沪江

日本教师谈母语:异国遭遇文化差异

橘子译 2012-10-20 06:30

声明:以下内容仅代表作者个人观点,仅供参考。

半年程前、中国人の青年に「いいかげん」とはどういう意味なのかと質問を受けた。そこで次のような例をあげて

大约半年前,有个中国年轻人问我“いいかげん”是什么意思。于是我举了下面几个例子

***さんはいい加減な人だ。(マイナス評価)
もういい加減に寝なさい。(そのくらい程度±0)
お湯はいい加減でした。(プラス評価)

某某某是个不靠谱的人。(负面评价)
差不多该睡了。(正好到某个程度)
洗澡水的温度刚刚好。(正面评价)

彼が疑問に感じたという、中国ビデオの対訳日本語の「いい加減おかしい」と言うせりふはなんとも理解しがたいものだった。中国語が全くわからない私だが、前後の対訳から想像してみても、どんな気持を表しているのか全く理解できなかった。まあ、なんとなくおかしいととればの(±0)と言うところかなと答えておいた。しかし一般的にこの使われ方が多いのでこの言葉はあまり使わない方がいいと説明した。彼はテレビやビデオの中でこのような言葉をよく耳にするというのだ。そう言えば関西系の漫才の中では使われたのを聞いたような気もするが。上級の日本語を勉強中の彼がこの訳に疑問をもったということは、日本語を正しく理解しているということかもしれない。

他对于中国视频中一句对译日语“いい加減おかしい”抱有疑问,这句台词也实在难以理解。本人在中文方面一窍不通,即便参照前后中日对译也完全无法理解它想表达的意思。不过,我还是跟他说,可能差不多指的是“总觉得很奇怪”之类的,并建议,“なんとなくおかしい”一般用得比较多,“いい加減”还是少用为好。他说自己在电视及视频中经常听到这样的日语。这么说来我好像记得,关西流派的相声中是有用过。正在学习高级日语的他能有这样的疑问,也许正说明他能够正确理解日语了。

2年前、メキシコで1ヶ月間ホームステイした折のこと、食事のとき、「いただきます。」と言おうとスペイン語なんというのかたずねたところ、そのような言葉は無いという。「ご馳走さまでした」にしてもしかり。ぴったりした言葉は無いのだ。「食べ始めます」「もう満腹です」ではふさわしくなく、現地の日本通の方でもその言葉が見つからないという。「いただきます」は、食物の命・施してくださる方・作ってくださった方に対して、「いただきます」と仏教の気持がこめられていると聞いたような気がするが、あまり深く真剣に考えたことがなかった。

2年前,我曾在墨西哥过过一个月的寄宿生活,当时吃饭时想要说“いただきます(我开动啦)”,便问这句话在西班牙语里怎么说,结果被告知没有这种说法,“ご馳走さまでした(承您款待了)”这句也没有,是没有十分合适的对应说法。“我要开吃了”、“我饱了”这些也不贴切,据说连当地的日本通都找不到合适的。虽说我好像有听过说,“いただきます”是对食物的生命、赐予自己食物的人、为自己制作料理的人抱以感恩的佛心,但却从来没有认真思考过。

客套话也有大意义之“いただきます”

日本語を勉強し始めてから、日本のあいさつの「おはよう」「こんにちは」は他の国の言語に比べると言語とは異なっていると感じた。ほとんどの国のあいさつ言語は「よい朝ですね」「よい昼ですね」「よい夜ですね」を意味しているようだ。それなのに日本語は「早いですね」「今日は・・・」「寝てください」等と形容詞や接続詞、丁寧な命令指示のなどバラバラで、なんともわかりにくい。別れの言葉の「さようなら」にしては「それでは・・・」となんとも味気ない。スペイン語は「会う時まで」「明日まで」また一般に「さよなら」を意味する“Adios”はAの後のdiosは神であり、相手への思いやりを感じる。「さよなら」は別れても「もう会うこともない」ではなく、中国語の「再見」の漢字でも理解できるように「またお会いしましょう、しばしのお別れね」なのである。

开始学日语后,我意识到日本的寒暄语“您早”、“您好”和其他国家的语言相比有些不同。据说大部分国家的寒暄语都是“早上好啊”“中午好啊”“晚上好啊”这样的意思。而日语却是“早啊”、“今天……”、“请睡吧”等等,有形容词、接续词,也有恭敬的命令、指示说法,各种各样,实在难以理解。从离别之词“さようなら”来看,“それでは……”这说法实在苍白。西班牙语中表示“后会有期”、“明天见”以及常用的“永别”之意的是“Adios”一词,加在A后面的“dios”表示上帝,它能让人体会到对对方的关怀之情。“さよなら”并非指告别后“无再见之日”,而是如汉语中的“再见”其字面所示,表示“再相会吧,暂别”。

おはよう不是早晨专用寒暄语

再见告别时不要轻易说さようなら

日本では、あいさつの替わりによく天候を話題にする「いい天気ですね」・・・雨風や雪の日を誰もいい天気とは言わない。農耕民族のはずの日本人が晴だけを「いい天気ですね」って言い始めたのはいつからなのだろうか。まさか刈り取り時期だけに使ったとは考えられないのだが。先日、私の所属している日本語教室の中級の一斉授業で「いい天気ですね」「雨が続いていやになります」を取り上げるにあたり、教案検討会で意見を出し合った。私は外国ではよい天気=晴とは限らないのではないかと発言したが、取り上げられなかった。しかし、授業でポーランド人の二人は「雨が好きだ」といい、「いやになります」は理解できないようだった。

在日本,人们经常用天气的话题来代替寒暄语,比如“天气真不错啊”……刮风天雨雪天谁也不会说是好天气。本应是农耕民族的日本人到底从什么时候开始只在晴天说“天气不错“呢?应该不只是在收割季节说吧。前些日子,我所属的日语教室中级集体授课要教“天气真不错啊”、“雨一直下心情变得烦躁”这俩句子,大家在教研会上就此交流了意见。我提出,在外国好天气可能并不一定等于晴天,不过被否决了。后来课堂上好像有俩波兰学生说“喜欢下雨”,因此也不能理解“变烦躁”这种感觉。

日本語を教えはじめてまだ1年あまりであるが、私自身が日本語を見直し、新たな発見をすることが多く、楽しく勉強させていただいている。私は数年後、中南米でのロングステイを考え、現地で日系人の方々の何か役に立てばと日本語の勉強を始めたが、日本語だけでなく言語の背景にある日本文化も伝えられたらと考え、スキルアップを目指している。

虽然开始教日语才一年多,但对我个人来说,这工作经常能让我重新审视日语、并有新的发现,可谓是乐在其中。我本打算多年后在中南美地区长期旅居,也想为当地日裔贡献些绵薄之力,所以当初才开始进修日语,但如今希望,除了日语以外,能把作为语言背景的日本文化也加以传播,并以提高自身技能为目标。

了解更多文化差异相关内容>>>

声明:本双语文章的中文翻译系沪江日语原创内容,转载请注明出处。中文翻译仅代表译者个人观点,仅供参考。如有不妥之处,欢迎指正。

展开剩余