけれども、こうなってみると、七兵衛は退却する必要もなく、また
七兵衛も、なにげなく、ちょっと挨拶のような
度胸を据えて、そこの近くへ進んで行ったが、こちらが
ここに於て、七兵衛も安心しました。これは何という土地か知らないが温泉地だ。この辺で温泉は珍しくないと見えて、別個に宿を構えて営業するまでのことはない。地を掘れば湯が湧いて出る、その湯に
その一日の行楽だと知ってみれば、彼等の眼では、七兵衛といえども
ここで七兵衛も、すっかり安心したものだから、いい気になって、では自分もひとつ、この団体の臨時会員の一人に加えてもらおうと、抜からぬ
河の岸を掘りひろげた天然の浴場はかなり広いけれども、それに混み入る人の数も夥しい。
七兵衛はすっかり安心しきって、人混みに隠れて湯にぴったりとつかり込んでいると、おのずから周囲の人々の人情風俗がうつってくる。
そういう話を聞き流しているが、なにしろ辺土のことだから、そう七兵衛の耳を
いずれを見ても
と、山家育ちを売り物の七兵衛自身ですらが、苦笑するほどの連中ばかりです。ことほど、それほど、七兵衛も浮世離れした気分になって、多数の後ろで、悠々閑々と耳もとを撫でたり、また珍しくもあらぬ奥州弁の国自慢に耳を傾けたり、ここでなるべく多くの時間をつぶした方が都合がよい、この御連中も泊るとすれば、あの小屋の中へ
この場合、七兵衛は、思いもかけずいい気なものになってしまい、いささか
七十三
その芸づくしを七兵衛が聞いていると、お里丸出しの元気なのもあったり、或いは思いもつかない古雅な調子が交ったり、古い昔、江戸から
すでに夜も明け方になりしかば、武蔵坊弁慶は居たところへずんと立ち、いつも好む褐 の直垂 、水に鴛 の脇楯 し、三引両 の弓籠手 さし……
と、お能のよいはさつさ――天 の岩戸も押開く、神の社に松すゑて、すは三尺の剣 をぬいて、神代 すすめて獅子 をどり……
御自慢の獅子舞をここへ持ち込むものもある。飛び離れたのは、コレお半、ここは三条愛宕道 、露の命の置所 、草葉の上と思へども、義理にしがらむこの世から、刃 でも死なれぬ故、淵川へ身を沈めるがせめても言訳 、あとに残せしわが書置、さぞ今頃は女房が……
「泣けます」「泣けます」
ほめるのだか、
そこんところで、突然に現われた赤い
杉のスッポンコラ
槍のようで
さジョや、てんとさま
オカなかろう
七兵衛もおかしいと思ったが、右の素頓狂な唄が何の意味だかよくわからない。茂太郎式に
しかし、考えてみると、自分はこの数日来、足に任せて奥州の真暗闇を走らせられているが、昨日は餓鬼地獄の絵巻物を見せられたかと思えば、今日は歓楽天国の中へ投げ込まれたような心持もしないではない。餓鬼地獄の世界も変だし、歓楽天国も夢の中の世界であるように思われるが、こういうところへ置かれてみると、また悪い心持はしない。
裏宿の七兵衛といえども、人間並みに楽しいことは楽しい、嬉しいことは嬉しいに違いないが、それを人間並みに楽しむことに於ては、性癖がいつしか暗くなっており、人間並みに事を共にするには、進み方が早過ぎておりました。そこで彼は彼として、独得の生き方をしないことには、生きられないようになって、今日まで来ているのですが、そういう後天性を別にして、なんらの表裏のない一個の群集動物としてさし置かれてみさえすれば、彼もまた群集動物並みに無智無邪気に楽しむことができる人間だということが、この際に於ても証明されるというわけです。
すなわち、郷里及びその環境に於ては、七兵衛は、
ですから、この瞬間に於ては、七兵衛は、純粋に楽しいものを楽しとする子供心にさえかえることを得たので、自分もまあこうして馬鹿になって、みんなと共に楽しむことができさえしたら、永久に、どんなに仕合せであるか、とさえ愚痴を催すのもやむを得ない。
これより先、ふっと、この湯壺の中に、なんとなく七兵衛の眼を引立てるものがありました。といっても、別段、湯壺の中の人の数に異変があったというわけではない――湯壺の隅の川沿いの東の一角に背をもたせて、七兵衛と同じように耳もとをごしごしやりながら、テレ臭く湯につかっている一人の男がある――ことが気になり出しました。
七十四
ひとしきり芸づくしが終って、やがて、また第二の我に返ってみると、さっきのあの怪しい、東の隅の一角の男はどうなった。
とりあえずそれが念頭に上ったものですから、七兵衛は幾つもの人間の頭越しに、そちらを見ると、いる、いる。
しゃあしゃあとして、まだああしていやがる、うっかりこっちが有頂天になっていた間に、こっそり、こっちの顔色をうかがってでもいたかと思うと、そんな
気にかかる奴だなあ――
そのうちに、さしも芋を盛ったような、この天然風呂の浴客が、一人立ち、二人立ち、三人出る、五人出る、だんだんに湯から上っては手拭で
ぞろぞろと湯上りにかかるものもあるが、また相変らずじっくりと腰を湯壺の中に
こういう際に七兵衛は、どういう行動をとったらいいかということに少し惑いました。
湯上り組と共に、いったん上って、ふんどしを締め直したものか、それとも、もう少しここに踏み止まって、
はて、あいつが、ああして動かないでいる以上は、こっちも動けないぞ、裸で人の蔭に隠れて湯の中へ身を没している分には無事なようなものだが、さっと全身を
それにまた、おれは、いま御多分と一緒に飛び出してみたところで、第一あの白木綿の六尺の切りたての化粧まわしを用いているが、おれには、それがないのだ。お手のもので、人のをちょろまかして一時をつくろう分にはなんでもないが、それでは、すぐに馬脚が現われてしまう。
よしよし、このままで
いや、こいつは本物だ――と七兵衛が
こいつは本物だ、本物だ、只物ではねえ、只物でねえとしたら、別物であろうはずはねえ、こいつが、その仙台の仏兵助という奴に紛れもねえ――おれをつかまえて、すんでのことに縄をかけた奴だ。そう思って見ると、兵助を後ろに、左右に
ござったな――七兵衛は、それをそうと確認すると、かえって度胸が出て参りました。
こいつ、この七兵衛の向うを張って、先廻りとは
だが、そんな負惜みは、こうなってみると通らない、眼前に敵が大手をひろげていようというものを、癇癪玉だけでは済まされねえ、もうこうなっては、一かバチかあるのみだ、どう考えても、七兵衛まだこの辺で年貢を納める気になれねえのだから、こう手が廻っては仕方がねえ、へたに分別して、
まず、何はおいても裸で道中はならない。手早く、身近に脱ぎっぱなしてあった、団体客のうちから一人の衣裳を奪って、まず切りたての六尺木綿から手早く身に引っかけて置いての芝居と、立ち上ったところを、先方もさるもの、パッと一度に水煙、ではない、湯煙を立てて、
「御用だ!」
果して、胡麻塩頭の左右に
七十五
「ふざけやがるな」
七兵衛は左手で手拭を持って前を囲いながら、右手で有合わす小砂利を拾って眼つぶしをかけてみたが、それは、さのみ自衛にも、脅威にもなるほどの武器ではありませんでしたが、
その隙に――団体客の衣服を取って、せめて六尺の晒木綿だけでも身にひっかける余裕がなかったのです――かねて眼はくれていたのだが、五六の相手にやにわに飛びつかれてみれば、その目ざしていた衣裳場の小屋がけまで駈けつけるの前途を
ここで、長兵衛以来の珍しい湯壺の乱闘。あれは水野の屋敷で、どこまでも芝居がかりに出来ているが、これは青天白日の下、野天風呂の中で、一糸をまとわぬ野郎共の不意なる立廻り。
ことに一から十まで七兵衛の立場が悪い。しかし、前なる小屋がけの衣裳脱ぎ場へ飛びつけることを
すなわち、この男は、こうしてこの湯壺に納まったその寸前に、万一の場合を予期して、こうして、こう手が入ったら、ああして、ああ
果して、第一段の策戦は、まず衣裳脱ぎ場の小屋に飛び込んで、有合わす衣類調度をかっさらって身につけてから、という段取りでありましたが、不幸にしてその
しかし、あまりといえば意外に出でたのは、そのまま七兵衛がクルリと
飛ぶが如くではない、飛ぶことそのもの以上に素早く、七兵衛は右の女ばかりの湯壺に湯しぶきを立てて飛び込みました。
しかも、ここではさいぜんの女たちが、一人も湯上りする者がなく、羽衣を忘れた天女のような気分になりきって、皆々極めて平和に、極めて
七十六
この振舞には、追う者もあっけに取られたが、飛び込まれた、平和な羽衣なしの天人共の驚愕狼狽というものは、真に名状すべからざるものでありました。
逃げ後れたのではない、驚いて飛び立とうとする途端を、七兵衛の手で押えられてしまったのです。かわいそうに、逃げ後れた一人の娘を、いきなり湯壺の中へ
「静かにしな、お前を殺すんじゃねえから、ちょっとの間おとりになってくんな」
こう言って娘の子を一人、抑えつけた時に、例の追手がばらばらとはせつけました。
その時は、河原一帯、この野天の温泉場附近一帯が沸騰してしまったのです。
追手も沸けば、娘たちも沸く。団体客全体が、挙げて叫喚怒号して、この場へ
「喜代さんが、つかまった」
「喜代さんが、悪者になぐさまれる」
「喜代さんが、あれ、悪者にくびり殺されるよ」
「早く助けてあげておくれ」
「気ちがいです」
「気ちがいじゃな」
「喜代さんがおかわいそうに」
「あれあれ、なぐさまれます」
「あれあれ、殺されます」
七兵衛から見れば、果してこれは時にとっての機転、あらかじめ入る時に、出る時を制して置いた万々一の策戦の一つ、みんごと
だが、馬鹿だか、気ちがいだか、それを調査している場合ではないのです。とりあえず、その
湯壺の中で七兵衛に抑えられている娘は、この一行中で一番の器量よし、いちばん家柄のよい娘でありました。こういう場合にも、例の入るを計って出づるを制する七兵衛流の警戒ぶりは、かなり聡明に発揮せられている。取押えるにしても、屑は取押えないで、選りぬきのを取りおさえている。
これで見ると、最初、山の尾をめぐって、この湯壺の前を通りすがりに、はやこの中の女の数を読んで、選り取りにする場合はあれと、目星をつけていた七兵衛の眼力とすれば怖ろしい。しかし、言葉は人を食ったことほど実着なもので、
「皆さん、どうも、何ともはや、飛んだ御迷惑をかけて相済みません、わしは与兵衛と申す関東の旅の者でござんすが、こっちへ参りまして、よんどころない罪を着たもんでござんすから、お手先に追われて、この始末なんでございますよ――悪いようには致しませんから、まあ、ひとまず、お静かになすって下さいよ」
これが、はやり切った群集に向って、至極穏かな七兵衛の挨拶なのです。湯壺の中では、おたがいに身体の三分の二は隠されているとは言いながら、泣き叫ぶ娘の細首へ手拭を捲きつけて、それを左右の手に持ちながらの挨拶ですから、手のつけようがないのです。
ただ、娘が泣き叫ぶ声のすることによって、手拭の締め方が厳しくない――という安心があるだけのもの――
あれよ、あれよと言うばかりで、手も足も出ない一同に向って、七兵衛がまたおだやかに挨拶をつけ加えました、
「わしも、悪いことは悪いで、罰をのがれようとは申しませんが、何をいうにも今度のことは旅の出来心でござんしてな、ここでむざむざと捕まって、年貢を納めるには早いような気がしますんでな――それにまだいろいろと話をつけて置きたい心残りもあるんでございますから、それらを済まして、これでいいという場合でなけりゃ、お縄にかかりたくねえという身上なんでございます。でございますから、今日のところは見逃していただきてえんだ。そこで、お気の毒だが、このお娘さんを、ちょっとお借り申して、当座の人質というわけなんです、決して、皆さんの心配なさるような、殺すの、なぐさむのというもくろみじゃございません。つまり、皆さんが、どうしてもこの場で、わたしを召捕ろうとこうおっしゃるなら、
こう言って、群がり迫る人たちに挨拶を試みたが、青くなって静まり返った群集は、急に返答する者がありません。
七十七
こういう人質の手段は、あえて新しい手法ということはないが、こういう場合に、こういう手口で用いられると、いくら多勢であるからといって、ちょっとは手も足も、口も出すことができないのです。
しかし、一度は度を失うてなさん様を知らなかった人だかりも、いつまでもこうして馬鹿な顔をして、当面の芝居ばかりを見せつけられていられるわけのものではありません。
ことに、七兵衛を追いつめて来た水瓜頭の五六は、御用だ! と言った名目の手前、永く猶予するわけにはゆかない。犠牲の
そこで、
「まあ、お待ち下さいまし、あなた方がお向いなさると、あの子が身代りに殺されてしまいます」
「あの子を殺させては村方へ、わしどもが申しわけがございませぬ、わしたちみんな連れ合うて、機嫌よく出て来たものが、あの子一人を見殺しにして帰れますか」
「あの子の親たちにあわす
「罪もないあの子が
「どうかして、あの子をお助け下さいませ」
「きよちゃん、辛抱してな、わしたちがあんた一人を殺させやせんがな」
「お役人様、お助け下さい」
村の団体客が身を以て、捕方の行く手に押しかぶさるものですから、捕方もこれをもてあまさざるを得ない。
といって、あれをあのまま手を
たまりかねた娘っ子の身うちは、こちらから手を合わせて七兵衛の方を拝み、
「どうぞ、お泥棒様、その娘をお殺し下さいませんように」
「お金で済みますことならば、村方申し合わせて、いくらでもお金を集めて差上げます、どうあっても、その子を殺して下さいませんように」
「お泥棒様、もうし……」
一方は力を尽して捕方の迫ることを
そこで、湯壺の中の、当の人質の娘はと見れば、これはほとんど失神状態で、締められざるうちに気絶しているようなものです。七兵衛は落着き払って、この人質を扱いながら、一方油断なく、第三、第四の策戦を頭の中にめぐらしてはいるらしい。
ただ、それを囲む群集の
この兼合いの期間、やや暫し、後ろの方に物々しげな声があって、
「さあ、みんな、
と言って、人を押しわけて来たのは、親分の仏兵助であります。
七十八
「さあ、みんな退いた、一人残らず退いた、頭数ばっかり集まったって、脳味噌が働かなけりゃなんにもならねえ」
人を押し分けて来た仏兵助は、さっぱりした
ここで一同は鳴りを静めて、道をあけて通す。
そうすると、仏兵助は、その最前線にわだかまって、当の相手と、その手ごめの人質との当面に突立ちました。当面へ突立ったけれども、まず相手の当人には言葉をかけないで、左右を顧みて、
「一人残らず、あっちへ行ってくれ、話合いは一人と一人の
これは圧力のある命令でもあり、本来、奥州切っての大親分と聞えた仏兵助の
暫くして湯壺のあたりは、全くの物静かさを取返してしまい、ただ人質の娘っ子の
「七兵衛さん、あんまり
一抱えの衣裳、旅の品を小脇にかいこんだ仏兵助は、そこで、七兵衛に向って、まず穏かにこう呼びかけました。七兵衛もやさしく受答えして、
「お言葉通り、こんな年甲斐のない
「こりゃ申し遅れました、わしは仙台の兵助と申すやくざの
「これは恐れ入った御挨拶でござんす、お前さんが、音に聞く仏兵助さんとおっしゃる親分さんでござんしたか。だが仏のお名前に似合わねえすごいお腕で、あんまり旅の者を
「いや、お言葉でげす、なにもお前さんを苛めるのなんのと、そんな
「男ずくで、どなたにか頼まれなさるお前さんなら、男ずくで、わたしの方の力になって下すってもいいじゃございませんか、わしゃ、しがねえ旅の者、見のがしておくんなさるのが慈悲というものじゃごあせんか」
「なるほどな、実はね、七兵衛さん、わしも一旦は、仙台の役人から頼まれてお前さんを追いかけてみたけれど、今じゃそれ、舞台が変って、お前さんを助けて上げてえがために、こうして追いかけているのさ。わしの親心がおわかりかえ、武州青梅裏宿の七兵衛さん」
「二言目には、七兵衛さん、七兵衛さんと、
「これには、なかなか深エ仔細があるのさ。で、この通り、人を払ってお前さんと膝づめの
「話があんまり
「御冗談をおっしゃい、いかに何でも仙台の仏兵助といわれる男が、男ずくの対談に、そんな卑怯な手は用いられねえよ」
「じゃあ、親分、この娘っ子を放せば、わしがところを一番、きれいに見逃しておくんなさるか」
「御念には及ばねえ、かわいそうに、罪もねえ女の子を、永くそうしているうちにゃあ、手を下さねえでも死んじまわあな、今のうちに放してやってくんな、お前さんの身上は、わしが請合うよ。いや、請合うまでのことはねえのだ、仙台の方でも、今じゃあ表向、お前さんの罪を問わねえことになっていて、兵助、お前行ってそっと逃がしてやれ、こういう風向きになっているのを、お前は知るめえ」
「知らねえな、そんな旨い話になってるなら有難いんだが、出来心とは言いながら、お家の宝蔵に手をかけたこの七兵衛だ、お前さんも捕まえなければ男が立つめえし、つかまった以上は首をとらなければお役向も
「そのことだ、正面を切って辞儀をし合うのは、今日はじめてのお前さんに、さし当り、手証といっては何事もねえが、ことわけだけは一遍ここで話してお聞かせしよう。そもそもお前さんという人を、宝蔵破りの大罪人と追いかけてみたのは、当座のこと、今はお前という人が、駒井能登守様の身内だと聞いて、それから扱いが変ったのだ。駒井能登守様は何か仙台のお家と浅からぬ因縁がおありなさるそうだ、で、そっちの方からお前の
七十九
「なるほど――」
そこで七兵衛が少し考えさせられました。第一、自分の名を七兵衛と呼びかけて、あらかじめ
「というようなわけで、駒井能登守様とおっしゃるお方は、御自分のこしらえた船を、月ノ浦に泊めて置かっしゃるが、仙台のお家では、駒井様には充分の好意を持ちながら、それを長く領分内に泊めて置くということは
「へえ、そうですか、では駒井様のお船はもう、仙台領の月ノ浦とやらにはいらっしゃらねえんでございますか、そうして、どこへ行きましたか」
「そこだ――月ノ浦をお立ちになった駒井様のお船はね、仙台領を乗り出すと、表向は江戸の方へ帰るというおふれ込みでしたがね、本当のところは
「釜石の港というのは、ドコでござんすかね」
「さあ、その釜石の港を言うまでに、ざっとこの辺の地理を言ってお聞かせ申さにぁなるめえ。七兵衛さん、お前さんの足の早いには恐れ入ったが、地の理の暗いのには
「そりゃ、そうでござんしょう、奥州安達ヶ原の、もっともっと奥へ、こうして追い込まれてみりゃ、一寸先の地理はまっくらやみさ、だからこそ、お前さんに
「地の理には勝てねえ理窟で、お前さんにおちどはねえ、だから、言って聞かせて上げるが、このお湯はね、奥州花巻の奥の
「台の
「これから、ずっと南へ二十里ばかり下ると、そこがそれ、釜石の港というのへ出るたあ、仏様なればこそ知っているが、お前さんには全くお先真暗も無理はねえ」
「何とおっしゃる、これから二十里南へ下ると、その釜石の港というのへ出るんでござんすか」
「ござんすとも。そこの釜石の港へ行きさえすれば、多分もう駒井能登守様のお船がちゃんと仙台沖から到着して、
「なるほど、そう聞かせてもらってみますと、お前さんの言うことはどうやら筋が通っている」
「筋の通らねえことは言わねえ、だから、わしは、お前さんを、その駒井様のお船まで送り届けてやるわけにゃいかねえが、趣向をして落してやりてえと思って、わざわざ先廻りをしてここへ来ていたんだ、悪くうたぐらねえようにしてな」
「全く、筋も通るし、話もわかっているようだが……」
「筋が通り、話がわかると知ったら、何はともあれ、その娘っ子を放してやってくれめえか、それからあとは男と男の
「ようし、わかった……じゃあ、この娘っ子に窮命をさせることは、もう取止めだ、お前さんに引渡す」
「よく言っておくんなすった、多分、そう言っておくんなさるだろうと思って、この通り娘っ子の衣裳も持って来たよ」
「兵助親方――御苦労さまでした。さあ、姉や、もういいから心配しなさんな、なにもお前をなぐさもうのなんのと思って、こんな罪な
と言って、七兵衛は、女の子の首へ捲きつけた虚勢の手拭を
「わっ!」
と大声に泣き出して、無闇に駈け出すのを、兵助親分がつかまえて、見苦しからぬように衣裳を与えるのを、お礼どころか、ひったくるようにして、こけつまろびつ小屋がけの方へ駆けて行ってしまいます。
八十
それから後、暫くあって、雑木の多い山路を、仏兵助に導かれて歩み行く七兵衛を見ました。
人通りのない山路を、ただ二人だけが静かに歩いて行く。二人ともに笠から
かくて二人は、無言で、長い山路を飽かずに歩んで行く。兵助の足どりが尋常である如く、七兵衛も決して、それとはやきを
二人とも容易に口を開かない。始終沈黙して、幾時かの間を歩いて来たが、とある山路の芝原のところへ来ると、兵助が、
「ここが仙人辻というところです、一休みやらかして行きましょうかね」
「それがようござんしょう」
ちょうど、この草原には、二人が相対して休み頃な石ころがある。それへ腰をかけて、二人とも同時に
「さあ、おつけなさい」
「これはこれは、どうも」
七兵衛の接待心を兵助は有難く受取って、二人が仲よく一ぷく
「時に、七兵衛さん」
「何です、兵助さん」
「物は相談だがね」
「ずいぶん……」
「どうでしょう、わしゃ、つくづく、この山路を歩きながら考えたんですがね」
「はい、わしもなんだか、考えさせられちゃいました」
「わしの考えというのはね、わしも、お前さんも、もうこの辺が見切り時じゃねえかと、こう考えたんだがね」
「そうして、これから、どうしようとおっしゃるんですかね」
「わしゃ、これから、釜石道のわかり
「
「仙台の御牢内へ帰るんですが、ほかの罪人と違って、わしゃ仏扱いをされるくらいなんだから、そのうちお
「そりゃ、結構なお話です」
「悪いことという悪いことをしていながら、仏の
「そのこと、そのこと」
と七兵衛は景気よくあいづちを打って、
「わしも御同様さま、餓鬼の時分から悪知恵が人並に生れ増したところへ、この足のはやいというやつが全く魔物でしてね、これをいい方へつかって、飛脚屋渡世でもして納まっていればいいやつを、世間の奴があんまりのろのろに見えてならねえものだから、この通り、道を踏みはずしてしまいやしたよ」
「そこへ行くと、おたがいに話がピッタリ合うというもんだ、仙台のお奉行から、お前さんをつかまえてくれと頼まれた時、わしゃ言いましたよ、わしが今日まで見たところでは、
「わしゃ、その、親には運が悪いんでしてね、お前さんのように、結構なお徳人を親に持ったと言いてえが、それが言えねえ。だが、お言いなさる通り、この年して、ともかくもこうして、
「そうさ、この
と言って、仏兵助は、自分が
「七兵衛さん」
と、その剃刀の紙を巻きほぐしながら、兵助が、
「お願いだがね」
「何ですか、兵助さん、いやに改まって気味が悪いようです」
「わしの、この
「こりゃ
七兵衛も、あまりの突然な兵助の言い分に面喰ってしまうと、
「とても、わしなんぞは善智識に得度をしてもらうような果報の者じゃねえ、いっそのことお前さんにお願い申して、ここでひとつ、この髷をちょんぎってもらって、それで後生往生の門出とこう腹をきめたんです、どうかひとつ頼みますよ」
と言って、兵助が七兵衛の前へその剃刀をつきつけたものです。
八十一
しばらく
「うーん、こりゃ、よくおっしゃっておくんなすった、そういうことは、こっちが先に気がつかなけりゃならねえことなんです、恐れ入りました、兵助さん、よくお心持はわかりましたから、暫時お控え下さいまし」
「心持がわかってさえもらえば、遠慮をなさることはねえ、どうぞ頼みますよ」
「まあ、お待ち下さい、お前さんにそこまで腹を見せられて、おいそれと剃刀が取れるわけのものじゃございませんわね、申し遅れて恥かしいが、わしの心持も一通り聞いておくんなさい」
と言いながら、七兵衛は自分の被っていた笠の
「いかにも、お前さんのおっしゃることがわかりました以上は、そのお頼みとやらも快く聞いて差上げますよ、だが、その前に、わしが心持も見ておもらい申してえ、また、頼みも聞いておもらい申してえ、というのはほかじゃござんせん、お前さんが今おっしゃったお言葉通りのお頼み、まずわしが方から先に聞いていただきてえんです」
「と、おっしゃるのは?」
「お前さんのお頼みは、あとで必ず果して上げますから、その前に、わしがこの
「なるほど――そうおっしゃるのは、いかにも七兵衛さんらしいが、そいつはいけねえ、人の趣向を先取りなんぞは、人が悪いというものだ、お前さんが、すんなりわしの頼みを聞いておくんなさった上は、わしもなんだかお
「そいつはいけません、わしゃお前さんから助けられた命だ、いわば仙台へ来て、お前さんに繋がれたこの首なんだから、この首の引導は、ぜひ、お前さんへ先にお頼み申さなくちゃならねえ」
「いや、そういう義理にからまるわけのものじゃねえ、どっちにしたところで、
「いけません、今日のところは、兵助さん、お前さんがこの七兵衛の導師なんだ、わしから先に剃刀を当てる法はねえ」
「ところが、失礼だが、お前さんの方がわしよりいくらか年上かも知れねえ、
「そういうことは、年にかかわるものじゃござらねえ、ここは、兵助さん、お前がまず、わしの頭へ手を下しなさるところなんだ、どうあっても、七兵衛が先に、お前さんのお
「それじゃ、この剃刀の引込みがつかねえ、せっかくの
「引込みのつくようになさいと申し上げているんじゃございませんか、発心が水になるどころじゃございません、お前さんの発心が、立派に二つになって実を結ぶという道理を、聞き分けておくんなさい」
そこで二人は相対して、また沈黙の形となりました。かなり長い時の間、二人はまた考え込んだ形で、だまりこくってしまいましたが、七兵衛がどうしても譲って
「よろしうがす、そういう次第ならば、七兵衛さん、わしが言い出し
「有難い――ほんとうに、願ってもねえ善智識でございます」
「
「どうか、さっぱりとお頼み申します」
「南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏」
二人の口から、あんまり言い慣れない
兵助はついに剃刀を取り直しました。
まもなく、まだ黒い血の塊をでも臓腑の中から取り出したもののように、七兵衛の髷っぷしが兵助の手に取り上げられる。
「七兵衛さん、どうも失礼をいたしました、では、これこの通り――このしるしは、わしがしっかりといただきますぜ」
「有難い、有難い」
「では、七兵衛さん、こんどはお前さんに引導を頼むのだ」
「頼まれ
兵助の手から剃刀を受取ると、今度は七兵衛が立ち上り、兵助は、七兵衛が前にした通りの姿勢をとって、正面にうずくまりました。
「南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏」
どちらからともない、たくまざる念仏の声、まもなくすっぱりと、兵助の髷っぷしは七兵衛の手に挙げられてしまいました。
「おしるしをいただきます」
と言って、七兵衛は、兵助がした通り、切り取った兵助の髷っぷしを押しいただいて、ふところへ納めました。
八十二
こうして二人は、おのおのの髷っぷしをおのおののふところの中に納め、残った頭上の余髪は手拭でていねいにあしらって、その上へ笠をいただきながら、
「へんてこな
苦笑しながら笠の紐を結んでいると、後ろの方で、にわかに人声が起りました。
今も蓮生坊と言ったあやかりでもあるのか、後ろの方で、
「仙台の親分――仏の親分様」
わめく声は明らかに聞きとれるようになりました。
「聞分けのねえ奴等だ」
立つ時に子分共にあれほど言い置いて来たのに、なまじ心配になると見えて、あとを慕って来やがったか、ちぇッ! 兵助はこうつぶやいていると、まもなく、木の間の茂みを分けてそこへ姿を現わした一隊は、案の如く数名の子分共と、それからあとは湯治の団体客の一群、それが真中に急仕立ての一梃の
「親分、済みませんが、おあとを慕って参りました、よんどころない仕儀が出来まして」
「野郎共、あれほど断わって置いたのに、ナゼ来た」
「まあ親分、聞いておくんなさいまし……」
「親分様――わしが一通り申し上げますから、まあ、お聞きなさって下さいまし」
兵助の子分と、附添の村の老人とが、ハッハッと息をつぎながら、兵助に向って、何をか言わんとして言い切れない、事の
それは、お雪ちゃんが振袖姿で胆吹を下って長浜へ出たのとは事変り、右の娘は否応なしに、この駕籠へブチ込まれて、やっさ、やっさと大勢のために
「親分――いったん男に肌を見られた女は、もう、ほかへお嫁に行けねえんだそうでございます」
子分の一人が、だしぬけにこう言い出したものだから、兵助が、
「何を言ってやがる」
そうすると、年役の老人が、
「まあ、親分、お聞き下さいまし、わしらの土地の昔からの習わしでございましてな」
「ふむ」
「昔からのならわしでございまして、娘のうちに男に肌を見られたものは、どんなに身分が違いましょうとも、年合いが違いましょうとも、その男よりほかへは行ってはならねえことになっているんでございます、見たものも因果、見られたものも因果でございまして」
「何だと、何とおっしゃる?」
「そういう
「ナニ、何とおっしゃる?」
「それのみじゃございません、怪我にでも一人の女の肌を見てしまったものは、否が応でも、その女を自分のものにして面倒を見なけりゃならねえおきてになっているのでございます、それをしなけりゃ村八分、いや、
「何だ、何だと、おかしな習慣もあるもんじゃねえか」
兵助も
「わしらが方では、名主様のお嬢様がお湯に入っているところを、雇人の作男がふと見てしまったばっかりに、そのお嬢さまは隣村への縁談が破談になり、その雇男を、夫に持たなければならなくなってしまったことなんぞもございます」
「
と七兵衛が口をさしはさむのを、
「何を申しましても、村の昔からのおきてなんでございまして、このおきてを破ると、孫子まで恐ろしい祟りがございます、そうして、現在、この子はあなた様のために、あの通りの目に会いました、善い悪いは別にいたしまして、これがこの子の運でございます、もうこの娘は、あなた様よりほかに面倒を見ていただく人はございませんから、御迷惑さまながら、どこへでもこの娘をお連れなすっていただきたいのでございます」
「な、な、なんですって」
七兵衛は眼を
「もし、あなた様がこの娘の面倒を見て下さらなければ、この娘は死ぬよりほかは行き場所のない子なんでございます」
「な、な、なんですって」
七兵衛は、続けざまにせき込んでしまいました。兵助もまた、あいた口が
八十三
紀州の
「又西洋一流ニ、水ニ溺レタル婦女ハ、必ズ救ヒクレタル人ヲ一生嫌フモノニ候、オ角トイフ興行師ガ、房総海ニテ難船シ、浜ヘ打上ツタ所ヲ駒井甚三郎等ニ見出サレ、介抱サレ、引取ラレ、忽 チ駒井ニ愛恋スル所アリ、コレハ西洋流ニ申セバ有リ得ベカラザル事ニ御座候、日本ノコトハ知ラザルモ、難産ヤ、子宮患ナラ、命ヲ救ヒクレタル医者ヲバ、其婦人ハ一生嫌ヒ、途上ニ会フモ道ヲ避ケテ通レル事、何カノ川柳ニ見及ビタル事アリ、小生ノ宅ノ筋向フノ淵下(明治八、九年迄)毎夏入水 ノ女アリシ、小生何事モ知ラズ走リ行キ見ルニ、女ノ屍ヲ発見セシ男又ハ見物ニ来タル男ハ必ズソノ秘部ヲノゾキ見ルナリ、コンナ心配アル故、一生溺レタ女ハ救ヒクレタル男ヲ避ケ嫌フ事ハ、日本モ西洋モカハリナキト存候、尤 モアイリッシュノ婦女ナドハ、裸体ヲ見ラレ、浴場ヲ覗ハレタ上ハ、必ズ其男ノ申シ出ヲ拒マズ、川村トテ明治十八、九年、米国ニ留学セシ男ガ、アイリッシュノ若キ女ノ入浴ノ処ニ行合ハセ、別ニノゾカザリシモ、ソノ女ニススメラレ結婚シ、ソレヨリ非常ニ淪落シ、窃盗罪デ告発サルルニ到リシ事アリ、コレハ既ニ見ラレタル上ハト焼ケ糞ニナル事ト存候(印度モ同風アリ、賤民ガ死人ノ中ニ臥セル所ヘ、方術ヲ修メニ行キシ王女ガ既ニ裸体ヲ見ラレタル上ハト王ガ、其王女ヲ乞食ノ妻トセシコト仏経ニ見エ候)」
いずれにしても習慣の圧力は大きい。すでに白日の下で、衆人の環視する真中で、男に肌へ手を触れられたことは隠す由もない。それは相手が全く見ず知らず、しかも入れかわり立代り事情を述べる一隊の者の口上を聞いているうちに、さすがの七兵衛も、全くむせ返ってしまわざるを得ない。辞退すれば
おおかたの場合に窮するということを知らぬ七兵衛も、今ここでは、全く逃げ場を失って、思慮分別が及ばなくなりました。かなわぬ時の
「兵助さん――お聞きなさる通りだ、全く以て、こればっかりは挨拶のしようがござんせん、親分、何とかひとつ頼みます」
頼むと言われて後へは引けないはずの兵助も、この頼みは、よし引受けたと言い切れませんでした。七兵衛が衆に向って挨拶のしようがない如く、兵助は七兵衛に対して返事のしようがない。
しかし、誰か何とかきっかけをつけなければならない。眼をつぶっていた兵助は、この時、ブルっと身震いをして立ち上り、
「せっかくだが、こういう挨拶は、わしにも不向きだ、まあ、降りかかった災難だから、御当人が身に引受けるほかには仕方がござんすめえ。仕方がねえから、娘っ子を連れて釜石までおいでなせえ、釜石へ行けば、お前さんを乗せる船が、ちゃあんと着いて待っている、その船にゃ……こらとらより、ずんと優れたエライ方がおいでなさるんだ、その方に相談して何とか始末をつけておもらいなせえ、この
こう言ったのは、まさしく七兵衛の頼みを正面から突っぱねたもので、同時に兵助は群がる人を呼んで、
「な、お前さんたち、こいつはおれには口がきけねえから、お前たちの方で、この方を釜石の港までお見送り申しな、そうして、今いう通り、そこに結構な大船が着いてござる、その中には、日本一の知恵者がおいでなさるんだから、そちらへ行って、ともかくも申し上げてみな――わしゃ、これで御免を
兵助は、すっくと立って、あとをも振返らずに、たった一人出て行ってしまいます。その袖に
八十四
百姓を斬って、
だが、仕方がない、動くのは危険だが、こんな
やむなく、
ややあって、彼等は墓地の真中どころと
「どっこいしょ」
と言って、そこへ何物かを卸して、同時に丸くなって
ところが、その、あいつらの仕事にかかるまでの時間が
「あしたあ、また、浪人者が八人ばっか、斬られるだあ」
「八人斬られるかね、そりゃ、近ごろの大漁だ、穴の方もそれだけでっかく掘らざあなるめえ」
「そうだ、こねえだの
「近ごろは、浪人者も、でえぶおとなしくなったらしいなあ」
「そりゃ、
「掃部様の時代は
「凄かったあぜ、今日も、明日も、浪人共の首斬り、さらし、
「浪人がおとなしくなったじゃあるめえ、お役人の方がなまくらになったのじゃあんめえか」
「そりゃ、そうだ、近頃ぁお役人がなまくらになっただあ、浪人者の方は、いい気になって、いよいよあばれ廻ってるだあ」
「薩摩っぽうが、一番たちが悪いちうじゃねえか」
「ううん、長州の方が、もう一層たちがよくねえんだとさ」
「町奉行の方が、浪人者に
「掃部様はエラかったよ、浪人者のめぼしい奴は、片っぱしから引っとらまえて、御三家であろうと、大名であろうと、公卿侍であろうと、容捨はなかったあ、掃部様は豪勢だったよ」
「あの時にお前、やられた侍のうちにゃ、またエライ奴がいたんだてな、長州の吉田寅次郎だとか、越前福井の橋本左内だとか、梅田うんぴん、なんて手合は、ザラにあるインチキ浪士とは違って、惜しい人物だって、みんなが言ってるが、そんなのを片っぱしからとっ捕めえて、命乞いがあろうがなかろうが、
「そうだ、そうだ、このごろの浪人共ののさばり方といったら、いってえどうだ、旗本の意気地なしときたらどうだい」
「全く
「そうだとも、旗本八万騎が何だい、旗本がすっかり骨無しになっちまったから、浪人がのさばるんだな、徳川の世も、こうなっちゃいよいよお
「時勢が変動するよ」
それを聞くと、神尾主膳はムッと聞き腹です。
神尾主膳は、追われている自分の身の危険を忘れて拳を握り、髪の毛を立てて怒りました。
八十五
しかし、いくらなんでも、この際、飛び出して、隠亡相手に喧嘩を買って出るほどの無茶も
「もう一ぺん掃部様が出て来なくちゃ駄目だな」
「そうだ、もう一ぺん掃部様が出て来て、浪人共に目にもの見せてやらねえことにゃ、将軍様が持ちきれめえ」
「いよいよ江戸が将軍職を持ちきれねえとなると、天下はどうなるだあ」
「そりゃ薩摩にやられるだろうてことだぜ」
「薩摩っぽうが天下ぁ取るのか」
「そうよ、薩摩っぽうは、昔から徳川の天下を
「いいえ、薩摩より長州の方が
「太え奴等だな」
「太え奴等だが、こう旗本が意気地がなくっちゃあ、本当に天下を取られてしまうかも知れねえぜ」
「危ねえもんだ」
「どっちでもいいや、薩摩とか、長州とかが天下ぁ取った日にゃ、徳川様ぁどうなるだ」
「この江戸の町はどうなるだ」
「そりゃ、徳川家は亡びるのさ、江戸の町はみんな焼かれて灰になっちまわあな」
「そりゃ大変だ」
「そうなると、お
「なあに、おいらたちなんざあ、隠亡の仕事がなければ、また何か
「そうだ、徳川が亡びりゃ、八万騎の旗本の知行が上ったりだ、そうすると、八万枚の
「くさやの干物なら、いつでも値売れがするが、旗本の干物はあんまり売れめえ」
「意気地がねえなあ」
「ほんとに、ひとごとじゃねえ、腹が立つよ、八万人もいたら、薩摩や長州の一つや二つ、何とかなりそうなものじゃねえか」
「ところが、何万枚あったって、いかやするめと同様、骨がねえんだからやりきれねえ」
「骨がねえのかな」
「骨っぽい奴がいねえんだよ、第一、この間の長州征伐を見ろ」
「うん」
「長州征伐でもって、将軍様が出かけてさ、関ヶ原この方の大軍を[#「大軍を」は底本では「大軍が」]集めたのはいいが、
「そればっかじゃねえ、箱根の山へ行くと、もう足が棒になって、一足も歩けねえなんていう旗本がザラにあった、あれで、鎧を着て戦争をしようてんだからスサまじい」
「そこへ行くと、長州には高杉晋作なんてエラ
「そうなっちゃ、もう、士気が振わねえから、
「旗本が駄目なんだ――だが、長州というやつも図太いなあ、てんで将軍様を
「それにお前、この骨ヶ原で、あの、それ、吉田寅次郎がお
「そうすると、徳川が亡ぼされて、江戸が灰になって、旗本八万枚の干物が出来るのも遠からずだあな」
「遠からずだあ」
神尾主膳は、もはや我慢なり難く思いました。ところが人里を離れた骨ヶ原の中で、往来の人もない、聞く人もないと思って、出放題も程のあったものだ。
「コラ、無礼者、貴様たち、言語道断の
こう言って、闇中から
隠亡共を叱り飛ばすと共に、神尾主膳もそれと反対の方面へやみくもに逃げ去りました。
八十六
それから、神尾主膳は、どこをどうしたか、翌朝は根岸の三ツ目屋敷に戻って来て、思いきり朝寝をして、日のかんかんする時分に、やっと眼が
眼がさめたけれども、主膳は容易に頭を上げません。この人は、そう早起をする男ではないけれども、眼が醒めれば直ぐ人を呼んで、何かと仕事を命ずる癖のある男ですが、今朝に限って、眼がさめたに拘らず、自ら起き上るでもなければ、人を呼ぶということをいたしません。
ぽっかりと眼をあいて、夜具の中で天井を見ているだけです。
本来ならば、昨日来、あんな行いをしでかし、あんな目に
「ああ、ああ、ああ、ちぇッ」
という号音が起りました。
神尾主膳は、ぽかんと天井を
「うむ、うむ、うむ、おりゃ、死ぬよ、死ぬよ、おれは徳川のために死んでみせるよ、誰が何と言おうとも、おれが一人、江戸の城を枕にして、この槍を
とうなりました。
これは
昨夜、骨ヶ原から、夢中で、どこをどう通ったか、自分ではかいもく自覚しないながら、とにかく根岸の里へ転げ込んで、あやまたず我が家へ逃げ込んだことは、夢でなくして夢同様であって、自分で自分の行路がわからないけれども、その間、この頭が烈火の如く燃えさかっていたことだけはよく覚えている。その燃えさかる憤怒の一念で頭がいっぱいであって、走る足は
彼は何をそれほど憤ったか、
神尾は、隠亡風情の侮辱を、火のようになって憤ったが、その鬱憤を吹っかけるに相手がなかった、酒がなかった。
そのまま、紛々乱々として、辛うじて眠りについて今朝になってみると、酒の気が抜けていたせいか、変に気が弱くなっている。弱くなったのではない、考えさせられるものがあって頭が重いのだ。
事実、果して今の徳川の天下は、あいつら隠亡共が、骨ヶ原の一角から見たような世相になっているのかしら――おれは時事問題などに頓着はない、なあに、三百年来の徳川だ、神祖の威光を以て天下を預っている徳川だ、西国方の大小名どもが束になってかかろうとも、歯が立つものか、
徳川を倒して、第二の幕府を作るものは薩摩だと、あの
事実、そういう場合になったとしたら、おれはどうなるのだ、おれは先祖以来の家格を棒に振ってはいるけれども、それでもこうしてのさばって生きていられるのは、江戸というものがあればこそだ、甲府勝手にも廻されたし、知行所へ押込め隠居にもさせられたが、結局、江戸という後ろだてと家格があればこそ、こうして自堕落にものさばっておられるが、万一、江戸が灰となった日には、どこへ行って、どうして生きるのだ。
神尾主膳は、それを今、考えさせられているために枕が上らないので、およそ神尾として、今日まで、さきからさきを考えて生活したというようなことはない。それが珍しく将来の生き方について考えさせられているために、頭が重いのです。
ずいぶん長い間、こういう姿勢を以て、身動きもせず天井を見つめていたが、またも、霧を吹くような吐息をついて、
「なあに、死ぬよ、死ぬよ、その時になれば、おれは誰よりも先に、江戸の城を枕に死んでみせるよ、腕のつづく限り、この槍一本が砕けるまで突きまくって、死ぬよ、死ぬよ、ちぇッ、薩摩、長州の
八十七
神尾主膳をして、極めて順当に、「おれは徳川のために死ぬよ」の言葉を発せしめたのは珍しいことです。この珍しい素直さを取戻してみると、それからのこの男の頭が驚くばかり
神尾は、いよいよ珍しくも、外へ向って発する鬱憤を、内に向って
こうなると、神尾の頭はいよいよ重い。もう酒を呼び疲れている。さりとて、飯を食う気にもなれない。起き上る気にさえもならない。
神尾の三つの眼が天井に向って、或いは燃え、或いはうつろのように冷え切って見つめている。日は高くのぼったが、どうやら曇り日になったらしい。門がとざしてあるから、今日は子供らも近づかない。主膳はやがて少しくまどろんだ。まどろんだ時間がどれほどであったかは知らないが、中ごろで不意に呼びさまされた。
「殿様……殿様」
二声つづいて呼ぶ声を、うたたねの小耳にはさんだから神尾主膳が、
「誰だ」
「
「鐚か」
「鐚でございます」
「鐚、貴様も生きていたか」
「殿様も御無事でいらっしゃいましたか」
「そこをあけて
「はい、殿様――この通りの面でございます」
隔ての
「どうした、鐚、その面は……」
「これと申すも、誰を恨みましょう、みんな殿様の為させ給う業でございます、今日は恨みに上りました」
「ふーん」
と神尾は、ガスマスクのように繃帯した鐚の面を見直したが、今日は滑稽な感じがしない。
「恨めしいやら、
「とにかく気の毒だったな、おたがいに昨日はあぶなかったよ」
「そのお言葉で、鐚はもう成仏でございます、本来、忠義骨髄の鐚の儀でございますから、殿のお為めならば、この面なんぞは三角になりましょうとも、いびつになりましょうとも――そんなことを気にかける鐚ではございませんが、それにしても、あれはかわいそうでございましたよ、水戸在のあのお百姓は、かわいそうでござんした」
「うむ」
「あれは、たしかに殿様の方が御無理でござんしたな、百姓なるが故に憎い、憎いが故に斬らざるべからず、これでは立つ瀬がござんせん……」
「言うな、言うな、そんなことはもう言って聞かせてくれるな、それよりは、貴様にそれだけの怪我をさせたのが
神尾主膳は、寝ながら、こちらを向いて
八十八
「では、まあ、お言葉に甘えて、遠慮なく……殿の枕席にいや、どうも、お新造のおぬくもりのお夜具蒲団を拝借に及びまして、鐚、恐縮……」
鐚は神尾の指図に甘えて、言われた通り隣室の戸棚から、お絹が専用の夜具蒲団を取り出して敷きのべながら、蒲団へ鼻を押当てて臭いを嗅ぐような仕こなしまでしながら、
「では、御免を
減らず口を並べ、ぬくぬくともぐり込んで、頭ばかりを夜具の上に出して、主膳の方に向って、繃帯だらけの面に眼をぱちくりさせていると、神尾主膳は仰向けに寝て正面を切りながら、
「鐚、おれは今日まで、市井一般の暗い方の世の中は、ずいぶん見飽きるほど見ている身だが、眼をあげて、天下の大勢という勢いを見る暇がなかったんだ、どうだ鐚、今、天下の大勢はどうなっている」
「これは驚きました、鐚に向って、天下の大勢をお問合せになる――これは驚きました」
「驚くがものはないよ、貴様だって江戸ッ児の端くれだろう」
「江戸ッ児、江戸ッ子、まことにその通り、こう見えたって、鐚は江戸ッ子のキチャキチャなんでげす、端くれはお情けねえ」
「チャキでもキチャでもそれはかまわんが、貴様といえども、いやしくも江戸に生れ、三百年来、直接に徳川のおかげを蒙って今日にありついている一人だろう」
「いや、いよいよ事重大になりにけり、左様に、四角張って戸籍調べを遊ばすまでもなく、鐚といえども三百年来の江戸の土虫、まさにその通りでないと誰が申しました」
「よし、まさにその通りとしたら、もしここに、仮りに徳川の天下が亡びて、この江戸中が灰になってしまったら、どうする」
「いや、こいつはまた、事重大を過ぎて、まさに破滅の時代とはなりにけり、
「仮りにだな――薩摩とか、長州とかいう
「鐚なんぞをつかまえて、そういう試験地獄におかけあそばすのは罪でございますよ」
「罪と罪でないとに拘らず、現在、目の前にそういう時勢が現われて来たとしたら、何と身の振り方をつけるか、それを聞かしてもらいてえ」
「お許し、そういう重大な問題は、全く以て鐚の頭では
「返答ができないのか」
「どうか、御免を蒙ります、もっとやさしい、鐚は鐚相当のところで、一年生でひとつ試験問題の御下問が願えてえもんで……」
「試験ではない、実際問題なんだ、自分の目の前に即刻現われた問題として返事をしてみろということなんだ、むずかしくとる必要はない、たとえば、安政の大地震の時のようにだ、今度は地震ではなく、外敵が不意に押しかけて来たとしたら、貴様は、どう身の振り方をつけるか、それを端的に返事をしてみろというだけのものだ」
「地震でげすか、地震ときちゃあ、鐚は最も虫が好かねえんでげすが、さりとて、それござんなれと、鎧兜で
「そうか、地震なら逃げ出す、そうして、もしそれが敵だったらどうだ、この江戸を仇となすやつが他国から押寄せて来た日には……いやいや、やっぱり逆戻りだ、考えてみると鐚、貴様には荷が勝ち過ぎた試験だ」
八十九
「落第でげすか」
「落第というものは、ともかく試験をうけて上のことだが、貴様のは落第にも至らない……まず低能だ」
「ナ、ナンとおっしゃりました」
「低能だよ」
「低能――低能と申しますと、まず一人前に通用しない、馬鹿といった異名でございますね、そうおっしゃられちゃあ、
「怒ったな」
「怒りました、人間、低能呼ばわりをされて、怒らない馬鹿はありません、怒りました、真に怒りました」
「そうだ、低能と言われて憤りを発した貴様は、まだ脈がある」
「脈どころじゃございません、この通り、
「頼もしい、その意気、さて、貴様もいよいよ江戸が灰になるという時分に、その意気と、憤りを発して、節を屈せずという勇気があればめでたいもんだが、いざとなるとそうは参るまい、
「上げたり下げたりもいいかげんになさい、いかに鐚の面がいびつになりたてにしてからが、それじゃあんまりお言葉が過ぎます、そこまでお見限りでは、鐚は泣きます、
「いいよ、いいよ、そう昂奮すると
かくなだめられて、本来おっちょこちょいの鐚はたちまちケロリとして、
「ではひとつ、
「聞かしてくれ」
「ではひとつ、その洋妾立国論以来の……」
「洋妾立国論は、貴様の身上としては、なかなか聞ける説だよ」
「共鳴にあずかって恐悦……すべて議論というやつは、知己を待ってはじめて言うべきでげして」
「洋妾立国論には相当に信者が出来たか」
「出来た段じゃございません、今や信仰の域を過ぎて、実行の境にまで漕ぎつけているんでございまして……」
鐚は、
「現に相州の生麦村に於て、薩摩っぽうが、無礼者! てんで、毛唐を二人か二人半斬ったはよろしいが、その代りに、みすみす四十四万両てえ血の出るような大金を、異国へ罰金として納め込まにゃなりやせん、長州の菜っぱ隊が、下関で毛唐の船とうち合いをして、日本の胆ッ玉を見せたなんぞとおっしゃりますが、その尻はどこへ廻って来 りましょう、みんな、徳川の政府が、このせち辛い政治向のお台所から、血の出るような罰金として、毛唐めに納めなきゃあならない次第でげす――そこへ行きますてえと、何といってもエライのは日本の絹と、ラシャメンでげすよ、日本の絹糸は、どしどし毛唐に売りつけて、こっちへ逆にお金を吸い取って来る、それからラシャメンでげす、ラシャメンというと品が下って汚いような名でげすが、名を捨てて実を取る、というのがあの軍法でげしてな」
露をだに
拙が神奈川の神風楼について、実地に調べてみたところによると、その跡かたは
事実は大和の女郎花の中にも、袖を濡らしたがっている奴がうんとある。毛唐の奴めも、女にかけては全く甘いもんで、たった一晩にしてからが、洋銀三枚がとこは出す。月ぎめということになるてえと、十両は安いところ、玉によっては二十両ぐらいはサラサラと出す。そこで、仮りに日本の娘が一万人だけラシャメンになったと積ってごろうじろ、月二十両ずつ
得意満面で、この種の持論を唱えている鐚公は、さて改めて、何の独創的珍趣向を持ち出すか。
九十
この鐚というおっちょこちょいは、実の名は金助であるが、貴様のような奴に
鐚は今「ラシャメン立国論」の持論が、かねて心ある人を傾聴(?)させていることを得意としていたが、今日は改めて、それにまさる一大創案を案出したかの如く、勿体をつけて、そうしてまず神尾の前に次の如く披露しました。
「拙の案ずるには、近い将来に於て『帝国芸娼院』てえのを一つでっち上げて、世間をあっと言わせてみてえんでございます」
「ナニ、帝国――何だって?」
「帝国芸娼院てえんでげす」
「帝国はわかっているが、ゲイショウインてのは何だ」
「芸者の芸という字に、娼妓の娼という字を書きますんでげす」
「そりゃ、いったい何だ」
「そもそも、設立の趣旨てやつを申し上げてみまするてえと、本来が、毛唐というやつがまだ本当の日本を認識していねえんでげす」
「ふーん」
「日本人、ナカナカ、キツイあります、刀を使う上手アリマス、人を斬る達者アリマス、勇武の国アリマス、ただ、芸事できない、芸事できない国野蛮アリマス――こうぬかしやがるのが
「ふーん」
「異人館なんぞへまいりますと、テーブルの上で毛唐の奴がよくこんな
「ふーん」
「ばかにしなさんな、日本にも、このくらいの芸事がある――てえところを一つ、見せてやりてえんでげして」
「ふーん」
「さすがに、鐚の眼のつけどころはエライ――とおっしゃっていただきてえんでげす」
「ふーん」
「そこで、その帝国芸娼院てやつを大々的にもくろみの……日本には芸妓でさえ、これこれの芸術がある、遊女でさえも高尾、薄雲なんてところになると、これこれの文学があるというところを、毛唐に見せてやりてえんでげすが、いかがなもので」
「そうすると、つまり、日本中の芸者と女郎を集めて、毛唐に見せてやりてえと、こういう
「いいえ、どうして、そんな単純な、浅はかなんじゃござんせん、日本のあらゆる芸事という芸事の粋を集めて、これこの通りといって、毛唐に見せてやりてえんで、芸娼院という名は仮りに鐚がつけてみただけのものなんで、もっとしかるべき名前がありさえ致せば、御変更のこと苦しくがあせん」
「日本のあらゆる芸事という芸事の粋を集めるんだって、ふーん、なかなか仕掛が大きいんだな」
「仕掛が大きいだけに、人選てやつがなかなか難儀でげして、まずあらゆる芸人という芸人の、粋の粋たるもの百人を限って選り抜きます」
「ふーん」
「なにも、芸娼院と申したところが、芸妓と娼妓ばっかりを集めるという趣意ではがあせん、とりあえず美術でげす、日本は古来、美を
「ふーん」
「ところで、とりあえず狩野家の各派の家元を残らずメンバーに差加えます、それから、四条、丸山、南画、北画、浮世絵、町絵師の方の、めぼしいところを引っこぬいてこれに加えます、拙が見たところでは、絵かきの方から都合五十八名ほど選りぬきの……」
「ふーん、してみると、貴様の目論見の芸娼院は、絵かきが大半を占めてしまうんだな」
「是非がござんせん、日本は古来、美術の国柄なんでげすから」
「ふーん」
「それから
「絵かきが五十八人もいて、文書きが八名では比較が取れまい」
「なあに、文書きの方は、どうしようかと考えてみたんでげすが、拙がひそかにこの計画を
「ふーむ」
「それから、書道の方でがす。次は、役者――この役者てえやつが、おのおの家柄があったり、
「ふーん」
「それから、長唄、清元、芸妓の方からは誰々、お女郎の方からはこれこれ――和歌と、発句と、ちんぷんかんぷん――委細のわりふりと、
こう言いながら、鐚助は枕許の鼻紙袋をかき寄せて、その中から何か書きつけた紙切れの折畳んだのを引っぱり出して、神尾の方へ突き出しました。
「これが、拙の苦心惨憺になる帝国芸娼院の面ぶれなんでげして、これを早く発表いたしますてえと、あっちからも、こっちからも苦情がつく、こういうことは、得てして、お安いところで手っとり早く、でっち上げてしまわなけりゃ物になりやせん」
神尾は寝ながら、鐚の差出した人選表なるものを受取って、
「ふーん」
と言いながら、面前にひろげて読みはじめている。
得意気に、側面から、この面色を
「いかがなもんでげす、多少の議論はございましょうとも、まず、当世、百と限りますてえと、そんなところじゃあがあせんか」
「ふーん」
「あれを取れば、これを捨てなければならん、これを捨てては、あれが立たず……という苦心惨憺のところを買っていただきてえ」
「ふーん、何だと、ひとつ読み上げてみようか。まず絵かきで、狩野迷川院、谷文昌――それから、歌川虎吉に、国定国造、ふーん、おれの知っている名前もある、知らねえのもある」
「そっちの方は、それは日本絵所人別帳をすっかりそのまま並べたんでげすから、文句はござりますまい」
「ところで文書きの方は――こうと」
「為永春水――柳亭種彦、あたりを筆頭と致しやして、木口勘兵衛、乞田碁監、徳利亀八、生井北風、胸悪ハクショウ……」
「ロクでもねえやつらだな」
「いずれも当代の選り抜き、現在の我が国にも、これだけの芸人がいるてえところを毛唐に見せてやるには不足はござんすまい」
「ふふーん」
「なお、人選に御異議があるとか、御不足があるとか
「恥を毛唐にまで
「有難え――御異議がなければ、これで御披露の――お安いところで手っとり早く」
「万事、お安いところで手っとり早くやらなけりゃ手柄にならねえ。やんな、大いにやってみろ」
「ことごとく殿様の御賛成を得て、鐚一代の光栄。やります。これを御披露に及べば、これこそ一代が、あっ! さすがに鐚だ! よくまあこの難物を、こうも手際よく、お安いところで手取り早く
「しっかりやれ! 鐚が男を上げるか、下げるか、この一戦にあり!」
神尾が、うわごとのように、むやみにけしかけるものですから、鐚の野郎が
神尾としては、お安い野郎にはお安い仕事をさせて置くに限る、お安いところで、手っとり早く手柄をさせたつもりで喜ばして置けばいいと、深くとり合わないでいるらしいが、実は心はそこにあらずして、目ざめてから以来の、神尾としては全く異例な頭の置きどころに安定を求めているらしい。
すなわち、神尾の頭では、果して徳川が亡びた暁には……天下が田舎侍の手に帰した時、我々旗本として、甘んじて、その下風に立って制を受けていられるか、芸娼院のやからならば知らぬこと、やくざというやくざをし尽してはいるが、おれは先祖以来の徳川の旗本だ、おれはこれだけの人間だが、先祖の血が許さない。
死ぬ! おれは徳川のために死ぬ、江戸の城を枕に、江戸の町が灰になる時は、おれの面目も灰になる時だ! おれの死ぬのは、お家大事のために死ぬのじゃない、今さらそんな忠義面をするほど、おれは本来、利口に出来ていないのだ、徳川のために死ぬのじゃない、薩長共が憎いから死ぬというわけでもない、神尾は神尾として、曲りなりにも――曲りなりなんというと、曲らないところもあるように受取れそうだが、おれが今までの生活で、どこに曲らないところがある、曲り切って、それを押通してここまで生きて来たのも、生かされて来たのも、煎じつめると、江戸勢力下なればこそのことだ、つぶれても、倒れても、旗本の
神尾の頭の中は、その覚悟で一杯になりきっている。それとは知らず鐚は、今日は珍しく、神尾が自分の名案にケチをつけず、一も二もなく賛成してくれることに有頂天になり、お安いところで一刻も早くこの名案に目鼻をつけて、江戸中をあっ! と言わせなければならないと、夢中になって、芸娼院のことを考えている、その徹底的に恥のない生き方を見ると、神尾も苦笑せざるを得ない。国家興亡の際に、芸娼院の設立を
人生、鐚となって生きるか?
神尾となって死ぬるか?
それだけの問題だよ……神尾は嘲笑しながら
九十一
尾張名古屋城下第一の美人とうたわれた
その記憶をよみがえらせるために、読者諸君は大菩薩峠の「
名古屋の城の見えるところを立去りたくないという姉と、肥後の熊本へ帰りたいという弟との意向の相違が、病める弟のいじらしさに引かされて、姉なる銀杏加藤の奥方は、ついに主従引具して、尾張の清洲の山吹御殿から、肥後の熊本へ向けて出立することになりました。
やむを得ざる武士道の意気地から人を斬って、三州岡崎城下を立退くことになった、伊都丸の友なる美少年梶川与之助もまた、この姉弟に加わって九州へ身を避けようとして旅立って、それがお銀様、お角、宇治山田の米友らの一行と、すれつもたれつして尾張から美濃路へかかったことは、それらの巻にくわしく出ているはずです。
しかるに――僅かに美濃の大垣まで来た一夜、悪漢があって、この一行の宿所を荒した。奪われたのは旅費としての相当の大金のほかに、金銭にも利福にも換え難い銀杏加藤の系図の一巻であったことを既に記しました。
その曲者の痕跡をたずねて関ヶ原まで追いかけた梶川与之助は、そこで、悪漢その者の横死を見とどけ、奪い去った
大垣の宿の一室に、銀杏加藤の奥方は、その美しい
「万事みな、この拙者が抜かりでござりました、いくたび繰返しても
梶川与之助は、決心を面にあらわして切に言いました。
それには相当の自信もなければならぬ。その熱烈な決心のほどを面にあらわして、梶川がかく言った時に、憂愁に満ちていた奥方の面が急にかがやいたように、自分の膝も進むばかりはずんで見えました。
「梶川様、よくおっしゃって下さいました、わたくしも未練のようでございますが、こればかりは思いきれませぬ、あの系図を奪われて何の銀杏加藤でござりましょう、あれを持たないで肥後の熊本へ帰って、どうして御先祖清正公の霊に申しわけが立ちましょう、梶川様、あなたよりも、わたくしがさきにその決心をきめてしまいました、僅かに尾張の国を一足出たばかりで、あれが盗まれるというのは、決してあなたの抜かりではござりませぬ、わたくしたちの不用心でもござりませぬ、あの系図に魂があって、肥後の熊本へ行きたがらないのです、やはり、尾張の国に留まっていたいからなのです。いつも申します通り、肥後の熊本は、加藤清正の国ではないのです、加藤清正の
銀杏加藤の奥方は美しい面に強い決心の色を見せて、きっぱりとこう言いました。
九十二
感謝と昂奮に緊張した梶川与之助は、奥方の強い言葉に
「姉上――そうおっしゃる、あなたのお心持がよくわかります、日頃のあなたの御精神がそれなのです、姉上が留まるとおっしゃるなら、それを拙者は引き止めることはできない、そうかといって、拙者は姉上といっしょに、では拙者も心を同じうして、祖先の系図をたずねんがために、再び尾張へ帰りましょうと言えないことが悲しい」
病床から弟にこう言いかけられて、奥方は静かにそれを顧み、
「お前が、わたしの心持がわかってくれるように、わたしもお前の心持がよくわかります、わたしは肥後の熊本が故郷ではないけれども、お前には熊本が故郷なのです、そうして、お前の一生を安楽に托する風土というものは、熊本のほかにないことをわたしもよく知っているから、お前は、決して心を動かすには及びませぬ、翻せといっても、翻せない心持はよくわかります、それに、お前の親友、梶川様が附いて行ってくれるから、わたしは何よりも安心しています、それに、一旦ああして立った清洲の土地へ、事をかこつけに再び舞い戻るようでは、人に笑われます、お前はどこまでも、熊本へお帰りなさい、わたしは、引返して尾張の国へ留まります、では、梶川様、弟の身の上を
奥方から、再び頼みの言葉で言われて、梶川に挨拶を返す
「それはいけませぬ、姉上、拙者には多年、使い馴れた附人もござります、これから海陸の順路を、心任せに九州へ下る分には何の不安もない身です、それだのに、これから一人でお引返しなさろうという姉上は、非常の御決心で前途のことも思いやられます、それには何よりも心強いのは、梶川氏、あなたに、どうか、この拙者に代って、姉上を助けて上げていただきたい、万事の相談相手になって上げていただきたい、そうして、心を合わせて家宝の系図を取戻した上に、姉上を守護して九州へ下って、おたがいに阿蘇の山下で、喜んでお目にかかる日を期待いたしたい。梶川殿、拙者のことは、順路を順当に行く尋常平凡の旅でござるから、少しも心配にはなりませぬ、さいぜんも、貴殿はひとり留まって、我が家のために系図を探して下さるとまでおっしゃった、貴殿の勇気と真情は、我々にとって二つとない、どうか、こちらに留まって、姉を助けて、姉の志を成さしめていただきたい」
いたいたしい声に力を込めて、こう言い出された時に、奥方の眼から涙が
梶川与之助は、またも返答に窮するの立場に輪をかけられたようなもので、面はかがやき、口はわななくけれども、いずれへ何と挨拶し、いずれへ何と
その時、病床の伊都丸少年は、また声を落して言いました、
「姉上とても、一旦こうまでして清洲を立退いておいでになったものを、今更おめおめとお帰りづらいものがお有りでしょう、たとえ事情がこの通りとは申せ、出入りの者のおもわくさえも不快なものがござりましょう、それを御承知の上で、お戻りなさる非常の覚悟、梶川氏、それを察していただきたい、それ故に、貴殿は、このままひそかに先発して清洲へお帰りを願いたい、そうして留守宅の万事を程よくこしらえて置いて、それから、夜陰こっそりと姉上を迎えていただきたい、そうして、世間
梶川少年は、その言葉を聞きながら、紅顔が熱し、これも同じく涙が頬を伝って流れます。
奥方は、いずれをいずれとも言わない。梶川としては、姉の言葉に従って、病める弟を見ついで九州へ下るべきか、非常の覚悟と冒険を予期して、ひとり留まらんという姉のために、弟の忠言に従うべきか、いずれが是、いずれが非かわからないうちに、なにものかの強い道義心に打たれて感動する。しばらく、判断も利害も離れて、ただ感動に堪えられないでいるうちに、最も冷静なのは病める弟でありました。姉と、友なる人の、言わんとして言い難き時に、この弟は冷静に、流暢に、従って極めて理路整然としてまた言いました、
「そうして、三カ月を限っていただきたいのです、姉を助けて向う三カ月のうちに、姉の目的が達せられません時には、もはや、天、加藤家を捨てたりと
九十三
やがての事の結論は、ついに梶川少年が、両者へ対する義理と犠牲心から、病める弟の忠言を聞いて、留まる姉への奉仕とならざるを得ないことになりました。
梶川少年は、
奥方が、立って、荷駄の差図に別室へ
「梶川殿、姉はああいう気象ですから、
伊都丸少年は、こう言って、繰返して友なる梶川少年に
「貴君の心持はよくわかっています、
九十四
かくて梶川少年は、ひとり大垣の
誰も知らない間に裏手から、その広大な屋敷のいずれにか無事に潜入してしまいました。
その夜更けて、同じ裏手の門が内から開かれると、いつのまにか門側に忍んでいた一人の女性が、身を現わしたと思うと、早くもその裏門から身を没して、広い邸内のいずれにか吸い込まれたことは梶川少年と同じことです。ほどなく、邸内の山吹御殿の、
二人は、無事に、この旧邸へ立戻って来たのです。
「梶川様、ほんとうに、ここまで来て安心いたしました、万事は皆あなたのおかげです、何と感謝していいかわかりませぬ。本来、わたしが、こんな強情を言って、立戻ることを主張しましたのは、確かにそれと充分の心当りがあればこそなのです。名古屋城には加藤の四家というのがございまして、それがいずれも清正の正統と称しているのです、その加藤四家のうちの、いずれの加藤とは申しませんが、そのうちのある一家が、特別に、わたくしの家の系図に目をかけておりました、そうして、表面には出さないけれども、手をかえ、品をかえて、いろいろの好条件の
奥方からこう言われると、前にかしこまっていた梶川少年は、充分それを納得して、附け加えて申します、
「拙者も実は、奥方のお心持を左様に
梶川少年から、頼もしい限りの言葉を聞かされた
「それはいけませぬ、面を灼くとおっしゃいましたね、梶川様、どういうことをなさるのか知れないが、それだけは思い留まりあそばせ、天の成せるものを、人の力で破壊することは
面を灼くと言ったために、夫人の心がいたく傷つけられたのを見て、梶川少年は取りつくろって申しました、
「拙者とても、
「もし、そういうことを実行なさる場合には、前以て、必ず一応、わたくしに御相談をなすってからのことにして下さい」
「承知いたしました」
「わたくしたちの目的のためには、あなたに指導者になっていただかなければならないから、あなたの一身上のことについては、わたくしが年上ですから、姉でありますから、わたくしの許しなしには、髪の毛一筋でも自由になさることは許しませぬ」
「は、は、は、これはきつい御命令を承りました、委細心得てござりまする」
ここで二人の
九十五
胆吹の御殿ではお銀様が
お銀様は絶えず憤っている人である。その人が、憤りの上にまた一つの憤りを加えた。
何を憤っている。
お雪ちゃんという子が、恩を忘れて裏切りの
竜之助という男が、無制限の放縦と、
そもそも、この暴女王が今日に及んで、かくも深く憤りを発しているという
人間というやつは度し難いものだ、人間というやつは救うよりは殺した方が慈悲だ、とさえややもすれば観念せしめられることの由を如何ともし難い。
ナゼならば、彼女は己れの強力を傾注して、
もし、こういう論理を許すとすれば、自分の王国主義を、甘んじて虚無主義に屈服せしむる結果となる、それでは絶滅の使徒、虚無の盲人に笑われるばかりだ。生の哲学から、死の哲学に降服を余儀なくされるばかりだ。
彼女は、ここに働く人間共の表裏を見せつけられる。人間は働きたいが本能でなく、なまけたいのが本能だ。生をぬすまんがために表面追従するだけで、生の拡大と
王国の門を
お銀様は、この深い憤りを
憤っているのは、お銀様ばかりではない。道庵というような出しゃばり者を別にしては、誰も彼もが、みんな憤っている――ように見える。およそ今の時勢に、笑ってなんぞいられる奴はない。
お銀様が、これを深く憤っている時に、城下――御殿下とか、屋敷下とかいうよりは、ここからは城下といった方がふさわしい、胆吹御殿の城下がにわかに物騒がしくなりました。春照、弥高の里で、早鐘が鳴り出しました。
「
「百姓一揆が押して来たアー」
どこからともなく響く号叫。
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