沪江

日语文学作品赏析《浦島太郎》

楠山正雄 2010-01-13 00:00
     一

 むかし、むかし、丹後たんごの国みずうらに、浦島太郎というりょうしがありました。
 浦島太郎は、毎日つりざおをかついでは海へ出かけて、たいや、かつおなどのおさかなをつって、おとうさんおかあさんをやしなっていました。
 ある日、浦島はいつものとおり海へ出て、一日おさかなをつって、帰ってきました。途中とちゅう、子どもが五、六人往来おうらいにあつまって、がやがやいっていました。なにかとおもって浦島がのぞいてみると、小さいかめの子を一ぴきつかまえて、ぼうでつついたり、石でたたいたり、さんざんにいじめているのです。浦島は見かねて、
「まあ、そんなかわいそうなことをするものではない。いい子だから」
と、とめましたが、子どもたちはきき入れようともしないで、
「なんだい。なんだい、かまうもんかい」
といいながら、またかめの子を、あおむけにひっくりかえして、足でけったり、すなのなかにうずめたりしました。浦島はますますかわいそうにおもって、
「じゃあ、おじさんがおあしをあげるから、そのかめの子を売っておくれ」
といいますと、こどもたちは、
「うんうん、おあしをくれるならやってもいい」
といって、手を出しました。そこで浦島はおあしをやってかめの子をもらいうけました。
 子どもたちは、
「おじさん、ありがとう。また買っておくれよ」
と、わいわいいいながら、行ってしまいました。
 そのあとで浦島は、こうらからそっと出したかめのくびをやさしくなでてやって、
「やれやれ、あぶないところだった。さあもうお帰りお帰り」
といって、わざわざ、かめを海ばたまで持って行ってはなしてやりました。かめはさもうれしそうに、首や手足をうごかして、やがて、ぶくぶくあわをたてながら、水のなかにふかくしずんで行ってしまいました。
 それから二、三日たって、浦島はまた舟にのって海へつりに出かけました。遠いおきのほうまでもこぎ出して、一生いっしょうけんめいおさかなをつっていますと、ふとうしろのほうで
「浦島さん、浦島さん」
とよぶ声がしました。おやとおもってふりかえってみますと、だれも人のかげは見えません。そのかわり、いつのまにか、一ぴきのかめが、舟のそばにきていました。
 浦島がふしぎそうな顔をしていると、
「わたくしは、先日たすけていただいたかめでございます。きょうはちょっとそのおれいにまいりました」
 かめがこういったので、浦島はびっくりしました。
「まあ、そうかい。わざわざ礼なんぞいいにくるにはおよばないのに」
「でも、ほんとうにありがとうございました。ときに、浦島さん、あなたはりゅうぐうをごらんになったことがありますか」
「いや、話にはきいているが、まだ見たことはないよ」
「ではほんのお礼のしるしに、わたくしがりゅう宮を見せて上げたいとおもいますがいかがでしょう」
「へえ、それはおもしろいね。ぜひ行ってみたいが、それはなんでも海の底にあるということではないか。どうして行くつもりだね。わたしにはとてもそこまでおよいでは行けないよ」
「なに、わけはございません。わたくしの背中せなかにおのりください」
 かめはこういって、背中を出しました。浦島は半分きみわるくおもいながら、いわれるままに、かめの背中にのりました。
 かめはすぐに白いなみを切って、ずんずんおよいで行きました。ざあざあいう波の音がだんだんとおくなって、青い青い水の底へ、ただもうゆめのようにはこばれて行きますと、ふと、そこらがかっとあかるくなって、白玉しらたまのようにきれいなすなみちがつづいて、むこうにりっぱな門が見えました。そのおくにきらきら光って、目のくらむような金銀のいらかが、たかくそびえていました。
「さあ、りゅうぐうへまいりました」
 かめはこういって、浦島を背中せなかからおろして、
「しばらくお待ちください」
といったまま、門のなかへはいって行きました。


     二

 まもなく、かめはまた出てきて、
「さあ、こちらへ」
と、浦島を御殿ごてんのなかへ案内あんないしました。たいや、ひらめかれいや、いろいろのおさかなが、ものめずらしそうな目で見ているなかをとおって、はいって行きますと、乙姫おとひめさまがおおぜいの腰元こしもとをつれて、おむかえに出てきました。やがて乙姫おとひめさまについて、浦島はずんずんおくへとおって行きました。めのう天井てんじょうさんごの柱、廊下ろうかにはるりがしきつめてありました。こわごわその上をあるいて行きますと、どこからともなくいいにおいがして、たのしいがくがきこえてきました。
 やがて、水晶すいしょうかべに、いろいろの宝石ほうせきをちりばめた大広間おおひろまにとおりますと、
「浦島さん、ようこそおいでくださいました。先日はかめのいのちをおたすけくださいまして、まことにありがとうございます。なんにもおもてなしはございませんが、どうぞゆっくりおあそびくださいまし」
と、乙姫さまはいって、ていねいにおじぎしました。やがて、たいをかしらに、かつおだの、ふぐだの、えびだの、たこだの、大小いろいろのおさかなが、めずらしいごちそうを山とはこんできて、にぎやかなお酒盛さかもりがはじまりました。きれいな腰元こしもとたちは、歌をうたったりおどりをおどったりしました。浦島はただもうゆめのなかで夢を見ているようでした。
 ごちそうがすむと、浦島はまた乙姫さまの案内あんないで、御殿ごてんのなかをのこらず見せてもらいました。どのおへやも、どのおへやも、めずらしい宝石でかざり立ててありますからそのうつくしさは、とても口やことばではいえないくらいでした。ひととおり見てしまうと、乙姫おとひめさまは、
「こんどは四季のけしきをお目にかけましょう」
といって、まず、東の戸をおあけになりました。そこは春のけしきで、いちめん、ぼうっとかすんだなかに、さくらの花が、うつくしい絵のように咲きみだれていました。青青あおあおとしたやなぎのえだが風になびいて、そのなかで小鳥がないたり、ちょうちょうがったりしていました。
 次に、南の戸をおあけになりました。そこは夏のけしきで、垣根かきねには白いの花が咲いて、お庭の木の青葉あおばのなかでは、せみやひぐらしがないていました。お池には赤と白のはすの花が咲いて、その葉の上には、水晶すいしょうたまのようにつゆがたまっていました。お池のふちには、きれいなさざなみが立って、おしどりかもがうかんでいました。
 次に西の戸をおあけになりました。そこは秋のけしきで花壇かだんのなかには、黄ぎく、しらぎくが咲き乱れて、ぷんといいかおりを立てました。むこうを見ると、かっともえ立つようなもみじの林のおくに、白いきりがたちこめていて、しかのなく声がかなしくきこえました。
 いちばんおしまいに、北の戸をおあけになりました。そこは冬のけしきで、野にはりのこった枯葉かれはの上に、しもがきらきら光っていました。山から谷にかけて、雪がまっ白に降りうずんだなかから、しばをたくけむりがほそぼそとあがっていました。
 浦島は何を見ても、おどろきあきれて、目ばかり見はっていました。そのうちだんだんぼうっとしてきて、お酒にった人のようになって、何もかもわすれてしまいました。


     三

 毎日おもしろい、めずらしいことが、それからそれとつづいて、あまりりゅう宮がたのしいので、なんということもおもわずに、うかうかあそんでくらすうち、三年の月日がたちました。
 三年めの春になったとき、浦島はときどき、ひさしくわすれていたふるさとのゆめを見るようになりました。春の日のぽかぽかあたっているみずの浜べで、りょうしたちがげんきよく舟うたをうたいながら、あみをひいたり舟をこいだりしているところを、まざまざと夢に見るようになりました。浦島はいまさらのように、
「おとうさんや、おかあさんは、いまごろどうしておいでになるだろう」
と、こうおもい出すと、もう、いても立ってもいられなくなるような気がしました。なんでも早くうちへ帰りたいとばかりおもうようになりました。ですから、もうこのごろでは、歌をきいても、おどりを見ても、おもしろくない顔をして、ふさぎこんでばかりいました。
 その様子ようすを見ると、乙姫おとひめさまは心配しんぱいして、
「浦島さん、ご気分でもおわるいのですか」
とおききになりました。浦島はもじもじしながら、
「いいえ、そうではありません。じつはうちへ帰りたくなったものですから」
といいますと、乙姫さまはきゅうに、たいそうがっかりした様子をなさいました。
「まあ、それはざんねんでございますこと。でもあなたのお顔をはいけんいたしますと、この上おひきとめ申しても、むだのようにおもわれます。ではいたしかたございません、行っていらっしゃいまし」
 こうかなしそうにいって、乙姫さまは、おくからきれいな宝石ほうせきでかざったはこを持っておいでになって、
「これは玉手箱たまてばこといって、なかには、人間のいちばんだいじなたからがこめてございます。これをおわかれのしるしにさし上げますから、お持ちかえりくださいまし。ですが、あなたがもういちどりゅうぐうへ帰ってきたいとおぼしめすなら、どんなことがあっても、けっしてこの箱をあけてごらんになってはいけません」
と、くれぐれもねんをおして、玉手箱たまてばこをおわたしになりました。浦島は、
「ええ、ええ、けっしてあけません」
といって、玉手箱をこわきにかかえたまま、りゅうぐうの門を出ますと、乙姫おとひめさまは、またおおぜいの腰元こしもとをつれて、門のそとまでお見送りになりました。
 もうそこには、れいのかめがきて待っていました。
 浦島はうれしいのとかなしいのとで、むねがいっぱいになっていました。そしてかめの背中せなかにのりますと、かめはすぐなみを切って上がって行って、まもなくもとの浜べにつきました。
「では浦島さん、ごきげんよろしゅう」
と、かめはいって、また水のなかにもぐって行きました。浦島はしばらく、かめのくえを見送っていました。


     四

 浦島は海ばたに立ったまま、しばらくそこらを見まわしました。春の日がぽかぽかあたって、いちめんにかすんだ海の上に、どこからともなく、にぎやかな舟うたがきこえました。それはゆめのなかで見たふるさとの浜べの景色けしきとちっともちがったところはありませんでした。けれどよく見ると、そこらの様子ようすがなんとなくかわっていて、あう人もあう人も、いっこうに見知らない顔ばかりで、むこうでもみょうな顔をして、じろじろ見ながら、ことばもかけずにすまして行ってしまいます。
「おかしなこともあるものだ。たった三年のあいだに、みんなどこかへ行ってしまうはずはない。まあ、なんでも早くうちへ行ってみよう」
 こうひとりごとをいいながら、浦島はじぶんの家の方角ほうがくへあるき出しました。ところが、そことおもうあたりには草やあしがぼうぼうとしげって、家なぞはかげもかたちもありません。むかし家の立っていたらしいあとさえものこってはいませんでした。いったい、おとうさんやおかあさんはどうなったのでしょうか。浦島は、
「ふしぎだ。ふしぎだ」
とくり返しながら、きつねにつままれたような、きょとんとした顔をしていました。
 するとそこへ、よぼよぼのおばあさんがひとり、つえにすがってやってきました。浦島はさっそく、
「もしもし、おばあさん、浦島太郎のうちはどこでしょう」
と、声をかけますと、おばあさんはけげんそうに、しょぼしょぼした目で、浦島の顔をながめながら、
「へえ、浦島太郎。そんな人はきいたことがありませんよ」
といいました。浦島はやっきとなって、
「そんなはずはありません。たしかにこのへんに住んでいたのです」
といいました。
 そういわれて、おばあさんは、
「はてね」と、くびをかしげながら、つえでせいのびしてしばらくかんがえこんでいましたが、やがてぽんとひざをたたいて、
「ああ、そうそう、浦島太郎さんというと、あれはもう三百年も前の人ですよ。なんでも、わたしが子どものじぶんきいた話に、むかし、むかし、このみずの浜に、浦島太郎という人があって、ある日、舟にのってつりに出たまま、帰ってこなくなりました。たぶんりゅうぐうへでも行ったのだろうということです。なにしろ大昔おおむかしの話だからね」
 こういって、またこしをかがめて、よぼよぼあるいて行ってしまいました。
 浦島はびっくりしてしまいました。
「はて、三百年、おかしなこともあるものだ。たった三年りゅう宮にいたつもりなのに、それが三百年とは。するとりゅうぐうの三年は、人間の三百年にあたるのかしらん。それでは家もなくなるはずだし、おとうさんやおかあさんがいらっしゃらないのもふしぎはない」
 こうおもうと、浦島はきゅうにかなしくなって、さびしくなって、目の前がくらくなりました。いまさらりゅう宮がこいしくてたまらなくなりました。
 しおしおとまた浜べへ出てみましたが、海の水はまんまんとたたえていて、どこがはてともしれません。もうかめも出てきませんから、どうしてりゅう宮へわたろう手だてもありませんでした。
 そのとき、浦島はふと、かかえていた玉手箱たまてばこに気がつきました。
「そうだ。このはこをあけてみたらば、わかるかもしれない」
 こうおもうとうれしくなって、浦島は、うっかり乙姫おとひめさまにいわれたことはわすれて、箱のふたをとりました。するとむらさき色の雲が、なかからむくむく立ちのぼって、それが顔にかかったかとおもうと、すうっと消えて行って箱のなかにはなんにものこっていませんでした。そのかわり、いつのまにか顔じゅうしわになって、手も足もちぢかまって、きれいなみぎわの水にうつったかげを見ると、かみもひげも、まっしろな、かわいいおじいさんになっていました。
 浦島はからになったはこのなかをのぞいて、
「なるほど、乙姫おとひめさまが、人間のいちばんだいじなたからを入れておくとおっしゃったあれは、人間の寿命じゅみょうだったのだな」
と、ざんねんそうにつぶやきました。
 春の海はどこまでもとおくかすんでいました。どこからかいい声で舟うたをうたうのが、またきこえてきました。
 浦島は、ぼんやりとむかしのことをおもい出していました。

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